丹子
「――その、気にしないでね斎月さん。私は、いいと思うからね? 斎月さんの絵」
「……別に、気にしちゃいないさ。それより、お前こそいいのか? いつも、俺などの……いや、悪い。そもそも、姫君の言いつけを断れるはずがあるまいな」
その日の夜のこと。
小屋の中での夕食の最中、囲炉裏を挟んだ向こうから気遣うように告げる端整な少女。彼女は丹子――姫君の従者で、姫君の指示によりある時期から俺の世話をするようになった女だ。実際、この美味い食事も彼女が作ってくれている。……全く、不憫なことだ。尤も、こいつがいては迷惑だと俺から姫君に申し上げれば、こいつが責められることもなくこの厄介な任務から解放させられるかもしれない。そして、俺としてはいつでもそのつもりなのだが――
「……ううん、気にしないで。確かに、斎月さんのお世話をするように言ったのは姫さまだけど……その、私も楽しいから。斎月さんと一緒にいるの」
「……全く、物好きなことだな」
囲炉裏の火が熱いせいか、少し顔を赤らめそんなことを言う丹子。そう、こいつ自身がこんな奇怪なことを言うので、俺の口から姫君に物申すのも憚られて。……全く、理解に苦しむ。こんな陰鬱な空間で、こんな面白みもない男といていったい何が楽しいというのだろうか。
「……それにしても、酷いよね。……いや、ご主人さまのことを悪く言いたくはないんだけど、それでも……」
食事が終わりそうな頃、言葉の通り不服を湛えた表情でそう口にする丹子。何のことかは……まあ、分からないはずもない。今日だけでなく、もう何度も聞いているからな。姫君が、俺の絵を毎回火の中に入れ燃やしてしまうことで。
尤も、これは俺に限った話ではなく、姫君はずっとそうしてきたとのこと。招いた絵師が描いた絵に姫君が納得しなければ、寸分の躊躇もなく火に入れる。そしてそれを繰り返してきた結果、招いた絵師が皆いつの間にかいなくなってしまったらしい。……まあ、そうなるだろうな。怒りが限界に達した、重度の鬱になった、など理由は様々だろうが、ともかくもう耐えられないとなるのが自然の感情だろう。ここに来てからおよそ二年、未だに留まっている俺が異質なのだろう。実際、ここまで長くいたのは俺が初めてで、更には絵を完成させ姫君へ見せるペースも俺が圧倒的に速いという。つまりは、誰よりも自分の描いた絵を灰にされている俺が、一番長く留まっているという異質な状況なわけだ。
「……まあ、俺のことは気にするな。嫌になったら俺もとっととおさらばするだけだ」
ともかく、そう伝えておく。まあ、今のところそのつもりはないが、こう言っておいた方が少しは安心するだろう。
「……そっか、そうだよね」
すると、小さくそう口にする丹子。だが、その表情は晴れやかなどではなく、むしろさっきよりも遥かに暗いようにも見える。……まさか、俺と離れるのが寂しいから? ……まあ、そうだとしても今かけられる言葉などないのだが。俺自身、流石にいつまでもここにいるとは思えないからな。




