姫君と絵師
――ここは、人里離れた鬱蓊とした森の中。その開けた中に、広大な屋敷が凜然と佇んでいる。そして――
「――おはよう、斎月。今日はいかが?」
「ええ、おはようございます姫君。是非、ご評価のほどお願いします」
心地の好い陽射しが照らす、ある朝のこと。
屋敷からほど近い四階建ての楼――その最上部である四階へ向かうと、欄干の前で長く艶やかな黒髪を靡かせ佇む可憐な少女が。柔らかな光に映えるその姿は、幾度目にしても心の休まることがない。それでも来なくてはならないのは、それが俺の役目だから。今、目の前に佇む可憐な少女――屋敷の姫君たるこの少女が納得する彼女自身の姿絵を描くため、彼女の父親から依頼を受けた絵師たる俺の役目だからだ。
――あれは、かれこれ二年前のこと。突然、話があると我が師から呼び出されたと思えば、なんとこの辺りなら誰もが知る名家から、絵師として俺を招きたいとの話があるそうで。何かの間違いかとも思ったが、俺の師はこんな馬鹿げた嘘を吐く人間ではない。それに、よくよく考えれば、この俺の技量があればそのような話があっても不思議ではないと思い直した。
果たして、話は事実だった。森の中に凜然と佇む屋敷に赴くとほどなく、屋敷の当主たる男と彼の娘である少女から挨拶を受けた。そして、屋敷からそう遠くないところに仕事部屋を兼ねた住居として木組みの小屋を充てがわれてた。報酬とは別に食事も一日二食与えられ、衣服なども必要に応じて充てがわれる。つまりは、好きなだけ絵に時間を捧げられるわけで、全く申し分ない環境だ。だが――
「――ダメね、全くお話にならないわ」
「……そう、ですか」
俺の作品を見るやいなや、ひどく冷めた瞳で評価を下す姫君。どうやら、今回も彼女の期待には添えなかったようで。そして――
「――次は、こうならないように頑張ってね?」
「……ええ、もちろんです」
ややあって、無邪気に微笑み告げる姫君。白く小さなその手には、粉状の黒いモノ――寸分の躊躇もなく姫君が燃やしてしまった、俺が描いた絵の燃えカスで。




