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第9話:見えない圧力

 それは、予告もなく差し込まれた“一手”だった。


「キャロ様、王都より急使です」


 封蝋には、王家の紋章。


 だが――


(公式の書式ではない)


 手に取った瞬間、キャルロットはそれを見抜いた。


 微妙に簡略化された意匠。

 正式な伝達ではなく、“内々の要請”。


 中身は、短い。


『王都にて、近日中に非公式の茶会を開く。出席を望む』


 差出人の名を見た瞬間。


 キャルロットの思考が、静かに切り替わった。


(第一王子殿下……)


「これは……光栄なことでは?」


 母はそう言ったが、キャルロットは首を横に振る。


「いいえ。“面倒なこと”です」


 第一王子派。


 表向きは温厚で知られるが、実際は王位継承を巡る最前線。


(なぜ、今、私を呼ぶ?)


 答えは、すぐに出た。


(ヴァイス家の件)


 あの一件で、キャルロットは“使える存在”として認識された。


 そして同時に――


(制御しにくい存在)


「……三つ巴、ですね」


 ぽつりと呟く。


 ローデリック侯爵。


 第一王子派。


 そして、自分。


 数日後、王都。


 茶会は“非公式”とは思えないほど整っていた。


 選ばれた数名の貴族。


 その中に、キャルロットの姿もある。


(……いる)


 視線の先。


 ローデリック侯爵。


 そして、その少し上座に――第一王子。


「キャルロット嬢」


 柔らかな声で呼ばれる。


「お初にお目にかかります、殿下」


 完璧な礼。


 だがその裏で、彼女は観察していた。


 王子の視線。


 侯爵との距離感。


 周囲の空気。


「ヴァイス家の件、見事だったと聞いている」


「過分なお言葉です」


「謙遜は不要だよ」


 王子は微笑む。


 だがその目は、試すように細められている。


「君のような者が、王都にもっと必要だ」


 軽い言葉。


 だが意味は重い。


(引き入れる気)


「恐れながら、私はまだ未熟で――」


「だからこそ、だ」


 言葉を遮られる。


「未熟なうちから、正しい場所に置くべきだ」


(選択を迫っている)


 王子の庇護に入るか。


 それとも――


「ローデリック卿も、そう思うだろう?」


 突然、話が振られる。


 侯爵は、ゆっくりと微笑んだ。


「ええ。彼女は確かに、興味深い存在です」


 その一言に、わずかな“距離”があった。


 同意ではない。


 だが否定もしない。


(この二人、同じではない)


 むしろ――


(利害がぶつかっている)


「キャルロット嬢」


 再び王子が口を開く。


「君は、どちらにつく?」


 場が静まり返る。


 あまりにも直接的な問い。


 逃げ道は――ないように見える。


 だが。


 キャルロットは、ほんの一瞬だけ考えてから。


 微笑んだ。


「恐れながら」


 静かな声。


 だがはっきりと。


「私は、“盤の外”には立てません」


 王子の眉が、わずかに動く。


「どういう意味だ?」


「私にできるのは、与えられた場所で最善を尽くすことだけです」


 視線を落とし、そして上げる。


「ですので――どなたかの“側”に立つことは、できかねます」


 遠回しな拒絶。


 だが同時に――


(どこにも属さない宣言)


 数秒の沈黙。


 そして。


「……面白い」


 王子は笑った。


 怒りではない。


 純粋な興味。


「ならば、その立場のまま」


 ゆっくりと告げる。


「どこまで生き残れるか、見せてもらおう」


 茶会は、何事もなかったかのように続いた。


 だが。


 見えないところで、盤は大きく動いている。


 帰りの馬車。


「キャロ……大丈夫なの?」


 母の不安そうな声。


「ええ」


 キャルロットは静かに頷く。


(これで確定)


 侯爵は“盤を作る側”。


 王子は“盤を支配する側”。


 そして自分は――


(そのどちらにも属さない“変数”)


「面白くなってきましたね」


 小さく呟く。


 危険は増した。


 だが同時に――


(読み合いの幅も広がった)


 一方、その夜。


「……彼女をどう見る?」


 王子が問う。


 向かいに座るのは、ローデリック侯爵。


「制御は難しいでしょう」


「排除するか?」


 短い沈黙。


 そして。


「いえ」


 侯爵は静かに笑った。


「もう少し、泳がせるべきかと」


 二人の思惑は、微妙にずれている。


 だが一致している点が一つだけある。


「――あれは、危険だ」


 その評価を受けながら。


 キャルロットは、ただ一人。


 盤の中央に立っていた。

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