表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/16

第8話:侯爵との邂逅

 それは、あまりにも“些細な変化”から始まった。


「キャロ様、今月の取引ですが……少し、減っております」


 執事の報告に、キャルロットは顔を上げた。


「どの商人ですか?」


「三名ほど。いずれも長くお付き合いのある方々です」


 資料を受け取り、目を通す。


 減少率は一割にも満たない。


 誤差といえば誤差。


 だが――


(同時に三人。偶然ではない)


「理由は?」


「それが……他領との取引が増えたと」


「どちらの領地?」


「……ローデリック侯爵領です」


 空気が、静かに変わる。


(来た)


 キャルロットは、紙を閉じた。


 表情は変えない。


 だが思考は一気に加速する。


(小さい。だが、確実に“削っている”)


 資金を奪うほどではない。


 だが“信用の流れ”を変えるには十分。


(しかも、こちらからは手が出しにくい)


 正当な取引拡大。


 それ自体は非難できない。


 数日後。


 さらに報告が重なる。


「キャロ様、王都の評判が……少し」


「何が?」


「“やりすぎではないか”と」


 眉をひそめる。


「ヴァイス家の件です。あまりにも見事すぎて……」


 言葉を濁す執事。


 だが意味は明確だった。


(“仕組んだのではないか”という疑念)


(情報操作)


 しかも直接ではない。


 “自然に広がる違和感”として。


 キャルロットはゆっくりと息を吐いた。


(上手い)


 否定できない。


 証拠もない。


 だが放置すれば、確実に信用を削る。


 そして、三つ目。


「キャロ、少し相談があるのだけど」


 珍しく、母が硬い表情をしていた。


「どうされましたか?」


「王都の親戚から……縁談の話が来ているの」


「縁談、ですか」


「それが……ローデリック侯爵家と繋がりのある家なのよ」


 静かに、視線が落ちる。


(囲い込み)


 商流、評判、そして人間関係。


 三方向からの圧。


 どれも決定打ではない。


 だが――


(全部“積み重なると効く”)


 夜。


 キャルロットは一人、机に向かっていた。


 紙に、簡単な図を描く。


 中心に、自分。


 そこから伸びる線。


 商人、貴族、王都。


 そして――侯爵。


(直接は触れてこない)


(でも、確実にこちらの自由を削っている)


「……なるほど」


 小さく呟く。


「“選ばせる”気ですね」


 信用を守るか。


 商流を守るか。


 縁談を断るか。


 どれを選んでも、どこかが削れる。


(全部取ろうとすれば、無理が出る)


 だが。


 キャルロットは、ペンを止めなかった。


 そのまま、いくつかの線を“繋ぎ直す”。


(なら――選ばない)


 翌日。


「お父様、この三名の商人との取引ですが」


「うん?」


「一度、完全に停止しましょう」


「……え?」


 予想外の言葉に、父が目を見開く。


「減っているとはいえ、まだ利益は――」


「ええ。ですが“中途半端”が一番よくありません」


 静かに言い切る。


「どうせ削られるなら、こちらから切ります」


 さらに。


「王都の評判については、放置で構いません」


「いいのかい?」


「はい。“疑い”は否定するほど強くなります」


 むしろ――


「そのままにしておけば、“確証がない噂”のままです」


 そして。


「縁談は、受けます」


「キャロ!?」


 母が思わず声を上げる。


 だがキャルロットは、落ち着いていた。


「ただし――条件はこちらが決めます」


 数日後。


 その条件は、王都で小さな話題になった。


 ――持参金の透明化

 ――契約内容の公開

 ――相互監査の導入


「これは……商取引ではないか」


 誰かがそう呟いた。


 その通りだった。


(曖昧さを、全部潰す)


 貴族の縁談にありがちな“裏”を許さない。


 つまり――


(操作する余地を、消す)


 その報告を受けたローデリック侯爵は。


「……そう来たか」


 静かに笑った。


 商流を切る。


 噂を無効化する。


 縁談すら、逆に利用する。


 どれも“損に見えて、実は損ではない”。


 それどころか――


「こちらの手を、一つ無力化した」


 窓の外を見ながら、侯爵は呟く。


「やはり、“選ばない”か」


 普通なら、どこかを守ろうとして崩れる。


 だが彼女は違う。


 盤面そのものを組み替える。


 一方。


 キャルロットは静かに紅茶を口にしていた。


(これで、一手)


 完全な勝ちではない。


 だが――


(少なくとも、“好きにはさせない”)


 その瞳は、静かに燃えていた。


 次の一手を、すでに見据えながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ