外伝:盤の隣にいる男
最初は、ただの“面倒ごと”だった。
「手伝え」
そう言われて。
断る理由もなかった。
いや。
(面白そうだった)
それだけだ。
キャルロットは、当時から妙だった。
処刑を控えた令嬢が。
あんな目をするか、普通。
「……あんた、本気か?」
あの時、そう聞いたのを覚えている。
返ってきたのは。
「はい」
迷いのない、短い答え。
あれで、決まった。
(ああ、こいつはやる)
だから、乗った。
最初のうちは、単純だった。
混乱をほどく。
流れを読む。
少しずつ、形を整える。
その程度の話だと思っていた。
だが。
「……おいおい」
気づけば、規模が違う。
商会を動かし。
構造を変え。
人の動きそのものを組み替える。
「やりすぎだろ」
思わず笑った。
だが。
(止める気はなかった)
なぜなら。
そのすべてが、“通っていた”からだ。
無理がない。
破綻しない。
ちゃんと回る。
だから、支えた。
横で。
時に前に出て。
時に裏に回って。
「……ほんと、厄介なやつだな」
誰にともなく、呟く。
キャルロットは、“迷わない”。
いや。
(迷っても、止まらない)
そこが厄介だった。
普通は、どこかで躊躇う。
人を切る時。
構造を変える時。
誰かが不利になる時。
だが、あいつは違う。
全部、見た上で。
(それでも進む)
だから。
「……危ねぇな」
何度か思った。
そのまま行けば、どこかで折れる。
あるいは――
(人が離れる)
だが。
そうはならなかった。
「“再選択”だぁ?」
あの一手。
正直、意外だった。
「今さら優しくなったのか?」
茶化してみたが。
返ってきたのは。
「必要だからです」
それだけ。
いつも通りの顔で。
だが。
(あれで、変わった)
流れだったものが、“意思”になる。
残る理由が、生まれる。
「……なるほどな」
思わず、感心した。
あいつは。
(ちゃんと、分かってる)
自分が何をしているか。
何が足りないか。
そして。
(どうすれば、崩れないか)
全部。
だから、最後まで付き合った。
終局。
侯爵との会談。
あの場にいた時。
「……やりきったな」
心の底から、そう思った。
勝ったからじゃない。
(完成してた)
それが、分かったからだ。
帰り道。
「これで終わりか?」
なんとなく聞いた。
区切りだと思ったからだ。
だが。
「いいえ」
即答。
「“一つ目”です」
「……は?」
思わず、変な声が出た。
だが。
すぐに、笑った。
「……だろうな」
あいつが、そこで止まるわけがない。
知っていた。
そして、今。
机の上には、新しい地図。
「次はどこだ?」
聞けば。
「作ります」
そんな答えが返ってくる。
呆れる。
だが。
「……付き合うしかねぇか」
肩をすくめる。
最初から、決まっている。
(ここまで来たら、最後までだ)
いや。
(最後なんて、来ないか)
あいつといる限り。
盤は、いくつでも増える。
終わりなんて、ない。
だから。
「行くぞ」
短く言う。
キャルロットが、振り返る。
「ええ」
いつも通りの返事。
それで十分だ。
盤の隣。
そこが、自分の位置だ。
それでいい。
それが、一番面白い。




