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外伝:均衡の崩し方

 部屋は静かだった。


 音があるとすれば、

 紙をめくる微かな気配と、紅茶の湯気だけ。


「で?」


 先に口を開いたのは、レオンだった。


「“整理する”って話だったな」


 机の上には帳簿。

 王都南区の資金滞りに関する資料。


 だが――


(これは“原因探し”じゃない)


 レオンはすでに理解していた。


(“どう処理するか”の話だ)


 キャルロットは微笑む。


「ええ。ただ――少し、確認を」


「確認?」


「あなたなら、どう切りますか?」


 試すような視線。


 だがレオンは即答した。


「南区の商会を一つ潰す」


 迷いがない。


「原因はそこに集中してる。切れば流れは戻る」


「合理的ですね」


「それが最短だ」


 沈黙。


 キャルロットは、ゆっくりとカップを置いた。


「では――」


 一拍。


「その後は?」


 レオンの目が、わずかに細まる。


「……どういう意味だ」


「一つ潰せば、空席ができます」


 静かな声。


「そこには、誰が入りますか?」


 数秒の沈黙。


 そして。


「別の商会だ」


「どの?」


「条件のいいところを選べばいい」


「誰が?」


 短い問い。


 だが、それは核心だった。


 レオンは答えない。


 代わりに、キャルロットが続ける。


「選ぶ基準は?」


「利益か、安定か。それとも――」


 ほんのわずかに笑う。


「“扱いやすさ”ですか?」


「……言いたいことは何だ」


「簡単です」


 キャルロットは視線を上げた。


「“切る”だけでは、構造は変わりません」


 静かな断定。


「むしろ――」


「別の不安定を生むだけです」


 レオンは黙る。


(……正しい)


 だが。


「だからと言って、放置はできない」


「ええ」


 即答。


「ですから――切りません」


 その一言。


 空気が、わずかに張り詰める。


「……は?」


「潰さない、という意味です」


 レオンは、初めてわずかに笑った。


「面白い冗談だ」


「冗談ではありません」


 視線がぶつかる。


「原因は排除せず、利用します」


「どうやって?」


「簡単です」


 キャルロットは、帳簿の一点を指す。


「ここ」


 資金の滞り。

 だが完全には止まっていない流れ。


「“詰まりかけている”だけです」


「だから何だ」


「完全に止めないよう、調整します」


 レオンの眉が動く。


「意図的に、か」


「はい」


「意味がない」


「あります」


 即答。


「“問題がある状態”を維持することで」


 一拍。


「関係者全員を、動かし続けられます」


 沈黙。


 理解が、追いつく。


(……そうか)


 レオンの思考が回る。


 もし完全に解決すれば――


 関係は緩む。

 監視も薄れる。

 自由が生まれる。


 だが。


(“問題が続く限り”)


 誰も離れられない。


 誰も油断できない。


「……縛る気か」


「ええ」


 穏やかな肯定。


「“信頼”ではなく、“状況”で」


 レオンは、ふっと息を吐いた。


「性格が悪いな」


「よく言われます」


 軽く返す。


 だがその目は笑っていない。


「で?」


 レオンは椅子に背を預けた。


「俺に何をさせる」


 キャルロットは、わずかに首を傾げる。


「何も」


「……は?」


「あなたは、“気づく側”でしょう?」


 静かな言葉。


「なら――」


「最適な形に、勝手に整えてください」


 レオンは、一瞬だけ言葉を失った。


(丸投げ、か?)


 違う。


(信頼でも、命令でもない)


 これは――


(“前提の共有”)


 自分ならできると、

 最初から織り込まれている。


 そして。


(逃げ場がない)


 やらなければ、この構造は崩れる。

 だがやれば――


(完成する)


 自分の手で。


「……なるほどな」


 小さく笑う。


「最初から俺を組み込んでる」


「はい」


 否定しない。


「あなたがいれば、この形が最適ですから」


 沈黙。


 数秒。


 そして。


「……一つ聞く」


「どうぞ」


「この構造、どこまで広げる気だ?」


 キャルロットは、ほんの少しだけ考えた。


 そして。


「王都全体、でしょうか」


 さらりと答える。


 冗談のようで。


 冗談ではない。


 レオンは、はっきりと笑った。


「狂ってるな」


「褒め言葉として受け取ります」


「いいや」


 首を振る。


「事実だ」


 だがその目は――


 楽しそうだった。


「……いい」


 ゆっくりと立ち上がる。


「乗ってやる」


「ありがとうございます」


「ただし」


 一歩近づく。


「崩れたら、お前のせいだ」


「もちろんです」


 即答。


「その時は、一緒に崩れましょう」


 一瞬の静寂。


 そして――


 レオンは、笑った。


「最高だな、お前」

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