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■外伝 盤上の邂逅

 王都南部、簡素な応接室。


 飾りは少ない。

 だが、整っている。


 余計なものが、ひとつもない。


(無駄がない)


 王子は、そう判断した。


 部屋の主を見ずとも分かる。


 ここは――


 “管理されている空間”だ。


「お待たせいたしました」


 扉が静かに開く。


 現れたのは、一人の令嬢。


 キャルロット・アルディア。


 華やかさはない。

 だが、目を引く。


 理由は単純だ。


(揺らがない)


 視線も、歩みも、呼吸も。


 すべてが、一定だ。


「本日はお時間をいただき、光栄に存じます」


 丁寧な礼。


 完璧な作法。


 だが――


(隙がない)


 王子は、わずかに口元を緩めた。


「こちらこそ。急な申し出にも関わらず応じてくれたこと、感謝する」


 形式的な言葉。


 互いに、意味は理解している。


 “ここからが本題だ”と。


「単刀直入に言おう」


 王子は、椅子に腰掛けたまま言う。


「見事な手腕だ」


 短く、しかし明確に。


 キャルロットは、わずかに目を伏せた。


「過分なお言葉です」


 謙遜。


 だがそれは――


(受け取っている)


 否定ではない。


 事実として、受け入れている。


「南部の流通。あれほど短期間で整えるとは思わなかった」


「多くの方々のご協力あってのことです」


「では、その“多く”を動かしたのは誰だ」


 わずかな沈黙。


 キャルロットは、静かに顔を上げた。


「結果として動いたのであれば、それで十分かと」


 直接は答えない。


 だが――


(否定もしない)


 王子の目が、細くなる。


「なるほど」


 軽く頷き。


 そして、踏み込む。


「王都には、君のような人材が必要だ」


 空気が、わずかに変わる。


 それは称賛ではない。


 “提示”だ。


「王家の下で、その力を振るうつもりはないか」


 明確な勧誘。


 同時に――


 囲い込み。


 キャルロットは、少しだけ考える素振りを見せた。


 ほんの一拍。


 そして。


「……恐れながら」


 柔らかく、口を開く。


「私は、どなたかの“側”に立てるほどの者ではございません」


 拒絶。


 だが、拒絶に聞こえない。


(上手いな)


 王子は内心でそう評価する。


 否定しているのは“自分”であって、


 王家ではない。


 角が立たない。


 だが――


(応じる気はない)


 それは明確だった。


「では」


 王子は、さらに一歩踏み込む。


「君は、何を望む?」


 核心への問い。


 力か。

 地位か。

 金か。


 どれでもいい。


 “目的”さえ掴めればいい。


 キャルロットは、迷わなかった。


「人が、正しく選べる状態を」


 静かな声。


 王子は、わずかに眉を動かす。


「……正しく?」


「はい」


 視線が、まっすぐに向けられる。


「無理に従わせるのではなく」


「押し付けるのでもなく」


 一拍。


「自ら選び、その結果を受け入れられる形を」


 静かだが、揺らがない。


 王子は、その言葉を咀嚼する。


(理想論か?)


 いや――


(違う)


 現実に、実現している。


 あの南部で。


「……選ばせているのか」


 無意識に、言葉が漏れる。


 キャルロットは、否定しない。


「選ばれた結果です」


 言い換え。


 だが意味は同じだ。


 王子は、椅子に深く背を預けた。


「それは、支配ではないのか?」


 問い。


 試すような声音。


 キャルロットは、わずかに首を傾げた。


「強制ではございませんので」


「だが誘導している」


「はい」


 あっさりと認める。


「その方が、摩擦が少ないためです」


 合理。


 感情ではない。


 王子は、小さく息を吐いた。


「自由は、どこにある」


 問いは、鋭い。


 キャルロットは、即答した。


「選ぶ瞬間にございます」


 迷いがない。


「結果が用意されていても?」


「はい」


 静かに、言い切る。


「選ばれなければ、成立いたしません」


 沈黙。


 短い時間。


 だが、十分だった。


(なるほど)


 王子は理解する。


 これは――


(命令では動かない領域だ)


 忠誠でもない。


 強制でもない。


 “仕組み”で縛っている。


「……責任は誰が取る?」


 最後の問い。


 キャルロットは、一瞬だけ目を伏せた。


 そして。


「選んだ者が」


 静かに答える。


 王子は、わずかに目を細めた。


(切り分けたか)


 見事だ。


 だが同時に――


(冷徹だ)


 しばらく、沈黙が落ちる。


 やがて。


「……今日はここまでにしよう」


 王子が立ち上がる。


「有意義な時間だった」


「光栄でございます」


 礼が交わされる。


 だが。


 互いに理解していた。


 これは、終わりではない。


 扉へ向かう直前。


 王子は、足を止めた。


「キャルロット」


 名を呼ぶ。


 彼女は、静かに顔を上げた。


「君は――敵になるか?」


 直球だった。


 キャルロットは、わずかに微笑む。


「ご安心ください」


 一拍。


「その必要があれば、そうなります」


 肯定でも否定でもない。


 だが――


(十分だ)


 王子は、静かに笑った。


「そうか」


 扉が開く。


 光が差し込む。


 彼は振り返らない。


(取り込めなかった)


 だが。


(敵にもなっていない)


 それでいい。


 今はまだ。


 扉が閉まる。


 部屋に、静寂が戻る。


 キャルロットは、一人残り――


 ゆっくりと息を吐いた。


(想定通り)


 だが同時に。


(想定以上)


 あの王子は。


 いずれ――


(盤に入ってくる)


 視線を、窓の外へ向ける。


 王都は、今日も静かに回っている。


 選ばれた結果として。

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