表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/38

外伝:王子の見ていた盤

最初にそれを“異常”だと認識したのは、数字だった。


「南部流通、遅延率……ゼロ?」


 王子は報告書から目を上げた。


 あり得ない数値ではない。


 だが――


 現実的でもない。


「補足は」


 側近が一礼する。


「再編が行われたとのことです。複数の商会と貴族間で、新たな契約体系が構築されています」


「主導は」


「キャルロット・アルディア嬢」


 聞き慣れない名ではない。


 だが、重要人物として認識していたわけでもない。


「どの派閥だ」


「どこにも属していないかと」


 そこで、初めて手が止まる。


「……属していない?」


「はい。少なくとも、既存の貴族派閥には確認されていません」


 王子は、ゆっくりと椅子に背を預けた。


(無所属で、ここまで動かした?)


 あり得なくはない。


 だがそれは――


 “普通のやり方”ではない。


「視察の準備を」


 短く命じる。


 数日後。


 王子は非公式の形で王都南部を訪れていた。


 目に入るのは、整った流れ。


 荷は滞らず。


 人は急がず。


 声も荒れない。


「……静かだな」


「問題が解消された結果かと」


「違う」


 王子は、ゆっくりと首を振った。


「“問題が起きない形にされた”んだ」


 自然な安定ではない。


 設計された安定。


 歩みを進める。


 商人たちの会話が、耳に入った。


「もう昔みたいに揉めなくていい」

「決まってるからな、全部」


 王子の足が止まる。


「決まっている……か」


 選ばなくていい。


 考えなくていい。


 ただ従えば、滞りなく回る。


(それは“楽”だ)


 だが同時に――


(“選んでいない”)


 視線を上げる。


 流れの中心は見えない。


 だが確実に――


 “誰か”がいる。


「……会えるか」


 小さく呟く。


「調整は可能かと。ただし――」


「ただし?」


「すでに多くの案件を抱えているようです」


 王子は、わずかに笑った。


「なるほど」


(後手か)


 その感覚は、久しく味わっていないものだった。


 数日後。


 改めて詳細な報告が上がる。


「流通、資金、契約――すべて統合済み」


「関係者は相互依存状態にあります」


「崩せるか」


「可能ですが……」


 側近が言葉を選ぶ。


「損害が広範囲に及びます」


 つまり。


(崩せない、か)


 力で押さえることはできる。


 だがそれは、王都全体の損失になる。


「……上手いな」


 思わず、そう漏れた。


 単なる流通改善ではない。


 これは――


(構造の掌握)


 個ではなく、仕組みで縛る。


 意志ではなく、利益で繋ぐ。


 報告書の最後に、目を落とす。


「“選択の簡略化により、再利用率向上”」


 王子は、小さく息を吐いた。


「選ばせているのか」


 強制ではない。


 だが、誘導されている。


(それが一番、強い)


 しばらく沈黙が続く。


「殿下」


 側近が声をかける。


「対応は、いかがなさいますか」


 排除。


 取り込み。


 監視。


 選択肢はいくつもある。


 だが。


「……まだ、何もしない」


 静かに告げる。


「見極める」


 敵か。


 味方か。


 あるいは――


(どちらにもならない存在か)


 その夜。


 執務室に、一通の書状が届いた。


「ローデリック侯爵よりです」


 封を切る。


 中身は、簡潔だった。


『彼女は“盤の外”から打っている』


 王子は、その一文をしばらく見つめた。


「盤の外……か」


 確かに。


 既存の枠では、説明がつかない。


(だから見えなかった)


 視線を、窓の外へ向ける。


 王都は、静かに回っている。


 まるで最初からそうであったかのように。


「……面白い」


 小さく、呟く。


「ならば」


 ゆっくりと立ち上がる。


「盤の外に、出るか」


 既存のルールの中では届かない。


 ならば――


 ルールごと変える。


(初手を、誤るな)


 今度は。


 見落とさないために。


 王子は、次の一手を考え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ