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第30話:同じ盤の上で

 招待状は、簡潔だった。

 無駄のない文面。

 形式に則った礼。

 そして――

「ローデリック侯爵より、会談の申し入れです」

 執事が静かに告げた。


「来たか」

 レオンが短く言う。


 逃げ場は、ない。

 盤は、閉じた。

 ならば――

(正面)


「受けます」

 キャルロットは、迷わず答えた。


 数日後。

 侯爵邸。


 重厚な扉が、静かに開く。


「ようこそ、お越しくださいました」

 ローデリック侯爵は、穏やかに微笑んだ。


 その姿は、変わらない。

 余裕も。

 威圧も。

 すべて、そのまま。


「お招きいただき、光栄です」

 キャルロットもまた、静かに応じる。


 向かい合う。

 同じ高さで。


「まずは」

 侯爵が口を開いた。


「お見事でした」


 率直な言葉。


「ありがとうございます」

 キャルロットは、わずかに頭を下げる。


 だが。

 それで終わりではない。


「ですが」

 侯爵の声が、わずかに低くなる。


「一つ、確認させてください」


 視線が、まっすぐに向けられる。


「あなたの作ったこの構造」


 わずかな間。


「“誰のためのものですか”」


 静寂。


 重い問い。


 キャルロットは、すぐには答えなかった。


 流れを思い返す。

 混乱。

 自由。

 不安定。

 そして――

 統合。


「……利用する者のため、です」


 静かな答え。


「ほう」

 侯爵が、わずかに目を細める。


「では、問います」


 間を置かず、続ける。


「その“利用する者”は」


「本当に、自由ですか?」


 鋭い問い。


 これまでの構造を、真っ直ぐに突く。


「選択肢は、存在します」

 キャルロットは答える。


「ですが」

 侯爵が被せる。


「“選ばせない構造”を作ったのは、あなたです」


 沈黙。


 事実。


 キャルロットは、わずかに息を吐いた。


「ええ」

 否定しない。


「では」

 侯爵の声が、静かに響く。


「それは、支配では?」


 核心。


 レオンが、わずかに動く。


 だが。


 キャルロットは、動かない。


「いいえ」


 はっきりとした否定。


「“責任の所在を明確にしただけ”です」


「結果として?」


「安定が生まれました」


 視線は、逸らさない。


「不安定な自由より」

 キャルロットは続ける。


「予測可能な環境を、選んだだけです」


 静かな言葉。

 だが、揺るがない。


 数秒の沈黙。


 やがて。


「……なるほど」

 侯爵は、小さく笑った。


「“選ばれた支配”というわけですか」


「言葉の問題です」


 淡々とした返答。


「重要なのは、“機能しているか”です」


 空気が、わずかに張り詰める。


 次の瞬間。


「では」

 侯爵が、ゆっくりと背もたれに寄りかかる。


「提案をしましょう」


 視線が、鋭くなる。


「その構造」


「“私に預けませんか”」


 沈黙。


 レオンの視線が動く。


 だが。


 キャルロットは、わずかに目を細めた。


「理由を、伺っても?」


「簡単です」


 侯爵は、穏やかに言う。


「“より大きく回せる”」


 資金。

 影響力。

 人脈。


「あなたの構造は、完成度が高い」


「ですが」

 わずかに間を置く。


「規模が、足りない」


 静かな指摘。


「私なら、それを広げられる」


 魅力的な提案。


 だが――


「その代わり」

 キャルロットが、静かに言う。


「主導権は、侯爵に」


「ええ」


 即答。


 隠さない。


 沈黙。


 短く、だが濃い時間。


 やがて。


「……お断りします」


 静かな声。

 だが、はっきりと。


 侯爵が、わずかに眉を上げる。


「理由は?」


「簡単です」


 キャルロットは、まっすぐに答えた。


「“まだ完成していません”」


 その瞳は、揺れない。


「完成したものを渡すつもりは、ありません」


 沈黙。


 そして――


「……面白い」

 侯爵が、ゆっくりと笑う。


 心からの笑み。


「では」


 視線が、再び鋭くなる。


「完成させてみせてください」


 挑戦。


「その上で」


 わずかに前に身を乗り出す。


「もう一度、話しましょう」


 静かな約束。


 同じ盤の上で。


 キャルロットは、ゆっくりと立ち上がった。


「ええ」


 短い応答。


「その時は」


 わずかに微笑む。


「“対等に”」


 視線が、交差する。


 盤は、閉じた。

 だが――

 勝負は、続く。


 そして。

 次は、本当の意味での決着へ。

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