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第31話:欠けているもの

 帰路は、静かだった。

 馬車の揺れも。

 外の喧騒も。

 どこか遠くに感じる。


「……で?」

 レオンが、ようやく口を開いた。


「断ったな」


「ええ」

 キャルロットは短く答える。


「惜しくねぇのか」


 資金。

 影響力。

 拡張性。


「全部、手に入っただろ」


「はい」


 否定はしない。


 だが。


「“足りないまま”広げても、崩れます」


 静かな声。


「……欠けてるってやつか」


「ええ」


 キャルロットは、目を閉じた。


 ここまでの盤。

 構造。

 流れ。

 統合。


 すべては、機能している。


 だが――

(“機能しているだけ”)


「何が足りねぇ」


 レオンの問い。


 短い沈黙。


 やがて。


「……“意思”です」


「意思?」


「はい」


 キャルロットは、ゆっくりと目を開けた。


「今の構造は、“選ばせない”ことで安定しています」


「だな」


「ですが」


 視線が、わずかに揺れる。


「それは、“選ぶ理由”を持っていないということです」


 沈黙。


「……ああ」

 レオンが、低く呟く。


 理解が、落ちる。


「流れてるだけ、か」


「はい」


 効率で。

 安定で。

 ただ、流れている。


 だが――


「それでは、強くありません」


 静かな断言。


「外から押されれば、また揺れます」


「じゃあ、どうする」


 レオンの声は、真っ直ぐだった。


 キャルロットは、少しだけ考えた。


 そして。


「“選ばせます”」


 短い答え。


「は?」


「今度は、“本当に”」


 静かな声。


 これまでとは、逆。


 選択を消した構造に。

 あえて――

(選択を戻す)


「意味あるのか、それ」


「あります」


 キャルロットは頷いた。


「“理由”を持たせます」


 なぜここにいるのか。

 なぜこの構造を選ぶのか。


「それを、自分で決めさせる」


「……面倒なことするな」

 レオンが笑う。


「ええ」


 だが。


「それがなければ、“借り物”です」


 侯爵の言葉が、蘇る。


(“誰のためのものですか”)


 あの問い。


「……答え、出すのか」


「はい」


 キャルロットの声は、静かだった。


 だが。


 確かだった。


 数日後。

 新たな通達が出される。


 内容は、シンプル。


「“再選択”の機会を設ける」


 中核も。

 準中核も。

 すべて。


 現在の契約を、一度見直す。


「残るか、離れるか」


 自由に選べる。


 条件も、すべて開示される。


 そして――


「“理由”を記録する」


 ざわめきが、広がる。


「理由?」

「なんでそんなことを」


 当然の反応。


 だが。


「形式的なものです」

 と説明される。


 強制ではない。

 ただの確認。


 しかし――


(違う)


 キャルロットは、静かに報告を見ていた。


 それは、確認ではない。


(“自覚”だ)


 なぜここにいるのか。

 それを、言葉にする。


 数日後。

 回答が、集まり始める。


「安定しているから」

「信頼できるから」

「他より分かりやすい」


 様々な理由。


 だが、その中に――


「ここでなければ、できない」


 そう書かれたものが、あった。


 キャルロットは、そこで手を止めた。


「……これですね」


 小さく呟く。


 “選ばれた理由”。


 それが、生まれている。


「どうだ?」

 レオンが覗き込む。


「悪くありません」


 キャルロットは、わずかに微笑んだ。


 流れではない。

 意思。


 それが、乗り始めている。


 一方。

「……再選択、ですか」

 ローデリック侯爵は、報告を受けていた。


「はい。全体に対して実施されています」


 短い沈黙。


「なるほど」


 侯爵は、ゆっくりと頷いた。


「“完成させに来ましたか”」


 静かな声。


 そして。


「……いいでしょう」


 その目が、わずかに鋭くなる。


「ならば」


 ゆっくりと立ち上がる。


「“完成した盤”を、見せてもらいましょう」


 同じ頃。

 キャルロットは、最後の報告を閉じた。


 構造はある。

 流れもある。


 そして――


(意思が、乗った)


 欠けていたものが、埋まる。


 ゆっくりと、息を吐く。


「……これで」


 小さく呟く。


「完成です」


 その瞳は、まっすぐ前を見ていた。


 次は――

 決着。


 すべてを懸けた、一手へ。


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