第90話 兄弟の再会
どうして香と加奈がこの場にいるのだろうと疑問も去る事ながら、香の意味深な言葉よりも前世の話を聞かれた事による事故の方に焦点を当てると、時雨は唾を飲み込んで考え込んだ。
(香ちゃんにも前世を聞かれてしまった)
頭の中をフル回転させて出した答えは――。
「私と凛先輩が話してたのは……昔見た映画の内容だよ。話が盛り上がって、二人で役になりきって話していただけだからね」
苦し紛れな言い訳をすると、香に前世の話を逸らすために凛と加奈に目を合わせる。
加奈の時も似たような言い訳をしたなと思い返すと、基本的に実直で嘘が下手な時雨にはこれが限界だった。
時雨の健闘も虚しく、香はお構いなしに疑問をぶつける。
「時雨ちゃんは僕のお兄ちゃんなの?」
いつもの香とは違って、一人称が『私』から『僕』に変化すると、時雨は頭の中が真っ白になって言葉が出てこなかった。
「もしかして……君はロイドの弟のシャイン君なの?」
時雨の代わりに凛が自分達の正体を知っている過程で話を進めると、香は驚いた表情を浮かべて無言で頷いた。
「私はシェラート。前世でロイドが護衛対象だったお姫様よ」
凛は端的に正体を明かすと、香はさらに驚いて時雨同様に言葉を失ってしまった。
「ふふっ、兄弟揃って……いや、姉妹揃っての方が今は正しい表現かしら。純粋なところは二人共変わらないわね」
可笑しくなって凛は笑い出すと、その様子を加奈は黙って眺めていた。
「本当にあのシャインなのか? 信じられない」
時雨は我に返ると、事態を呑み込んで香をじっと見つめる。
前世では時雨と年齢が十歳離れたシャインは七歳の弟だった。
その弟が、金髪のギャルになった女子高生の香と同一視するのはどうしてもできなかった。
「僕はロイドお兄ちゃんの弟のシャインだよ」
香のふくよかな胸が時雨の顔に当たると、香はそのまま抱き締めてみせた。
「街の麓にある川の水を汲んでいる最中に、野生の猪と鉢合わせて必死にお兄ちゃんが追い払ってくれたのを覚えている?」
たしかに香の言う通り、時雨は護身用に装備していた木製の弓で猪を追い払った事があった。
それは二人だけにしか知らない事実。
「会いたかった……ずっと会いたかったよ。お兄ちゃんが亡くなった知らせを聞いて、お母さんは日に日に身体が弱まって亡くなった。一人になった僕は奴隷商に騙されて貴族に買われてから、朝晩休みなく働かされて夜は身体を要求される毎日だった」
「もういい。疑ったりして、お兄ちゃんが悪かった。シャイン……許してくれ」
時雨が香の話を制止すると、聞くに堪えなかった。
十数年ぶりの再会をお互い喜び合うと、自然と涙が溢れ出して笑顔になった。




