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新しい大切なもの2

キアラの事は心配だったが、ランガの事を信用しているので、カミラさんに任せると決めた。

 ランガはカミラさんの事を手のかかる妹と捉えていたが、(はた)からはカミラさんは充分しっかりしている様に見えた。

 キアラの生意気な性格をいち早く気付き、馴染もうとしてくれた様に見えなくもない。ただ気になったのはカミラさんはランガに冷たくされると、その潤んだ瞳とは裏腹に、僅かに嬉しさを隠す様に口を(すぼ)めていた。その何とも言えない表情の中にカミラさんの本心が隠れているみたいだった。

 


淀みなく歩くランガの後をついて広い屋敷の中を足音を響かせながら進んだ。

 絵画や、調度品の壺などが所々に飾られている。特に会話は無くお互いに不要な言葉をわざわざ交わす性格でもなかったため、無言をいい事にさっきの戦いを自分に置き換えてシュミレーションする。


 キアラが剣を握って戦ったことにも驚いたが、あんな闘いを見せられたら、俺の心が滾らないわけがなかった。


 俺なら影抜きを更に上手く使うために、呼吸読みで相手の剣のタイミングを測り、歩法もいきなり最高速度を見せたりしない。初手で決めようと決心した判断力は見事だったが、カミラさんの脱力が手を抜くためではなく、全力で応えるための構えだったことにキアラは気づけていなかった。

 

 けれど鎖縛の使い方だけは完璧だった。お互いが魔力を意識している撃ち合いの一瞬に、魔力を閉じる事で、魔力を捉える感覚器官を一時的に混乱させ、常に先手を取っていたカミラの剣技を上回ることに成功していた。 


 俺がもし魔力操作に不自由がなければ、超流動や開放による魔力の急増を利用して、カミラに勝つ事も可能だったかもしれない。


 けれど、剣技だけになってしまった俺が勝つには、魔力を纏った剣を交差させた時点で剣が斬られて敗北が決定する。


 ジュナイドが教えてくれた剣技は最小限の魔力であらゆる戦闘に勝利する技巧ではあるが、魔力を全く使用しないわけではなかった。それでも、魔物よりも対人向けではあるため、キアラが格上のカミラさんに迫る事が出来たのは見ているだけで嬉しかった。

 まるで自分が戦っているかの様な錯覚と感動を確かにあの瞬間に感じていたから。

 けれど魔力を思う様に動かせない今は、ただの妄想にしかならない。

 放出しようとしても閉じてしまい魔力が流れず、少量を使おうとしても、なけなしの魔力が体から垂れ流されてしまう。

 自分以外の誰かが内側から無理矢理に操作している様な、不確かな感覚が返ってくるばかりだった。


『…ヘクティス?』


 ランガの優しい呼びかけに意識を呼び戻される。


 いつの間にか、部屋の前まで来ていた。



 『疲れているのだろう。ゆっくりやすんでくれ…鍛錬するなら中庭を使ってくれて構わない。』


『ありがとうございます。何から何まで…』


『気にする必要はない夕食は運ばせよう。何かあれば使用人に声をかけてくれ。安心して休むといい。』


ランガが部屋を出るのを見送り、知らずに強張っていた肩の力が抜けたのを感じた。


 何もかもに実感がない。ジュナイドとマリーナが死んだという事実に心は何も反応してない。ただ胸が重いだけだ。しつこい気怠さが身体の動きと思考を奪う。


 日が落ちかけて窓の外からの光が赤みを帯びて部屋を照らす。


 そろそろ鍛錬の時間だ。反射的に浮かんだのはそんな日常的な事だった。来る時に見たのどかな街並みと、静かな夕暮れは温かく気持ちを包み込んでくれる。


 気怠い身体を寝転んでいたベットから引き剥がして、立てかけてある剣を持って部屋を出た。


 廊下を暫く歩き中庭へ。

 無心で素振りを始める。不安を一心不乱に振り払うために。




-----------


『私が強くならないと…。』


 眠りから醒めて、キアラは人の気配が無いのを感じ取ると脳みそに刻み込む様に無声音を溢した。


 カミラが強いなんてわかっていたことだが、キアラは自分が本気を出せば大抵の相手を倒す事ができると自負していた。


 剣を握らないと言う誓いを破る行為は、ジュナイドとの思い出を冒涜するかの如く、拒否感と嫌悪感で胸焼けを起こしながらも、大切なものを守ると言う気持ちに後押しされ、超える事が出来た。


 ヘクティスという最愛の弟を守る。それが出来るのは自分しかない。

 ジュナイドもマリーナもいない。


 手に入れた新しい家族はもう、ヘクティスだけだ。


 頭の中でぐるぐる回りだした寂しさに身体を抱えていると、勢いよく扉が開く。



『起きたか?早速ですまないが。悪かった。』


 そういうとカミラは悪びれた様子もなく、凛々しいままで、頭を下げた。

 だがその仕草も一瞬で、切れ長の奥二重は真っ直ぐにキアラを捉えている。


 『な、なによ?別に謝られる筋合いはないわよ。』


『私も謝る筋合いは無いが兄上に説教されて…仕方なく謝りにきた。』


説教されての部分で何か嬉しい事を思い出したのかカミラは目を一瞬きらきらさせる。


『あんたねぇ…。』


 一人でいた時の重い気持ちが少しずつ(ほぐ)れて行くのを感じながら、弱い自分を少しずつ(けず)()いでいく。


キアラはそのまま部屋を出ないで、じっと見てくるカミラに意を決した事を悟らせない様に睨み返した。


『で、私達姉弟を認めてくれたわけ?』


『ああ、そう言う事だったな。』


 カミラどうでも良さそうに拍子抜けするほど適当に答える。


 キアラは呆気に取られて、用意していた強気な言葉をのみこんだ。


『キアラを家族と認めよう、今日から私が君の姉だ。うんうん。』


何を納得したのか、カミラは全て自分の中では解決しているといわんばかりに頷いている。


『ヘクティスは?』


それは最もキアラにとって重要な事だった。

身構える様に身体を乗り出すも、すぐに返答される。


『キアラの弟なら、私の弟だ。素晴らしいな…。』


カミラは何かを考えているのか、その切れ長の奥二重をそのままに口だけをにやけさせている。


『な、なんなのよ、あんた…。』


 最初から、カミラも歓迎するつもりだったらしい事にようやく思考がたどり着いて、未だに疲れが取れない身体から、やっと力が抜けていくのを感じた。


 その一瞬の気の緩みを見逃さなかったのか、カミラの大きな胸にキアラの頭が捕まり優しく抱擁されたことに気付き、反射的に押し除けようとするが、力でねじ伏せられ、無理矢理抱擁される。


『ふふふ、妹か…。』


カミラの力ずくの抱擁に抵抗虚しく、いやでもなかったキアラはされるがまま、カミラの気が済むまで抱きつかれていた。

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