剣聖
一晩が過ぎて、朝食や、着替えなどを済ませた。
王城へと向かう為に、馬車に乗る。
晴天とは裏腹に王城へ馬車が近づけば近づく程、胸の痛みがまして行くのを感じる。
王城での俺は置物だった。
離れに住まわしてもらい、何不自由なく鍛錬をし、ランガと言う最高の剣帝を師匠につけてもらって、特別なんだと錯覚しながら、この世界で最も尊敬される剣神を目指して、ひたすら修行を積んでいた。
この環境を与えられた期待に応えたいと本気で思っていたからだ。
けれど、それは哀れみや慈悲に近い感情を向けられていたにすぎなかった。
ギフトによる9歳からの差が易々と埋められるものではない事を、その日初めて剣を握った少女に教えられた。
この世界の仕組みに触れ、見ないようにしてきた現実を直視するに至った。
俺が特別だったのではなく、俺が普通であり、俺をこの世界に導いてくれた、爺さんの功績で生かされているという事実。
その不条理から、救ってくれたのはジュナイドだったが、ジュナイドはもういない。
そして、死ぬ思いで発現させた魔力も今は操る事が出来ない。
振り出しに戻ってしまったかの様に鍛えた魔力操作は思い通りにいかない。いや、振り出しに戻るよりもなお悪く完全に制御を失っていた。
浮かない顔でぐったりと外を見ていたためか、対面のキアラが、ゆっくりと顔を覗き込んでくる。
『ちゃんと寝たの?…いつも睡眠は心身の成長に必要だって、五月蝿いほど言ってくる癖に。』
昨日、あれ程カミラさんに酷くやられたというのに。キアラは何故か明るく見える。
『姉さんは元気ですね。』
『いつまでもくよくよしてられないもの。』
『俺もくよくよしているわけではないです。』
『別に私はその態度が気に入らないて言ってるわけじゃないわよ。』
『じゃぁ、何なんですか。』
半ば気怠げに普通を装う余裕さえ無くなって、投げやりに反応する。
『…私がいる。ヘクティスには私がいるし、私にはヘクティスがいる。』
キアラの大きな瞳がが真っ直ぐと俺の事を捉えていた。
少しだけ、勇気をもらった様な気がした。
行きたくない場所に向かう時に。
不甲斐ないままに進む時に。
自分を後押ししてくれる頼れる他者の存在は.こんなにも不安に満ちた心を安心させてくれる。
キアラの思いやりが伝わると同時に強い肯定感によって思考が少しだけすっきりしていく。
『…そうですね。頼りにしてます。』
『任せなさい!』
キアラは元気よく胸を拳で叩いた。
その力が強すぎたのか、けほけほとむせてしまう。
俺は急いで背中を摩りながら、キアラと目を合わせて、微笑んだ。
気分が落ち着くとすぐに向上心が湧き上がる。昨日散々確認した魔力操作を、諦め悪く繰り返しながら、馬車の中を過ごした。
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王宮に到着して、馬車を降りる。
城門は既に開けられており、見覚えのない騎士が二名だけ門番をしている。
ランガが通ると軽い会釈だけをして向き直った。
今朝、ランガに呼ばれ朝食を一緒にした時にされた忠告が頭の中で反芻される。
『はぁ。、この国は少々面倒くさいことになっている。』
深い溜息と共に眉間に皺を寄せたまま、切り出された言葉。
付け加えられた少々に違和感を感じる程の苦悩が聞き取れた。
『朝ご飯が不味くなるから、辛気臭い声出さないで。』
『その言い草はあんまりですよ。』
キアラは朝が苦手だ。
無理矢理起こされると昼までずっと苛々している時があり、今日は特に機嫌が悪そうだった。
『兄上。悩みがあるのなら私が…。』
『お前は黙ってろ。』
ぴしゃりと跳ね除けられたカミラはランガの無表情を見ながら、目に涙を滲ませつつ、嬉しそうにご飯を食べ始める。
『剣王国には4つの騎士団があるだろ?』
『剣王のダンジョンを唯一生き残った剣聖。 その下の剣帝が指揮する騎士団。ランガさんの指揮するホワイトウイング。アッシュ・クロードが率いるイージス。ゴライア・テッサが束ねるオード、そしてジュナイドの名前すら無い形だけの騎士団。』
『聞いた事があります。ジュナイドは貴族達から嫌われているため、騎士団を作らなかったと。』
『ジュナイドは自由だった。信念に従う彼女を貴族達は疎ましく思っていた。』
『で、どう面倒くさいのよ?』
ご飯を食べて落ち着いたのか、キアラはランガの懐古を遮る様に、先を促した。
『剣聖が帰還した事で、どの騎士団が優れているのか、投資した貴族達が揉め始め、王族の継承争いに派閥の取り込みが行われ始めた…』
『そんなの剣聖が帰還する前からでしょ?』
『今回は派閥のバランサーだったジュナイドが死に、弟子であり、滅魔の忘れ形見であるヘクティスの復帰に期待する者達が既に情報を拡散している。キアラの事は隠せると思うが、ヘクティスはどの様に扱われるかわからない。』
『別にプライドは9歳の時にへし折られてるので、気にしなくてもいいですから。』
『気にするわよ!!守ってくれるって約束して!』
キアラが鬼の形相でランガに詰め寄る。
『当たり前だ。ただ、王と剣聖、どちらかに動かれるとかなり苦しい。』
ランガは申し訳無さそうに少しだけ目を伏せる。
なんて不器用で優しい人なのだろうか。
『姉さんも、ランガもありがとうございます。』
『私も勿論守るぞ。』
『カミラさんもありがとうございます。』
『カミラには無理だ。頼むから余計なことはしないでくれ。』
『うっ…。』
『カミ姉にその言い方はないでしょ!!』
キアラの急な渾名に面を喰らいながらも、ランガは真剣な眼差しを崩さない。
カミラさんは涙を溜めた目で向き合いながら静かに首を縦に振った。
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『ヘクティス。何があっても我々はお前の味方だ。』
衛士に案内された扉の前でランガがしっかりと俺の目を見ていった。
嬉しい気持ちを押し込めて、頷き返した。
扉が開く。
ランガが先陣を切って歩き始める。
『ランガ・ルーベ到着しました。』
『遅かったな。』
厳かな低い声。威圧的で場の全てを飲み込んでしまうような、雰囲気があった。
剣王国唯一の剣聖、グラディウス・ナラは底の見えない深い虚のような瞳を閉じる。
『命令により、保護した2名をお連れしました。』
ランガが礼儀正しく報告を済ました。
『そうか、ご苦労だった。』
凡そ感情の起伏の無い、淡々とした労いの言葉の後、グラディウスは小さな溜息に失望の色を混ぜて吐き出した。
『本当に偉大なる大賢者の忘形見がおまえの後ろにいる子供なのか…。』
『間違いなく。』
『…面倒をかけたな、下がって良いぞ。』
一礼してランガが扉を開ける。何事もなかった事に安堵しながらその背中についていった。




