異形人獣
『ヘクティスよく気付いた。』
日が完全に暮れるとに帰ってきたジュナイドに早々に褒められる。
キアラは俺の訓練を見ながら、まだうんうんと唸りながら何を言う事聞かせようか考えている。
『都市の剣帝から剣武までの騎士を総動員して、魔物狩りの準備に入った。最悪を想定して、剣王国にも応援要請を出した。冒険者ギルドにも既にクエストを発注している。』
『支配魔物はどうしたんですか?』
『全部消し飛ばしておいたが森の奥で異界人獣も確認できた。』
『人型の影付き魔物ですか…。3年ぶりですね。』
『あの時のよりも更に人型に近かった。目視で確認した時に魔物要素が殆どなかった。あれは影を纏った人間だ…』
『支配魔物は強いの分かるけど、剣帝から、冒険者、剣王国まで動かして警戒する事なの?』
キアラはジュナイドの眉間に皺を寄せた深刻そうな表情に徐々に事の重大さを飲み込み始める。
『あれだけの数の支配魔物の異常発生は見た事も聞いた事もない。魔物のスタンピードならまだしも、原因のわかっていない緊急事態は早々に対処しておかないと後悔することになるからなら。それに完全人型の異界人獣は私と剣帝でも厳しい。文献では聖剣を抜いた剣聖のみが倒せるとされているからな。』
ジュナイドは掠れた低い声で諭す様にキアラに教える。
俺も詳しく知っていたわけではないが、あんな不気味な影が魔物に隠れる様に何十体も森に潜んでいるなんて気持ちが悪いと感じた。
三年間それなりに入っていた森に突然、異物が紛れ込んで日常の中に溶け込もうとしている様な違和感。
けれどジュナイドは其れに備えるための知識も用心深さも備えている。恐らく、俺やキアラが日常を送っている間に騎士団や、冒険者が全てを元通りにしてくれると安心した。
『え、ジュナイドとあの剣帝でも無理なの…怖すぎ。』
『完全な人型ならな。明日用意出来る全戦力で取り敢えず、異界人獣を討伐してくる。留守を頼むぞ。』
ジュナイドはキアラの頭を優しく撫でると屋敷の中に入っていく。
『信じられないけど、異界人獣ってやばいのね、覚えとこ。』
『3年前遭遇した時はジュナイドが相討ち覚悟で、倒してました。俺は余波で吹き飛ばされて隠れてただけですけど…。』
『人型ってどんな感じだったの?』
『木ぐらいの出かさのオーガみたいな魔物で影が蠢く様に身体から滲み出てました。』
『ふーん。亜人系の支配魔物なんだ。』
『俺もよく分かってません。』
『私なんて授業でも、文献でも見た事ないわよ。』
キアラは肩をすくめると屋敷に入っていく。
俺も鍛錬用の剣を戻して、湯浴みして寝ようとした時、背筋が粟立った。
ジュナイドが屋敷から出て来る。
『何か来る。念のため避難所に行ってくれ。マリーナとキアラを頼む。』
ジュナイドはそれだけ言うと気配を感じた街の外に向けて去っていく。
『ヘクティス様どうなされたのですか?』
マリーナが慌てて顔をだす。
『嫌な予感がします。ジュナイドが避難所に行けと言ってました。念の為言う通りにしましょう。』
キアラを呼びにいくと既に寝るつもりだったらしく、寝巻きに着替えている最中だった。
『ちょっと、ノックぐらいし…。』
『マリーナと下で待ってます。ジュナイドが何か感じて、森に行きました。用心して避難所に向かいます。』
『わ、分かったわすぐ行く。』
キアラは真剣な顔を見て察してくれたらしく、普通着に着替え始める。
直ぐに自分の部屋から必要な装備を取ると、必要な物を揃えたマリーナさんと合流する。直ぐにキアラが降りて来て、都市の中心部の避難所へと向かう。
静か過ぎる夜だった。いつもならまばらに人が歩いているのに、道には誰もいなかった。
道を半分程進んでから、都市の緊急警報が鳴り響く。
静まり返っていた民家の中が一斉に慌ただしく、動き出す。
『ヘクティス何が起きてるの!?』
キアラは不安そうに俺の肩を掴む。
『わかりません。でも、もしかしたら異形人獣が関係してるかもしれません。とにかく避難所へ向かいましょう。』
『やばい。何これ…。』
急にキアラの顔から血の気が引いてただでさえ白い肌が青白くなったのを見逃さなかった。
キアラの顔の表情の変化と呟きが消えるか消えないかの刹那音が消え、夜空をかき消してしまう程の光の球が顕現する。
そして全ての建物と人を塵の様に吹き飛ばした。
咄嗟にキアラに覆い被さる事に成功したがそれ以上の事はもう何もわからなかった。
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目の前の光景を信じる事が出来なかった。ジュナイドは魔力の塊を限り無く静止した魔力を制御する事で切り裂く事が出来る。静止された魔力の粒子はエネルギーを押しのから性質を有している。だがその剣が守れるのは自分だけの範囲しか無い。
横で瞬時に目の前の爆発した魔力の本流をその才能と力だけで打ち払った剣帝は威力を相殺し切れずに制服の端々が吹き飛ばされる。
『こんなことがあっていいのか…。』
商業都市剣帝のライデン・ダリックは自分の怪我など意に介した様子もなく、呆然と立ち尽くしていた。
都市一つが瓦礫の山と化してしまっている。
門や魔物侵入を防ぐ壁は全てが爆風で吹き飛ばされてしまっている。
『考えが甘かったか…来るぞライデン!』
ジュナイドはヘクティス、キアラ、マリーナの心配をする暇もなく、絶望感を抱く暇もなく、臨戦態勢に入る。
目の前に降り立つ影の塊が全てを台無しにしてしまう化け物だと言う事を今の爆発で身に染みたのだ。
『返せ。』
その影の中から銀の長髪を靡かせる耳の長い人間が姿を表す一言だけ、静謐な声で厳かに告げる。その目は怒りと憎しみに満ちており、言語での交渉を求めてなかった。
唯ひたすらに責め立てる様に女は言う。
『返せ。』
剥き出しの殺意を向けてくる。その声圧で、ジュナイドとライデンは目の前の女に会話が通じない事を完全に理解する。
一方的に命令しているのだ。当然の様に義務の様に当たり前の様に差し出された掌の上に望んだものを献上すること影を纏う耳長の女は迸る魔力に綺麗な銀髪を靡かせながらその怒気が徐々に増していく。
『よけろ!ライデン!!』
ジュナイドの事を意に介した様子もなく、ライデンへと魔力の塊がおよそ目で追えない速度で飛んでいく。
返せを繰り返していた相手がライデンである事にジュナイドは気付いた。
ライデンは瞬時に魔力流動によって魔力を全面に集めると受け止めにかかり、僅かな拮抗の後簡単に吹き飛ばされる。
ジュナイドはライデンに追撃が行かない様に素早く異形人獣に斬りつける。だが、異形人獣は目で追うこともせずに影が自律的にジュナイドの剣を受け止める。
影は魔力の塊である為、ジュナイドの魔力制御によって押し切られ、見向きもしていなかった異形人獣は不意をつかれる形で身体を斬られる。
ジュナイドが追撃の斬撃を浴びせるよりもリンカーネーターの悲痛な叫びと共に影が全てを包み込もうと大いにくる。
ジュナイドは咄嗟に転がる様に距離をとり、繭のようになった影の塊を見て確信する。
『倒せるぞ!ライデン!』
『開放起動。』
その言葉を待っていたかの様にライデンは立て直して貯めていた魔力を無間と呼ばれる魔力を増幅するスキルによって都市を一瞬で吹き飛ばした魔力量まで無理やり膨張させる。
『消えろ化け物。』
ライデンの渾身の一撃が影の繭に向かって迸る。
最大にしてシンプルな力技だった。相手が耐えられない魔力を込めて圧縮して、方向エネルギーに変換して目標を消滅させる単純に最強のスキル。
剣帝にまで若くして上り詰めた、ライデンを代表する最強の一撃だった。
影の繭は消えているが、リンカーネーターは生きていた。無傷とは言えないが、殆ど損傷した様子がない。
ただ、すだずたになって引き裂かれた影の様な物体を抱きしめて泣いている。
その痛々しい姿に自分達が何か決定的な過ちを犯してしまったかの様な錯覚を覚える程の悲しさをその姿は讃えていた。あまつさえ嗚咽と涙を流している。
『もう人押しだやるぞライデン。』
『嗚呼。大丈夫だよ。俺はあれが化け物にしか見えていない。』
『其れを聞いて安心したぞ。私は少し同情しそうだ。』
言葉とは裏腹にジュナイドは覚悟を決めた様に走り出す。
『限界突破起動。』
ジュナイドの身体から魔力が垂れ流されて其れに比例する様に速度が加速する。
『閃光起動。』
ライデンもジュナイドとは逆側を疾走する。光の線が残像の様に彼の疾走の後に残る。
挟み込む様に悲しみの涙を流し座り伏しているリンカーネーターの胴体に向かって高速の二振が振られる瞬間、リンカーネーターの身体から魔力の結界が放出され渾身の二人の突撃は虚しくも弾き飛ばされる結界に終わった。
『これは魔力の結界か?斬れるかジュナイド。』
『あれが魔力ならな。だだ魔力操作に全集中しないと無理だな…。』
『まかせろ切り開く。』
『任せた。』
『全技起動。』
ライデンの全力が夜空を照らす程の魔力となって光り輝く。数多ある強化スキルをその膨大な魔力量によって一斉に使用する。
リンカーネーターは其の輝きを睨みつけ、ライデンの光に隠れる様にジュナイドが気配を消す。
リンカーネーターは迷い無くライデンに向けて圧縮した魔力の球を飛ばしてくるが、ライデンは距離を詰めながらその全てを切り飛ばしていく。
結界までライデンは辿り着き、一太刀浴びせるが、弾かれる。その影からすかさずジュナイドが出て気て、限り無く静止した魔力操作により、結界を切り裂く。高度なスキルによって構築されたのだろう結界が、その亀裂で崩壊する。
『全開放起動。』
結界の崩壊と共にライデンの捨て身の一撃が放たれる。
全身から纏め上げられた魔力がライデンの剣に圧縮されて放たれる。
リンカネーターの身体を確かに貫き胸に大きな風穴が開く。
その余波が消えるよりも早くジュナイドが冷静にリンカーネーターの首を跳ね飛ばす。けれど、その首も、胸の風穴も厭わずにライデンの身体に手を翳した。
その行動は、ライデンとジュナイドにとって思考の空白をつく様な自然な腕の振り上げだった。
ライデンの胸が貫かれる。ジュナイドは瞬時にリンカネーターの腕を斬り飛ばし、ライデンを遠ざけるとハイポーションを取り出し、ライデンの胸に深く突き刺さった腕を抜く。
『しっかりしろ。ハイポーションは久しぶりか?』
『ぐっ。すまない。』
急速に治癒される細胞の再生は想像を絶する痛みを伴うが剣帝は呻き声一つで耐える。
『お前魔力が…。』
『…動かない、魔力が全く動かない。』
ジュナイドは鎖縛状態に似たライデンの魔力の消失に絶句する。
リンカネーターは強制的に魔力を封じる事が出来るらしい。リンカネーターの胸の風穴が塞がり、男の胸板に男の耳長の顔が作られる。性別が急に反転した。
男の耳長銀髪になったリンカネーターは愛おしそうに自分の顔を残った手で愛おしそうに撫でている。
『ライデン引け。』
ジュナイドの冷たい声はライデン・ダリックに足手纏いの通告を充分に理解させたが、ライデンは一歩も引かずに前に出る。
『この鍛え上げた肉体なら、肉壁ぐらいにはなるさ。』
『後悔するなよ。来るぞ!!』
男のリンカネーターは光の残像を引いて高速の突進をライデンに向かってかましてくる。
ジュナイドとライデンは正面から来るその突進に反応出来ずライデンの身体が魔力を操作出来ない生身の身体が簡単に錐揉みされながら吹き飛ばされる。
ジュナイドはすぐに切り返して突進してくるリンカネーターを捉えて、正面からの一撃を捉え魔力操作の超流動によって相手の魔力を弾き返す。ジュナイドはその突進が魔力エネルギーによる推進だと一瞬で見抜いていた。
分かりやすい魔力の流れを汲み取る事でしか超流動は不発に終わる恐れがあった。けれど今の、リンカネーターの動きはライデンのスキルによく似ており、ジュナイドにとってタイミングがとりやすい動きでもあった。
超流動で推進力を返されたリンカネーターは弾き飛ばされ、手足が千切れ飛ぶ。
リンカネーターは手足を再生しようとするが、その欠損した部分から肉が少し膨れるだけで再生しなかった。
『再生しないのか…。』
血塗れだが五体満足そうなライデンを見て、リンカネーターとの一騎打ちを覚悟した。




