蠢く影
ラティスとのデートが終わり、完璧な気分転換を終えた俺は、過去一の集中力で鍛錬を始めたが、キアラの根掘り葉掘りの質問責めに崩壊していく。
魔力解放の練習を諦めて、キアラの話しの相手を終わらせようと魔力操作を止める。
『ラティスとどんなことしてたの?』
『露店を見て回ったり、魔力操作の話しをしたりです。』
『他は?他には?』
今まで一度も見た事も無いようなキアラの積極的な質問責めに辟易しながら、何を話そうか考えているとラティスの首筋への突然キスを思い出す。
顔が赤くなっていくのを抑えられず感情排除起動によって急いで虚な目になって対処する。
『…得にはなかったです。』
若干の間を誤魔化しきれず。噛みそうになる口を無理矢理押さえつけて、抑揚の無い声が出てしまう。
キアラは俺の事を暫く見ると、意味深に笑う。そして何が嬉しかったのか、そのまま部屋まで駆けていった。
何かを勘繰られた気がしたが、其れを訂正しに行ってしまったら、其れこそキアラの好奇心に火をつけてしまうというジレンマに苛まれながら、溜息を吐いて吐いた息を吸い込み鍛錬モードに自分の意識を切り替える。
一度自分が一息に出せる魔力を意識する。その次に直ぐに同じ量の魔力を出す。2回目の魔力放出が遅過ぎて、前の魔力が霧散してしまう。魔力を出す事に意識が裂かれ過ぎて、魔力転換による魔力の増加が出来ない。
問題点を一つ一つ自分なりに整理していく。先ずは自分が出せる最大値の魔力放出を無意識で出来るようにしようと決める。そしてその次に魔力転換を放出と共に出来る様にしようと努力の方向性を完全に自分で見つける。
自分に出来る魔力の最大放出は5回もやれば息切れしてしまう。ラティスと比べれば百分の一にもみたいな魔力量。その魔力量が増加すれば、俺の戦闘における持久力と、魔力による力押しを避ける事が可能になる。魔力操作、開放は俺の戦闘力を純粋に底上げする事になる。
ジュナイドが用意しておいくれた魔力の回復する、マナポーションを飲み続けながらも、最大魔力の放出量と放出速度を加速させていく。
明確な練習と目標に夢中な日々を過ごしているとスオラ達の見送りの日にいつの間にかなっていた。
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スオラ、クレオ、ラティスにそれぞれ用意された高級な馬車が用意されていた。
『来てくれたのか。キアラさんもありがとうございます。』
スオラは本気で俺が修行を優先して来ないと思っていたようだ。
キアラには未だに媚びを見せている。キアラはというと得意げに仁王立ちしている。
『皆んなと会えるのが何年後かわからないですからね。』
薄情者みたいに思われてないか心配になりながら、当たり前の様に別れを惜しむ。
『僕もヘクティスは修行を優先すると思ってたよ。』
クレオがしたり顔で肩に手を置く。
『失礼ですね。俺は友達の事をいの一番に考えてますよ。』
『よく言うわね。さっきまでマナポーション飲みながら修行してて、私が連れてきたんだから。』
寝坊魔のキアラに久しぶりに立場を逆転されてしまいぐうの音も出ない。
『姉さんそれは言わないでくださいよ…。』
スオラとクレオに相変わらずだ笑われながら、吹っ切れた俺は魔力操作の最大放出の練習を無言で開始した。マナポーションは細いシリンダーの中に入っていて、十本程装備していた。
『ラティスおいで。』
キアラがラティスの手を繋いで連れてくる。外からそわそわしながら俺達を見ていたラティスをキアラは俺の前に連れてくる。
『ブレスレット付けてますわ。それから…。』
ラティスが何か言おうとするので、目を見ていると、目線が俺の首に動いたのがわかって思わず、忘れられない感触が残っている場所を手で隠してしまう。その俺の動作の意味を理解したのかラティスの顔が一瞬で真っ赤になり、キアラの背後に隠れてしまう。
前に出てきたキアラがニヤッと顔を歪ませて、耳元で囁く。
『ラティスから聞いちゃった首元に、チュウ。』
首元に手を翳したまま、驚愕と共に目を見開く俺の顔はどんな表情をしていたのか、知る由も無いが、気がつくと、スオラもクレオもラティスも既に門を出て行ってしまっていた。
残っていたキアラが立ち尽くす俺の意識が戻ったのを察して背中を押してくる。
『帰るよ。むっつり馬鹿。』
何処でそんな言葉を覚えたのか俺は痛い頭を抱えながらも反論する。
『ラティスが勝手にして来た事ですよ?俺は意識をしてなれば、それを喜んでも無いですよ。姉さんその暴言は流石の俺もキレそうです。』
早口になる言葉を抑えられずに何とかキアラを黙らそうと頭に浮かぶ言い訳を繋ぎ合わせる事しか出来ない。
『最初はお礼に頬にキスするつもりだったんだって、3年前荒れてたスオラとヘクティスが戦ってくれた事、弱い自分を変えるきっかけをくれた事、優しくしてくれた事、卒業試験で支配魔物から守ってくれた事のお礼にらしいよ。でも恥ずかしくなって首にしちゃったんだって、ラティス可愛すぎるよ…。』
一息にキアラが嬉しそうに話すのと、可愛すぎると言いながら想像のラティスを抱きしめ様とするキアラの動作後の切なそうな表情がみえた。
俺の脳内に閃きが走る。
『え、姉さんて、ラティスの事を好きなんですか?』
『はぁ…。』
キアラの長い溜息は吸われる事なく霧散する。溜息を吐き終わったキアラは見事にいつも通りの堂々とした態度に戻っている。
直ぐに俺を小馬鹿にした様な表情を浮かべる。
『私が言いたいのは、ただのお礼のキスを勘違いすんなって事だよ。むっつり馬鹿。』
弁慶の泣きどころを何の躊躇もなく蹴ってくるキアラの足には魔力も何も纏われてなく、脛の筋をずらして受けることで無傷で済むが、キアラの爪先が突き指を起こした様で俺の袖を掴んで片足立ちで急いでバランスを取る。
『天罰ですよ。』
『うっさい。』
キアラの突き指が治まるまで、暫く動かないで立っていた。
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スオラ達が都市を出た次の日珍しく、ジュナイドから誘われる。
『修練も大事だが実践を疎かにしてはいけない。魔物狩りに行こうか。』
ジュナイドが屋敷に居たので修行経過をみせ、アドバイスを貰っているとふと思いついたかの様に提案される。
『いってらしゃ〜い。』
『キアラ、一緒にいこう。』
いつも通り日向ぼっこしながら俺達の修行を見ているキアラはジュナイドの急な誘いに渋い顔を向ける。
スオラ達が都市を出てしまってからキアラはやる事が無いのかずっと寝ながら俺の鍛錬を見ているだけだった。寝て、見て、飯食って、寝て、見て、飯食って。この五日間自堕落の底なし沼に落ちかけていた。
『姉さん太りますよ?』
『私太らない体質だし。』
一歩も引かないやる気の無さを堂々と前面に出すキアラを見かねたジュナイドは思い付きを隠そうともせず口を開く。
『キアラとヘクティスでどちらが大物を狩れるか競争して勝った方が負けた方の言う事を何でも聞くと言うのは如何だろうか?』
俺は負けた時のリスクのでかさを考えて焦る。
『何を言ってるんですか。俺は姉さんに言う事聞かせたい事なんてないですから。』
『私はある。その話し乗った!』
キアラはほくそ笑む。絶対に碌でもない事を考えている時の悪い顔。
さっきまで暇で眠そうだったキアラの顔は生き生きと活力が漲っていく。
『よし、そうと決まれば出発よ。ジュナイド、ヘクティス速く用意して!』
装備と道具の準備は俺達任せのキアラは自分が負ける事なんて微塵も考えている様子がなかった。
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魔物の森に入ってから、いつも使う休憩所まで俺とキアラ、ジュナイドは辺りの様子を探りながら慎重に進んだ。
『気配を意識的に立つ方法を教えようと思う。この状態は魔力が放出されない無防備の状態になるため注意してくれ。』
俺とキアラは頷くの確認すると、目の前に居るはずのジュナイドの気配が消え、見てるものと感じるものの差異で、脳内映像で乖離が置きてしまう。確かにジュナイドを見ているのに脳がジュナイドを認識しようとしないため、何度も何度も瞬きしては確認させられる。
『ふーん?私達って意外と他者の魔力で認識しているんだ。』
『驚いたか?鎖縛という自身の魔力を完全に閉じ込める魔力操作技術だ。正確には完全じゃないが。』
『こんな感じ?』
キアラは一瞬で魔力の放出を抑え込む。
『ふっ、俺に出来るわけが無いです。』
いつもの事なので、諦めて何故か得意げになってしまう。キアラは俺をみて呆れた様に首をふる。
『魔力を出す事に必死で抑え込む事をしなかっただろ?無属性は魔力が少ない関係から流動さえ覚えれば簡単に鎖縛できるはずだ。』
魔力を押さえつけてみると呆気なく魔力放出が止まる。無属性のギフトなしにこんな得意分野があるとは思わなかった。
『出来てます?』
『ただでさえ存在感が薄いのに、空気みたいになってる。』
『姉さん馬鹿にしてます?』
キアラが余りにも俺の事を捉えながら言うので間違い無く馬鹿にしてる事を確信する。
『確かに、私よりも存在を希薄に出来てるな。』
ジュナイドが少し驚いた様に俺の事を観察している。今までにない反応に内心嬉しくなってしまう。
『その状態から瞬時に魔力を放出出来るか?』
俺とキアラは瞬時に鎖縛を解き、魔力で身体を覆う。
『及第点だな。そろそろ魔物を狩るとしよう。』
ジュナイドのお墨付きが出た。俺とキアラ両方とも、魔物を安全に狩る力を認められたと言うことだ。
『私はもう準備出来てるわよ。』
『俺も大丈夫です。』
『時間厳守。超えた時点で敗北。太陽が沈む前に希少性の高い魔物を持ってきた方が勝利だ。始めろ。』
俺とキアラはジュナイドの説明を一言一句逃さず聴くと鎖縛によって気配を消して森の中を探索した。
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一人で森を歩いていると、魔物の群れが見えた。昆虫型、動物型、混種型、様々な魔物が木の間から見えてくる。
希少性の高い魔物。魔物勉強なんてしてる暇が無かったため、いまいち分からずに魔物観察をじっくりしようと息を潜める。
混種の気持ち悪い魔物を珍しさから品定様に見ていると影が、魔物の身体から伸びる。見間違える筈がない。その影の身体を這う様な不自然な動き。支配魔物で間違えなかった。
支配魔物何て、年間を通して1、2匹のの報告例しかない程希少だ。既に一月で2体目との遭遇だった。
支配魔物に対していい思い出が無かったため、希少ではあるが接触は避ける。
この都市唯一の剣帝がまだ以来中なら、支配魔物がこの森からいなくなるのも時間の問題かもしれない。
剣帝の凄まじい魔力と斬撃を思い出しながら次の昆虫型の魔物を標的に観察する。
影だ。昆虫型の魔物の影が異常な伸び方をしては元に戻る。流石の事態に嫌な汗をかきつつ、俺は見つけられた魔物を片っ端から観察していく。
影が全ての魔物から、意志のある影が隠れては何かを確かめる様に伸び、伸びては影の中に擬態する。
出会す魔物全てに影が取り付いてた。
無我夢中でジュナイドの元に戻る。緊張と恐怖で悴んだ身体を鎖縛を解く事によってほぐす。
『ジ、ジュナイド、影が、影の魔物が…。』
『遅かったわね。見てよほら、私の捕まえた魔物!』
俺の必死の形相よりも、キアラは丸い小さな綿毛の様な見たことも無い魔物の事に夢中になっている。
『姉さん待ってください。支配魔物が何体もいたんです!ジュナイド、今の森は危険です!』
『ヘクティスは魔物捕まえてきてないから私の勝ちは決定ね。』
キアラは尚も興奮冷めやらぬ感じで、勝敗をつけようとしてくるが俺はそれどころではなく、キアラを無視する。
『キアラ落ち着け。ヘクティスどれぐらい居たんだ。』
『10体以上は見ました…。』
『はっ?』
そこでようやくキアラは訝しそうに静かになる。
ジュナイドでさえ表情が曇る。
『帰るぞ。』
ジュナイドは一瞬だけ思考する様に目をつぶると急いで都市へと向かう。
何事も無く門へ着くと俺とキアラ二人だけで屋敷に帰ることになる。
『少しだけ様子をてくる。』
そう言うとジュナイドは門から踵を返して森の中に消えていった。その背中を見送ると俺は不安な気持ちで一杯になった心を落ち着ける様に屋敷へと急いだ。
『ジュナイドが行ったんだから平気よ。それより今日の勝負、私の勝ちだから忘れないでよね。』
キアラは既にこの問題が片付いた様な気楽な調子でいつも通りマイペースだった。その相変わらずな態度に元気を貰い、沈み込んでいた気持ちが安らぐのを感じた。
『わかりました。俺の負けでいいので、どうか無理な命令だけはやめてください。』
何か考えてはほくそ笑むキアラの顔を見る度にどんな無理難題を押し付けられるか気が気じゃなくなる。
『ふふん。どんな事聞いてもらうかなぁ。あれも捨て難いし、これも捨て難い。嗚呼〜悩む〜。』
そんな俺の心配を他所に、ひたすら楽しそうにキアラは笑うのだった。




