デート
『ヘクティスさん。二人きりで一緒に買い物いきましょう。』
『ごめんなさい。俺はこれから修業があるんです。』
『空いてる日があれば、いつもでいいのですけれど。』
『ごめんなさい。後20日しか無いとなると、全ての時間を費や…。』
いつの間にか、俺の背後に立っていたキアラに頭をいきなり叩かれる。
『はっ?あんた馬鹿?ラティスの顔を見て言ってんの?鍛錬の化け物になってるわよ?』
ジュナイドとの修行は俺とって至高の時間だったため、その時間が取られると思って、機械的な即答で返答していたが、冷静にラティスの顔を見ると今にも溢れ返えらんばかりの涙を目にためて、必死に泣くのを堪えていた。
自分の修行を優先したいばかりに相手の感情や心情を慮るの忘れてしまっていた。
前世でも、他人の会話中の表情一つから、家に帰った後、思い返してはどうして相手が言い淀んだり、言葉を濁したりしたのか、ずっと悩んでいたのを思い出す。
5人しかいない友達の輪だとしても決して他者の心を軽んじていい理由にはならない。
俺は深く反省した。
『姉さんありがとうございます。ラティスはいつが空いてますか?俺がその日に合わせて休憩を入れようと思います。』
『五日後にどうでしょう。この学舎にいつもなら授業が始まる時間に集合ですわ!』
元気を取り戻した、ラティスは一歩、一歩と詰めてくる様に話してくる。
『わかりました。約束です。』
『やったわね。』
『キアラさんありがとうですわ。』
『どうして姉さんが嬉しそうなんですか?』
俺は修行の時間が削れる不安に速くも辟易しながらも、感情の露出と起伏を抑えた。
『親友が勇気を出して成功したのを喜ばないわけないじゃ無い!』
鍛錬モードの俺を誘う事に成功したはこの三年間でラティスだけかも知れない。
『そう言えばラティスと二人きりで遊ぶ事はこれが始めてですね。余裕がなかったとは言え友達なのに余りに冷た過ぎました。』
クレオやスオラとは男同士何度か狩りに出かけたりしていたが、ラティスと二人きりで何かをした事がなかった。
一人だけ省かれている様な不安を知らず知らずのうちに与えていたのかも知れない事に始めて気付いた。
案の定ラティスの顔が少し曇ったのを俺は見てしまった。
『ラティスが留学してもずっと友達だと思ってます。』
俺は慌てて言葉を続けるがラティスの表情はさらに曇る。そして俺は更に慌てふためく。
『気恥ずかしいのですが、本当は親友の様に思っていま…。』
『ヘクティス。黙な。』
見た事もない顔で聞いた事もない低い声でキアラが怒りを露わにする。口が反射的に閉じた。
『キアラさんありがとうですわ。私は唯、ヘクティスさんとデートに行けるだけで充分ですわ。』
『デートですか…何だかそう言われると恥ずかしいですね。』
俺は初めてこの誘いがデートの誘いである事を理解した。けれど十二歳でデートなど、ませた子供みたいで少し恥ずかしかった。
ラティスの真剣な表情が崩れないのでほんのり赤くなっている顔を指摘する気持ちも起きなかった。
『ラティス五日後また。姉さん帰りましょう。』
会話が続かなくなったので、無理矢理話を切りあげる。今日は帰ったら次の段階の修行をジュナイドにつけてもらえる事になっているため、俺はキアラを急かす様に帰路に着いた。
キアラは何か言いたげに口を開けたり閉じたりしながら何も言わなかったが、久しぶりに怒っているのを感じた。少しだけ薄暗い帰路で会話は無く、無言で俺の前を歩くキアラの背中を見ながら静かに着いて行った。
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家でもまだ怒ってるキアラに無視されながら、何が行けなかったのか、悩み続けたが答えが出なかったため、朝起きたら謝ろうと決心して、眠った。
朝起きるとキアラは既に家を出ていた。あの寝坊癖のついた姉が早く起きた事に驚きつつ、ジュナイドとご飯を済ませて修行に移る。
『剣技は完全に至開に至ったな。』
『十二年で基礎が漸くですか…』
赤ん坊の頃から意識がある俺にとって剣技の修練は生まれてからずっと側にあったものだ。嬉しいのと、現実の厳しさを両方感じた。
『基礎は磨けば磨くほど高まり、疎かにすればするほど落ち込んでいく。修練を怠るな。』
深く頷いた。剣技で言えば、これから進化してくスオラ達と比べるまでもなく亀の歩みだった。ジュナイドからの的確指導で実践を含めたアドバンテージがあるにも関わらず、スオラ達には追い抜かれている。だが、焦る事は無い。俺はそれをこの三年間でしっかりと学んだ。
『魔力操作における転換はどうなった。』
『これで一ヶ月完了です。』
俺は部屋から持ってきた魔力が周り続けているボールをジュナイドに見せた。
『よくやった。今から教える魔力操作は転換より簡単だ。これだ。』
そう言うとジュナイドの魔力が一瞬にして膨大に膨れ上がる。
『今、魔力を人為的に増やしたのですか?』
『そうだ。これは魔力の開放と言って、全ての魔力を放出と同時転換して、魔力を増大させているんだ。』
『自分の最大値の魔力を転換によって増加保持させる様にするんですね。』
『既に転換は出来ているから、魔力を一度に全部放出する練習だな。』
早速、魔力を全部一気に放出しようと試みるが、意外と難しい。勝手に放出されてしまう魔力を流動したりの操作だったためだ。少ない魔力を効率よく使う様に意識していたため、魔力を一度に全て出すという操作が非常に自分に噛み合わないものだと気付いた。
『先ずは深呼吸して、息を吐き出す時にそれに合わせて少しずつ出せる様に練習すれば、簡単に出来るようになる。』
『やってみます。』
俺は深く息を吸うとゆっくりと息を吐きながら、魔力を搾り出す。
呼吸と魔力の結びつきの様なものを感じた。徐々に魔力を多く出す為の要領を掴み始める。確かに、流動、超流動や、転換に比べたら、これは簡単な修行だった。けれど直ぐに身体の疲労感がとんでも無い事に気付く。
魔力は身体の生命維持から身体能力まで密接に関わっている為、内包する魔力を搾り出してしまうと体の機能が一気に低下していく。
『お前は私よりも成長が早い。焦らず、ゆっくりやればいい。』
ジュナイドが掠れた低い声で染み染みと言った。俺はそれを聞き入れてじっくりと魔力を放出する練習を再開した。
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新しい修行に夢中になる日々を過ごしていると、あっという間にラティスとお出かけする日になった。
朝食の席で既に起きていたキアラに挨拶して隣に座った。
『最近珍しく姉さんが早起きなので心配です。』
『何で早起きで心配されるのよ。』
キアラは不服そうにパンを千切って頬張る。珍しく早起きは自覚がある様でお咎めがなかった。
『最近朝早くから、何処行ってたんです?』
『別にラティスと遊んでただけ。』
『ラティスは以外と遊びたがりですね。』
キアラは俺の顔を見ると、何故か自信あり気に鼻で笑うと、食事を終えて席を立つ。
『楽しんで来て。』
俺は遊びながら修行を行う方法をずっと考えていたため、空返事をした。
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ラティスとの待合せに向けて見習い騎士養成所の前に10分前ぐらいを目安に行くと既にラティスがいた。
俺は養成所の前にいるラティスに手を振って駆け寄る。
『おはようございます。ラティス。もしかしてまたしてしまいましたか?』
『おはようですわ。私も今きたところですわ。』
ラティスは水色のワンピースの上に裾の低い白いカーディガンを羽織っていた。
『私服のラティスは新鮮ですね。』
『ど、どうですの?』
ラティスは少し恥ずかし気に身体を振る。
『凄く似合っていますよ。ラティスにあった可愛い服ですね。』
魔力を微量ながらも放出する練習に気をとられながら、脊髄反射で言葉を返した。
ラティスが顔を隠す様に下を向くので慌てて、付けたす言葉を考える。
『ラ、ラティスの方が可愛いですよ。勿論。』
十二歳の子供に言葉を躊躇う必要もなければ、変な下心も出ない。純粋に褒める言葉を選んだ。こんな些細な言葉で喧嘩別れをするかもしれない何て嫌だからだ。
ラティスが真っ赤になった顔を直ぐにあげると満面な笑みで、手をとってくる。
この時に人は褒めると機嫌を直すと言うことを学んだ。
『へ、ヘクティスさん行きますわ。』
『そうですね。何処を周ります?』
『よければ露店を見て回りたいですわ。実は私あまり露店を歩いた事ないですの。』
『俺も余りないので、ゆっくり見て回りましょう。』
ラティスの手を引く様にして歩いた。露店の道は人通りが激しく、まだまだ子供なラティスと逸れないようにした。
『わぁ、綺麗ですわ。』
ラティスが足を止めたのはアクセサリーの飾られた露店だ。
『何か気に入ったのものがありますか?』
俺には全て価値の無いものに見えたが、ラティスがじっくりと眺めているので、それに合わせて頃合いを見てきいた。
『このブレスレットとっても可愛いですわ。』
紫の石を三日月型にした物を銀細工であしらった腕輪だった。
『俺も一番ラティスに似合うと思いました。これを下さい。俺からの留学の餞別です。』
飽きてきたので急いで、ラティスの話しに合わせて、購入を決定する。
見ているふりをしながら魔力を一度に多く放出する感覚を掴む為にどうすればいいか考えているとお腹が空いてしまい、興味は食べ物の露店へと移っていた。
『ヘクティスさんありがとうですわ。一生大事にします。』
早速腕につけた、安物の腕輪をダイヤモンドでも見る様なきらきらとした目で見ながら笑うラティスを見て、何故か罪悪感に駆られる。
魔力操作の練習の時間を取り戻すことばかり考えていたが、今日だけはラティスと遊ぶ事に集中しようと反省する。
『ラティスあの露店に行ってみたいのですが、いいですか?』
ラティスも乗り気でついてくる。俺も俺の興味がある物を楽しもうといつの間にか、はしゃぐ様に無我夢中で露店から露店を歩き回っていた。
『疲れてませんか?』
『全然ですわ!』
ベンチを見つけ一緒に座わる。ラティスはまだまだ元気が有り余っていた。俺も肉体的に疲労はしていないが、精神が疲労していた。喋りながら二人きりで色々みて歩くのは大変だった。俺はラティスをベンチに引き止める為話題を考える。
『ラティスは自分の全魔力を瞬時に引き出せますか?』
純粋な疑問だった。他者ならどうやるだろうと言う。騎士見習い養成所の訓練の時の教え合いの延長みたいな気持ちで聞いた。
『全魔力ですの?多分できますわ。上位スキルに必要なエネルギーが足りなくて倒れた時がありますの。』
『その感覚を教えてほしいんですが、言語化出来ます?』
ラティスは一度、真剣に思い出しながら、言葉を選ぶ様に丁寧に話し出す。さっきまてわ露店を見ていた少女の顔が急に凛々しくなる。
『説明するのは難しそうですわ。今からやってみようと思いますが、家までおんぶして運んで貰っても構いませんの?』
『ジュナイドには手本を見せてもらったのですが、ラティスが構わないならお願いします。』
『でしたら養成所まで戻りましょう。』
既に大通りに出ていたため、手を繋ぐ事なく横になってたわいのない会話をして養成所まで戻ってくる。
『魔力を使い切って動けなくなってしまうと思いますのでよろしくお願いしますわ。雷神起動』
滲みでた魔力が膨れ上がり電に変換された魔力が何かを形作ろうとして、淡く弾けた。
立っていられずに地面に倒れ込みそうになったラティスを受け止める。玉のよう汗を出して呼吸が荒い。こんなに消耗するスキルを俺の相談に答える為だけに見せてくれたことに少しだけ感動してしまう。
『ありがとうございます。ラティスのおかげで自分なりの方法が思いつけました。』
滲み出ていたのだ。出せる魔力は個人で決まっているのかもしれない。放出を高速で行う事を意識すれば擬似的に魔力を一気に放出している事に近似するはずだ。
『ヘクティスさんのお役に立てて光栄ですわ。』
言葉を話すのもやっとな状態の力ないラティスの身体をしっかりと背負う。
『道案内だけお願いできますか?』
ラティスの家に見た事も行ったこともない為道順を耳元で囁いてもらう。
『そのまま真っ直ぐ進んでもらえれば、蒼い家根の御屋敷が見えできますので、門のベルを鳴らして貰えれば、迎えに中の者が出てきますわ。』
『わかりました。ラティス今日は本当に楽しかったです。』
『私の方こそ楽しかったですわ。』
急に首元に唇の優しい感触を感じて驚きと条件反射で身体がびくりと一瞬反応してしまう。
『何年経っても、また遊びたいですわ。』
この首元への口付けがラティス以外だったらドン引きだったかもしれないが、貞淑を絵に描いたような真面目なラティスの意外な一面と完全な不意打ちに、情け無くも動揺で心音が聞こえる程に心臓が脈打つ。
ラティスの迎えが来て、鋭い目付きの執事に渡した後も少しだけ立ち尽くしてしまうぐらいには衝撃的だった。




