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鬼才の狩人

気がつけばもう一月が終わりそうでびっくりです。

今冬は例年より少し暖かいですが、まだまだ寒い日が続きます故、皆様お体お大事になさってください。


※文章半ばに一方的な暴力表現があります。ご注意ください。

 そして続く第五試合は、アルム・ガイスト──エル、つまりラインツの出番である。


 東にアーノルド卿の黒い剣闘士、アルム・ガイスト。西にフックス卿の剣闘士、エドウィン・カーンが立つ。アルム・ガイストとは森の悪魔という意味があり、彼の見た目からそう名付けられたと見受けられる。観覧席からも揶揄する声がちらほらと聞こえてくる。

 しかしアルム・ガイストはラインツェールトと同一人物であり、城都に住み始めてすでに半年になる。彼がなぜ異なる名前で縁のない貴族の剣闘士として出場しているのか疑問に持つ者はいなかった。

 観客(彼ら)はただ、目の前の闘いだけを求めている。飯の調味料(スパイス)として、闘って血や汗にまみれる姿だけを求めているのだ。


 食べ滓を溢しながら剣士を見る観客達を横目に、新たに出来立てのフォグを詰めたカゴを提げたミアは盛大にため息をついた。


「ダーシュの伝達遅いなあ」



『東に立つはアーノルド卿の剣闘士、アルム・ガイスト。西に立つはフックス卿の剣闘士、エドウィン・カーン!』


 鐘が鳴ると同時に両者は剣を構え、にじり寄る。


『アルム・ガイストは野蛮族──遠い国の出身──で、変わった見た目をしているが、予選でエーバーフントを倒した強者(つわもの)だ! 予選二回戦で武器が壊れたため、本戦では長剣で戦うとのこと! そしてエドウィン・カーンは長年フックス卿の代理人として活躍する凄腕の剣士っ、一般枠レベルの彼は今年の優勝候補でもあるぞ! おおっ先方はエドウィン・カーン!』


 開始早々に仕掛けたエドウィンに、アルム・ガイスト──ラインツは冷静に対処する。

 しばらく小競り合いが続いたが、挑発に乗らないエルにエドウィンは小さく舌打ちをする。


「予選で猛獣を素手でぶん投げてたから、もっと豪胆な奴かと思ったぜ」

「……」

「ああでも期待外れって言ってるわけじゃねえ、想像よりずっと剣の扱いが上手くて同じ剣士としては嬉しい限りだ」


 細かい斬り込みで器用に攻めながらエドウィンはラインツに話し掛ける。余裕のある笑みを浮かべながら喋る彼に対し、ラインツは表情を崩さずに剣を構える。


「それにしても、その赤い、いや赤く光ってる黒い剣はどこの国のものなんだ?」


 ラインツの右手にある剣は、壊れてしまった戦斧(モルト・アクスト)の代わりに試合前に自らの腹から一振りだけ召喚した剣である。普段仕事で召喚するのとは少し単純な造りの細身の剣。赤い光を纏う異様なそれは物珍しさを感じさせる為か玄人剣士(プロ)の興味を引いた。しかし相も変わらず何も答えないラインツに、剣士はやがて口を開かなくなった。

 そして両者の額から汗が垂れる前に試合は終わってしまった。エドウィンの剣を絡めとり、彼の手のひらから弾き飛ばし、後退させる間も持たせず首元に鋭く突きを入れた。仰け反ったエドウィンの喉仏から一筋の赤い血が垂れる。


「降参だ……舐めてた俺が愚かだった」


『第五試合目、東方のアルム・ガイストの勝利!』


 剣を退いたエルは無表情のままエドウィンに背を向け出入口へ向かった。


 競技場(グラウンド)から出ようとすると出入口でアレックスが通路に寄り掛かって待っていた。お互い顔を合わせず会話をする。


「エル、お疲れ様。ちゃんと指示通りに動いているようだな。次も上手いこと勝てよ」

「…………」


 ラインツが小さく頷いたのを見たアレックスはそのままその場を立ち去るかと思いきや、ふと何か思い付き立ち止まった。


「そうだ、しばらくご無沙汰だったろ。ちょっと便所来い」

「……わかった」


 アレックスの後ろを十歩ほど離れてついて行くと、人気のない便所へ着いた。これから何をされるのかわかっているためか、もどかしさに呼吸がどんどん速くなる。窓からの光が当たらない奥のほうまで入るよう指示され壁を背に振り返ると頭に拳が降ってきた。

 それから身体の至る箇所を何度も殴られた。股間を手加減なしに握りつぶれそうになり泣きながら詫びると今度は顔を殴られながら靴底で弄ばれた。


 湿度が高く少しひんやりとした空間に、赤と白の生温い液体が飛び散る。

 複数の液体や泥で黒ずんだ便所の古い床にうずくまりながらラインツはぼんやりと自分の次の試合のことを考えていた。第六試合は、彼にとって最も勝つの難しいであろう人物、リュディガー・ブリックが出場する。くじ引きによると彼が勝てば二戦目で当たるのは己である。予選でほんの少しだけ見た、相手が剣を構えるより速く矢をつがい狙った的に射る神業は己には到底敵わない達人の技だと確信した。その彼の戦い方を少しでも見たかったが、アレックスのおかげで見逃すことになってしまった。身体の中心は熱いのに頭は妙に寒々(さむざむ)しく、頬にかかる少し伸びた髪も冷たく感じる。


「げほっうえ……っんう゛!」

「今他の事考えてたな、大方今試合中の奴のことだろう。 “炯眼のリュディガー” あれは天才、いや鬼才だ。お前には奴の体力が消耗するのを待って勝つ方法しかねえよ」


 喉を靴の(かかと)でえぐるように踏みつけられ、息が出来なくなりもがき苦しむラインツを見下ろすアレックスの瞳はひたすら冷たく、しかしどこか感情を押し殺しているかのように眉間に皺を寄せてく。そしてラインツの下履きに染みが広がるのを見ると、何事もなかったかのように便所を去った。


「やっぱりアレックスじゃダメだ、左目が痛くならない……でもスッキリした……」


 遠くで歓声が聴こえてくる。それはリュディガー・ブリックの勝利を告げるものだった。


 六試合目の後、残りの七、八試合目も滞りなく終わり本選は第二戦目を迎える。



 そして今、黒い角の剣闘士と弓の名手が向かい合って立っていた。


 開始の鐘はすでに鳴っている。ラインツは新たに召喚した赤い剣を構えたまま動けなかった。使い手の身長ほどもある弓丈(ゆんだけ)の得物で矢を番えたリュディガーがラインツの心臓を寸分違(すんぶんたが)わず狙っているのだ。


「……っ、」


 下手に動けば矢は放たれラインツの身体に穴が開くだろうことは容易に想像できた。いくら傷の治りが人より多少早いとはいえ、致命傷を受けては死んでしまう。握りしめた剣の柄が汗でベタつく。

 早く殺れと歓声は騒ぐ。瞬きをしないリュディガーの鋭い瞳に目を合わせ唾を飲み込む。鼓動の音が大きくなる。左足に力を籠め、地を蹴った。


「!」


 跳ぶように駆け出したラインツに、微かに黒目を揺らしたがすぐに狙いを定め直す。リュディガー目掛け一直線に駆け抜けたラインツの左肩に矢が当たった。想定よりずっと強い衝撃に転びそうになるが構わず走り続け剣を振るう。が、僅かに距離が足りない。至近距離で二つ目の矢が放たれる。今度は頭だ。


「クッ……!」


 後方へ力一杯跳びよけぎりぎりで避ける。鏃が顎の上をなぞり、髪を数本散らす。

 せっかく攻めたのに試合開始前にほとんど状況が戻ってしまった。むしろ肩に矢を受けてしまった分、不利になっている。矢を半回転させて引き抜き投げ捨てた。赤く染まった(やじり)は訓練用の平らなものではなく狩猟に使う楔形(くさびがた)だった。


 ──痛い、恐い。でもこんな強い人と闘えるなんてすごい。まるで師匠(エルナ)と手合わせしたときみたい…………そうだ、()()()で闘わないと!


 ラインツは(つか)に力を()めると駆け出した。

 角の構えで再びリュディガーに攻める。こっそり逆手で握っていた右手を大きく引き、矢の向きと一直線に槍のように剣を投げた。

 意外そうな顔をしつつも素早く横に跳躍して剣を避けるリュディガー。地面に落ちた剣には目もくれず攻め入るラインツ。弓を構える彼に左足で蹴りあげるも上手く避けられ(かす)るだけ。しかし足の届くこの距離に持ち込めば矢を放つのは難しい。右手で素早く剣を拾い上げ、斬りかかる。


 ギンッ!


 しかしこれも弓の末弭(すえはず)(ふさ)がれる。さらに弓を水平に持ち替えたリュディガーが弦輪(つるわ)の先端の尖った箇所でラインツを突く。それを剣で弾き反撃する。激しい攻防が繰り広げられ、会場が沸き立つ。



『おおー!!? これはまるで剣と槍の闘いだ! リュディガー氏、弓術だけでなく槍術まで見事な腕前だ! やはり本物の天才は一味も二味も違う!!』



 戦闘中にごく自然な流れで槍技をこなす弓の名手。彼には一分(いちぶ)の隙もない。弓矢ひとつで長距離から近距離までカバーできる才能に競技場全体が圧倒されていた。しかし、いやだからこそラインツはこれまで以上に試合に集中していた。

ラインツの剣の師匠、エルナは一章に登場します。こちらの最新話で初めてこの小説を読んでくださった方も一章を読むと、より物語を濃厚に感じられるかと思います。

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