黄金色の少年
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医務室を出たエルが歓声が聴こえたほうを見ると、すでに二戦目が始まっていた。
観覧席は六割ほど埋まっており、その中にアーノルド伯爵の姿もあった。足を組んで拳を握り、口をへの字に曲げて競技場を見ている。その様子から試合の状況は容易に読み取れた。
本戦二試合目はコルト・ターコイズ対ドゥルドバジャーン。
コルトはエルと同じアーノルド卿の剣闘士で、対するドゥルドバジャーンはフックス卿の剣闘士。コルトは長年代行人として決闘では幾度も活躍してきた玄人である。しかしここは猛獣枠。剣の腕がいくら強くても相手が諦めるか倒れなければ意味がない。
勝負はあっという間だった。平均的な体型のコルトより頭二つぶん背が高いドゥルドバジャーンは縦にも横にも大きかった。その巨体に見合った分厚く大きな両手剣はコルトの攻撃をものともせず、一振り一振りが重く且つ攻撃範囲が広く早々にコルトを地に膝を着かせる。
「くそっ、こんなの出来レースだろ……俺もフックス卿につくべきだったぜ」
コルトが剣を捨て降参のサインを出した。途端ブーイングが彼に降ってくる。観客達の、もう終わるのかという文句は彼らが血生臭い見せ物を期待しているからだ。大会直前に大金を積まれて雇われたコルトには伯爵に対する忠誠心も縁もない。相手よりも早く競技場をさっさと出てしまった。
「やっぱりアーノルド卿のとこは私兵団がいないとダメね……まあ、そうさせたのは私達だけど」
誰にも聞こえないような小声でつぶやいた売り子は競技場から目を離し、再び仕事に専念した。
第二試合が終わった競技場では第三試合が始まろうとしていた。
競技場の入り口前で、神妙な面持ちをした少年が大きく深呼吸をしていた。柔らかい金髪と琥珀色の瞳は日を浴びてより明るい色を発し、瞬きするたび輝く。まだ第二次性徴を迎えていない細い腰には、柄に使い込まれて細かい傷がたくさんついた細身の長剣が差してある。彼もまた剣闘士の一人である。
「……大丈夫、大丈夫だノイン。シュナイダー師匠の下であれだけ修行したんだ。僕はやれる!」
汗で湿る両手をぐっと握りしめ、己に喝を入れた少年は競技場へゆっくりと足を踏み出した。
彼はヴェスティア帝国の名家のひとつ、ツェットコダック家の嫡男である。ツェットコダック家は建国当初より数々の勇猛な騎士を輩出し、今なおその武勇を語り継がれる長い歴史を持つ武道派貴族である。さらに今回は家の名ではなく個人として自らが出場していることに注目を浴びている。そして彼は弱冠十二歳にして今大会最年少出場者である。
立ち位置に着いた彼が正面を見ると、向かいにはすでに対戦相手が待ち構えていた。
変わった風貌の異国の男が無表情のままじっと前を見据えている。ノインは緊張がバレないようにこっそり唾を飲み込んだ。
『さあー! 本戦は早くも三戦目。東に立つはフックス卿の剣闘士、ギースウェイル・アルムスベルク! 国土の七割以上が険しい岩山に囲まれている北ノーマン国出身の剣士だ!』
実況が解説した剣士の珍しい格好に、観客達の興味関心が沸く。
靴を履く文化を持つ帝国でギースウェイルは一人、裸足だった。浅黒い肌の長身痩型な身体に、複雑な紋様が描かれた毛織物を纏い腰紐で締めている。両側のこめかみに生える内巻きの白い角がよりいっそう異国人であることを際立たせていた。そしてなにより注目を集めたのは、右手に握られている得物である。持ち手が輪っか状になっている緩やかな片刃の剣はまるで巨大な肉切り包丁のように剣身の幅が広く、鈍色の光沢を放っている。
『西に立つは、ノインフンダート・ノインツィヒ・ツェットコダック! 昨年エーバーフントが怖くて予選開始直後に気絶してしまった、ツェットコダック家の末の九男坊だ! 二年連続で私人として出場! 今年はどこまで勝ち上がれるのかー!?』
子どもをからかうような紹介に観覧席から笑いが漏れる。
少年は顔を赤くしながらも剣の柄を握り、必死に耐えた。己のことだけでなく家名まで侮辱されたことに怒りを覚えるも、ここで声をあらげて否定するより試合に勝つことのほうが名を汚さず騎士の矜持を証明できるなによりの手段である。そうと分かっていても心身共に未熟な少年の胸中にはやはり悔しさが込み上げていた。
合図の鐘が鳴り、試合が始まる。
「私の名はノインフンダート・ノインツィヒ・ツェットコダック! 貴方と真剣勝負すること誓います!」
すらりと抜いた長剣を天に掲げ、金髪の少年は堂々と宣戦布告する。しかし、まだ声変わりしていないあどけなさが残る少年を観客達は愛玩動物を見るような、もしくは子どもだからと馬鹿にするかのような目で笑う。
対するギースウェイルは顔色ひとつ変えず黙って見ていた。彼にはノインの気迫が見えていた。
──観客達には見えていない。いや見ようとしていないから気づけないのだ。こんなにも純粋で強い闘志を──
ならばそれに答えよう。私は今、この小さくも立派な剣士と全力で勝負がしたいのだ。
異国の剣士は久しぶりの高揚感に目を輝かせる。
「っ!」
その場から動かずにニイッと笑った彼の口から覗く獣のような鋭い歯に、少年は思わず鳥肌を立てた。
先に攻めたのは意外にもノインだった。
互いに挑発しながら相手との距離を三分の二ほどにゆっくり縮めたあたりで、ノインは急速に素早い刺突を繰り出した。まるで恐怖を追い払うかのようにスピードを上げてゆく。狭い急所を突くノイン。軽いステップでかわすギースウェイル。
『おおー! ツェットコダック家の九男、大人顔負けの剣技だ! そして対する北ノーマン国の剣士もなかなかやるようだ! これは見応えあるぞ!』
五、六戟目にギースウェイルはやや呆れたような笑みを浮かべて剣を握る手を逆手に持ち変えた。そしてノインの剣を上方へ強く弾く。
「っく……!」
手の痺れに必死に耐えて、後ずさる。大人では大したことなくとも小枝のように細い指先は、腕ごと遠くへ飛ばされるような大きい衝撃を感じていた。子どもと大人では、その経験年数も含め身体能力の差がありすぎるのだ。それでもノインは並の剣士以上に鍛えていたため耐えきれていた。
しかしそれは相手が普通の剣士の場合の話。異国の剣士の実力は未だ未知数。
二、三度その場で軽く跳躍した剣士は少年に足先を向ける。そのまま構えもせず僅か三歩でノインの守備範囲へ踏み込んできた剣士がテサックの切っ先を急所目掛けて斬りかかる。咄嗟に避けるノイン。
少年の細い長剣は防御に向いていないため、どうしてもかわす必要がある。しかし細身ゆえに相手の守備を潜り抜け易く、持ち主の技量次第でその強みを生かすことが出来る剣なのだ。
ノインはしばらく攻撃の手を緩めなかった。相手に攻める隙を与えぬためには攻め続ける必要がある。されど奇しくも少年の攻撃は一向に当たる気配がなく、その鮮やかな金髪が振りかかる額に汗を滲ませた。
ノインは焦る気持ちを抑えて十歩ほど下がり、呼吸の乱れを直した。まずい、この人は僕よりずっと技量も才能もある。勝つのは相当至難の技だ、それこそ奇跡が起こらない限り…………
いや、ダメだ。僕は優勝すると心に誓ったんだ。家族は誰も応援してくれないし周りの大人は皆馬鹿にしてくる。でも僕は夢を諦めない。それが僕だから──!
少年が一歩を踏み出さんとした上体を屈めたとき、異国の剣士が口を開く。
「小さき剣士よ、貴殿は本来の力を出しきれておらんのだろう? 私が怖いか?」
急に話し掛けられたノインは一瞬反応が遅れるも、柄を即座に握り直し答える。
「っ……! 確かに貴方は強い。でも負けるつもりは一欠片もありません!」
「ならば私をもっと畏怖せよ。そして闘志を燃やせ!」
目を見開き強い口調で言い放った異国の剣士は剣を逆さに持ち変え地に垂直に突きつける。次の瞬間、両の角の間、額のあたりに稲妻が走る。
「ノィマンの守護精霊モルニィヤよ、謡い給へ! ラスカティグローマ!」
重い衝撃音を立てて何倍にも膨れ上がった稲妻がテサックの刀身へ吸収されると、次の瞬間ノインは周辺の地面ごと雷に撃たれた。
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ノイン少年は後々メインに出せたらいいなと熱を込めて書きました。名前はあのデジカメが由来です。
ちなみに明日更新予定の次話で第二試合の決着がつきます。
2020/5/13 ノインの年齢を14→12歳に変更しました




