檻の外
お久しぶりです。しばらく更新なくてすみませんでした。
それとほぼ顔だけですがキャラ絵増やしました。
ベルと男は薄暗い通路をひたすら歩いていた。先を行く男の背に隠れるようにしてひっそりついてくるベルを、男はときおり振り返り確認していた。そんな彼にベルは苦言を漏らす。
「おじさんさっきから見すぎ」
「そろそろおじさん呼びはやめてくれないか、俺はまだ二十五のお兄さんだぞ」
「僕からしたら充分おじさんじゃん、そういえば名前なんていうの?」
男は待ってましたと言わんばかりに瞳を輝かせて振り返り、胸に拳を当てて自慢気に自己紹介を始めた。
「俺の名はヘクトール。ここでは“槍の大将”と呼ばれている。ちょいと地味だが皆に慕われている世話好きお兄さんだ」
「ふーん」
つまらなそうに相槌を打つベルに、眉を下げてガッカリする。
「なんだよ聞いたわりに興味なさそうだなあ……まあいっか、それよりお嬢さんこれから具体的に何するんだい?」
ヘクトールの皮肉にベルは立ち止まった。
「その呼び方やめてくれないかな? ヘクトールおじさん」
おじさんを強調されて言われた文句にヘクトールは素直に謝った。しかしベルは一向に彼のほうを向こうとしない。
「ほんとに悪かった、ベル……話は変わるが、それはどういったものなんだ?」
ヘクトールはベルが背負っていたリュックから取り出した瓶をさして訊いた。片手に収まる大きさの土色の細い瓶には乾燥した草のようなものと白濁とした液体が入っている。
「僕にもよくわからないけど、瓶の蓋を開けてしばらくすると透明な煙が瓶からたくさん出て、それを吸った人は興奮して大きな声を出すらしいよ」
蓋を開けながら答えたベルに、ヘクトールは眉をひそめる。
「なんだそれ、まあここにいる奴らが全員大声出したら外に響くだろうな。だがそんなん監視兵にすぐ取り押さえられるだけだ、最も他に彼らを地上に送る手立てがあるなら話は別だが」
彼の忠告にも似た意見にベルは他人事のように適当に答えた。
「まあ大丈夫でしょ、なんとかなるよ。うちのリーダーは無茶な計画立てないし。それにヘクトールのおじさんもいる」
「俺に期待しても何も出てこねえぞ?…………なあ、なんだか俺の口調真似してねえか?」
「気のせいでしょ、それより先急ぐよ」
「はいはい」
瓶を物陰に隠すように置くとすくっと立ち上がり、先を急ぐベルの背中を見てヘクトールは足を動かす。
それから二人は時折地下の住人とすれ違いつつ瓶を設置しに移動を続けた。
「よう! ヘクトールの兄貴。珍しいな、こっちのほうまで来るなんて」
「大将! 会えて嬉しいよ、散歩かい?」
剣闘士たちが道行くヘクトールに言葉を掛ける。そのひとりひとりに目を合わせ返してゆく彼の後ろを、ベルは黙ってついていく。ふと彼らの内の一人がベルを指差した。
「そいつはどうしたんだ? 見たことねえ奴だな……」
周りの者もベルに気付き初め、こぞって顔を覗き込もうと首を伸ばす。彼らの大半はどこか怪我をしていて着ている服も布切れを張り合わせたかのような非常に粗末なものだ。外見はくたびれているが、皆初めて見るベルに興味をそそられている。ヘクトールの後ろに隠れたベルを親指で差して彼が答えた。
「ああ、こいつは新入り。今案内して回ってるとこだ」
「ははっ、大将は外に出ていい時間長いもんな。おう新入り! 大将の気遣いありがたくもらっとけよ!」
皆がヘクトールの言葉に頷きながらベルに声を掛けて各々の部屋へ帰ってゆく。
そうしてフードを被ったままのベルを怪しむ者はいなくなり、二人は地下闘技場の奥へ進んだ。
監視兵に悟られず、最後の瓶を置きに。
◇
ところ変わって、ケーニッヒブルク市役場の隣にある鍛練場。そのいくつかある鍛練室のひとつにカスパルはいた。
彼は開いた口が塞がらず、部下である審判者と共にただ目の前の光景に圧倒されていた。
親友であるヴァンの実力は己が一番よく知っている。しかしこの光景はなんだ、あいつの間抜け面に剣先が突きつけられているではないか。
「……こ、降参だ」
なんとか絞り出したヴァンの声に、シュレヴェスター子爵もといジークハルトは顔色ひとつ変えずに剣を納める。そして出入口のそばに立っていた。カスパルのほうを向いた。
「勝負は着いた。早速書類の修正をして頂こうか」
ジークハルトの青い瞳に目を合わせられたカスパルは、唾を飲み込んだ後ゆっくりため息を吐いた。
「あーもう、責任のある職に就くんじゃなかった」
勝負のルールは至極単純で、先に二本獲ったほうの勝ち。武器はお互い同じ長さの長剣。刃を潰した練習用の剣である。
カスパルの予想ではヴァンのストレート勝ちか、子爵に配慮して1-2の勝ちのどちらかであった。しかし、現実はヴァンのストレート負け。何が起こったのか、はっきりと見たというのに未だ受け入れられずにいる。
最初の一本はお互いの探り合いがしばらく続いた後だった。双方相手の守備範囲に深入りせず、狙い処を定めようと剣を操る。先に動いたのはヴァン、しかし彼は相手の実力を甘く見ていた。幾つ目かのフェイント後の素早い攻撃を軽く凪ぎ払い、ヴァンが身を引くより速く急所を剣先でぴたりと当てていた。
驚いて固まっている審判の肩を叩いて呼び掛け、二戦目を開始。
今度は本気だった。柄を両手で握りしめ、開始の合図と共に猛突進した。フェイントなしですべて全力の連続攻撃。見た目に反し体力自慢でもあるヴァンは攻撃のスピードを維持したまま相手の集中力が切れるのを待つ。
が、いつまで経っても子爵の姿勢は崩れない。それどころか全く呼吸が乱れていないのだ。ヴァンは額に流れる汗を無視し攻撃をさらに加速させた。
「なぜすべて入らないっ! まさかこれだけ速くしてもなお俺の剣が見えているのか!?」
思わず叫んだ途端、背中の流れる汗に寒気が走る。急いで間合いを取ると子爵が剣を下ろした状態でヴァンを見ていた。彼の輝くような美しい瞳はとても冷めていた。
「君はあまり強くない、そのへんの山賊相手のほうが倒し甲斐があるというものだ」
その言葉は剣豪のプライドを逆撫でするのに十分だった。
「っおらああああ!!」
今度こそ一本獲ってやる。ヴァンは屈辱にまみれた顔を震わせ、角の構えをとると剣先を子爵に向け弓矢のようにとんでもない速さで跳んだ。受け身をとる時間も与えず急所へと突っ込む。入った! と確信した瞬間、耳元で声がした。
「もっと考えて剣を振れ」
「え?」と思った時はすでに遅かった。
子爵は身体を反らしてヴァンに背中を向け、さらに彼のほうへ踏み出した左足を軸に身体を前進しながら左側へ半回転させ、半弧を描いた右手の剣で彼の首筋に垂直に刃を当てる。それは一回瞬きするより速かった。実際に触れていないというのに、風圧でジーンと痛みが走る。
勝負あり。0-2で子爵の勝ちとなったのだ。
先ほどの試合を振り返っていると、カスパルはふとずっと気になっていたことを、出入口の扉を押すジークハルトに訊いた。
「ジークハルト殿、おひとつお聞かせ願いたい。なぜこんな瀬戸際になって武道大会に出場しようとお思いになったのか」
ジークハルトは一瞬足を止め、なにか呟いた。
「馬鹿を連れ戻すため…………いや、なんでもない。私はこの通り剣の腕がある。猛獣枠戦を観ていたら思わず身体が疼いてしまって、ははっ!」
まるで演じるように照れ笑いをするジークハルトにそれ以上何も訊くことはできず、カスパルは地面に仰向けに寝っ転がって呆けているヴァンを叩き起こして回収した。
次話こそは本選に入ります。
いつの間にか初投稿から一年経ってました……更新めちゃくちゃ遅いですがこれからもよろしくお願いします。




