地下闘技場
気付いたら1ヶ月も経ってました。
そしてブックマークありがとうございます!
時は少し遡り…………
猛獣枠の予選で賑わうその足元では、アレックスが仕掛けた計画が着々と進んでいた。
武道大会が行われている帝国で最も大きい競技場、その地下に世間には知られていない“地下闘技場”があった。
地下闘技場。帝国外から連行された敗戦国の元捕虜や、重い犯罪による刑罰で奴隷に身をやつした者の一部が収容され、彼らの所有者である有権者の娯楽として日々殺し合いという名の生死を賭けた試合が行われている。その存在はごく一部の者にしか知られていない、違法かつ非人道的な施設である。
「二十六番! 出番だ、用意しろ!」
「ヒッひい、もう勘弁してくれ……昨日の試合で腕も足も折れてんだ。せめて明日に……」
「さっさと行け、手こずらせるな!」
牢のように格子で仕切られた狭い部屋から痩せた男が引っ張り出され、武装した監視兵達にそのまま通路の奥へ連れてゆかれる。周囲の者は見て見ぬ振りをし、明日は我が身だと神経をすり減らす。そして人が多く集まる地下闘技場の最奥、試合場の上に片足を引き摺った痩せた男は立たされた。向かいに立つのは同じ髪色の若い男。
「本日の第二試合は、十四番対二十六番! なんと彼らは同じ村の出身でございます、さあどうぞ皆様お楽しみください!」
所々歪んだ金網に区切られている、大人の腰ぐらいの高さに設置された四角い試合場は大きな金属の反射板のついた複数の照明器具によって明るく照らされ、床に染み込んだ黒い血が長年の残虐な行いを赤裸に表す。そして試合場を上から囲むように設置された階段上の観覧席。それは地上の競技場を模したような構造をしていた。観覧席には十数人程の仮面を着けた者達が試合場の上に立つ二人の男に、欲に眩んだ目を向けている。どちらが勝つか賭けているのだ。
痩せた男とほぼ同じタイミングで立たされた若い男。まだ髭が薄く幼い顔立ちの青年は目を逸らしたまま痩せた男に言葉を掛けた。その手には錆びた小振りの斧が握られている。
「ご、ごめん……俺だって自分の命が惜しいんだ」
「お、お前は俺の甥だろう、俺達、同じ家で暮らした仲だろう? 叔父に向かってこんなことするべきじゃない、なあ……!」
二十六番の必死な訴えに一瞬手を止めた十四番だったが、やがて堰を切ったように叫んだ。
「うるさいっ! あんた、村が襲われたとき自分だけ真っ先に逃げただろう! こ、こんなときだけ都合よく血縁を持ち出して、この卑怯者ッ、よくも母さんを置いてったなあ! うおあああッ!」
叫びながら斧を振り上げ容赦なく二十六番を攻撃する。錆びた斧は中途半端に骨肉を砕き痩せた体を潰してゆく。二十六番は用意された鉈で抵抗するもすぐに腕を折られ、頭から足まで血を噴き出して床に倒れる。それはもはや試合ではなく十四番の一方的ななぶり殺しであった。
肉親同士で殺し合う様子を観客達は口角を吊り上げ眺めて楽しむ者と、賭けに負けたことに悔しがり、ヤジを飛ばす者とに分かれていた。
何度目かの断末魔の叫びを上げた後、審判により試合終了の合図である旗が揚げられる。
十四番は試合が終わっても俯いたまましばらく斧を離さなかった。そんな彼に憐憫を掛ける者は一人もいなかった。ここでは見馴れた日常の一コマに過ぎないとでも言うように。
青年と肉塊が片付けられ、大まかに掃除が済まされると次の試合の準備が始まる。試合場に上がったのは十五、六歳くらいの背中に虫のような羽根の生えた小柄な少年と、獣の耳と尻尾を持つ大柄な中年男。両者に剣が渡される。
「続いて本日のメイン第三試合は、七番対五十一番! 七番は霧深き森のナーベル族の子孫、五十一番はヴェルフィン族のハーフでございます!」
「この試合に勝てば来年の武道大会に出られるらしいな! 俺は贅沢に生きてもあと五年の人生だ、死ぬまで思う存分切り刻んでやるぜえ、ヘハッ!」
大きく音を立てて背中の羽根を羽ばたかせ、周囲に宣言する七番に司会が解説を入れる。
「七番の先祖であるナーベル族は大変寿命が短く、しかし我らが敬愛する古の帝国騎士団相手に果敢に戦った歴史があります。皆様どうか七番にご声援を! そして恐れず立ち向かう勇敢な五十一番に拍手を…………」
拡声器から響く司会者の声を背中にベルは荷物をしっかりと背負い直し、再び歩き出す。感傷に浸るとはらしくもないと苦笑し、フードを深く被った。
「ほんとここは変わらないなあ……」
彼らを横目にベルは一人物音ひとつ立てずに地下通路を歩く。猛獣枠戦が終わる前に地下闘技場に侵入し、あるものを設置するのがコルンブルーの構成員ベルことベルゲン・クルツフリューガーに課せられた任務である。すでに一つ目を設置し終え、次の設置場所へ向かっている最中だった。
◇
常に薄暗い広大な地下空間は闘技場の他に、独房のような外側から鍵をかけることのできる小さな部屋がたくさんあり、多くの人々が生活をしている。そして彼らを監視、管理する監視兵がおり、暴動が起こればすぐさま鎮静に当たるよう巡回を怠らず勤勉に働く。
一方的な暴力は少ないものの、地下の住民はまるで囚人のような扱いを受けていた。
真っ暗ではないとはいえ、明かりは所々に吊るしてあるランプのみ。 十歩先が暗い闇に包まれる。しかしベルはまるでその道を知っているかのように狭い迷路のような通路を迷うことなく進んでいく。
向かいから足音が聞こえた。明かりと靴の音、腰の剣がベルトに当たる金属音からして即座に監視兵と推測できた。
監視兵をやり過ごすため、近くにあった通路のくぼみに身を隠す。ここで見つかってしまえば計画は総崩れである。長い外套の裾を掴み、よりいっそう体に強く巻き付けた。明かりが近付く。通り過ぎて足音が遠ざかり、聴こえなくなって通路に戻ろうとした瞬間。背後の壁から声を掛けられた。
「おまえは誰だ?」
「……ベル」
「いや名前じゃなくて、おまえここの奴じゃねえだろ。どうやって忍び込んだ?」
「秘密さ……そんなことよりこれ、どかしてくれないかな」
ベルは至って冷静に首筋に当てられたナイフに視線を向けて言うと、男は鋭い目を細めて答えた。
「おまえが危険じゃないことが分かれば解放してやるよ」
ベルの腰に回された男の左腕に力が入り、さらにベルを締め上げ拘束する。ベルはやれやれといった風に目を伏せると、次の瞬間男の腕の中から消えた。
「っ!?」
足元にしゃがみこんだベルが足のバネを使って男の顎下に強く殴り込み、不意打ちをする。男はゴッと音を立て背後の壁に後頭部を打ち、一瞬怯んだ隙にベルは通路へ飛び出した。すると今度は駆け出すベルの背後から男の左足が蹴りあげられる。身を屈めすれすれで避けたベルは躓きそうになりながらも急いで体勢を整えるが、壁を伝って前へ回り込んだ男に行く手を阻まれる。
壁沿いに吊るされた小さいランプに照らされ男の姿が浮かび上がる。
他の多くの地下の住民より体格が良く、青白い肌以外はいたって健康的な二十半ばくらいの男である。上半身は何も身に付けておらず、真っ黒に汚れた素足を見てベルは内心ほっとした。この男は監視兵ではない。
「僕はおじさんを相手にしているほど暇じゃないんだ。どいてくれないかな」
「そいつは出来ん。まだおまえが危険な存在かどうか確認していないからな」
「しょうがないなあ……じゃあ少し痛い目にあってもらうよ」
言い終わる前にベルは袖もとから細い鉄鞭のような短剣を取り出し男に向かって突進した。しかし男はまるで相手の動きを予測しているかのように軽やかに避ける。
「時間がないんだ、そろそろやられちゃってくれる?」
「おまえが何の目的でここに侵入したのか話してくれたら考えんこともない……どちらにしろ監視の奴らにチクる気はねえよ」
短剣を握った手が一瞬とまる。
「なぜ?」
「おまえは俺達側の人間だろ、俺はこう見えても紳士でね、お嬢さんをクソ共の玩具にさせたくないってだけだ」
「確証は?」
「勘だ、けどその反応だと外れじゃないようだな」
しばらくにらみ合いが続いたが、やがて男の自信に満ちた顔にやる気を削がれたベルは両手の手のひらを上に向け、やれやれとため息をついた。
「…………一つ間違ってる、僕は女の子じゃないよ」
「ッくく……訂正すんのそっちかい。まあいい、そういうことにしてやる。で、今から何するんだ?」
「どーしよっかな……本当は守秘義務があるんだけど、心配してくれたお礼に特別におじさんにだけ教えてあげるよ。僕は、いや僕達は地下闘技場の剣闘士を救いに来たんだ」
ブックマークありがとうございます!
更新なかったのに本作品を見つけてくださりありがとうございます!びっくりです!
ベルは予選でフォグ売っていたミアと喋ってた子です。グロッキーな描写は今後二章では出ないのでご安心ください。




