ジークハルトという名の男
決勝戦始まりませんでした!すみません!
1000字でまとめる内容が6倍程に膨らんでしまい、決勝は来月になるかと思います。申し訳ありません……
アーノルド卿はフックス卿を妬んでいた。
アーノルド卿は古くから続く家柄なのに対し、フックス卿は近年急速に発展した貿易事業によって出世した身、いわば成金だった。それゆえ先代の栄光を取り戻さんとフックス卿より下位の伯爵の身分でありながら、彼の連勝の名誉を奪わんとしていた。そして今年は金にものを言わせて黒い奴隷のアルム・ガイストことラインツを剣闘士として送り込んだのだった。
最も今回は別の意図もあった。
「いくら野蛮族とはいえ私が与えた戦斧を壊しおって……まあいい、あの実力なら優勝は私のものだ。フックス卿、今度こそ貴様の連勝の記録を破ってやる…………たとえ娘の婚約は破棄できなくても貴様の顔に泥を塗るくらいは出来るのだからな」
豪勢な主催者席にゆったり腰を掛け、獣耳の少女を侍らすフックス卿をじろりと眺めながらほくそ笑むアーノルド卿。彼の娘にはかつて愛し誓い合った婚約者がいた。しかし半年ほど前に何者かに暗殺されてしまったのだ。そして新しい嫁ぎ先の第一候補がヴァルダン公爵家の当主フックス卿である。
つまり、アーノルド卿の令嬢がフックス卿に嫁入りすると、アーノルド卿の財政権利の大半は位の高いフックス卿の手に渡ってしまう。娘だけでなく財産をも奪われることが何よりも許せない故の強い恨みがあった。
決勝へ進む選手の発表が終わると、アーノルド卿の眉間のシワがますます濃くなった。
「今年もまた、フックス卿の剣闘士が過半数を占めていますね……」
「奴に財産を奪われてたまるものか、人の娘を道具としか考えていない成金め! 少しは痛い目に遭うがいい」
彼は決勝が始まるまで涼しい屋内で休憩するため、席から立ち上がると秘書を連れて競技場を後にした。
外套を頭から深く被った男が競技場にいる黒い奴隷を凝視したまま立ち尽くしていた。やがて男の纏う空気が徐々に怒りに変わり、握った拳を震わせて呟く。
「アルム・ガイスト……間違いない、あいつはラインツだ……! なぜ伯爵の剣闘士になってやがるんだ。まさかあのときの出っ歯野郎が、だとしたら帝国軍も周知のはず! クソッ面倒掛けやがって、あの馬鹿……!」
◇
競技場から少し離れた場所にある、ケーニッヒブルク市役場の支所。石と木で出来たその建物の一室に設けられた武道大会の運営事務所がある。今年の武道大会運営責任者であるカスパルは、執務室で決勝に出場する選手の名が書かれた報告書をまとめていた。ざっと一通り目を通すと署名を入れ、机の隅に置く。その報告書を彼の座る執務机の後ろから、腰に剣を差した優男風の剣士が首を伸ばして盗み見る。
「へえー炯眼のリュディガーって本当に出るんだ」
剣士が話し掛けてくるのを邪険にせず、手を動かしながら会話を繋げる。
「ああ、ヴァンも気になる? じゃ俺はツェットコダック家の三男坊に期待しようかな……ほら、去年予選で泡吹いて倒れた少年」
「あの放蕩息子の? へー! 決勝まで進むとは思わなかったよ!」
「最終日、お前と闘うのが誰になるか楽しみだな」
「気早いって! いくら優勝候補だからって、まだ一般枠始まってもないのに」
ヴァンと呼ばれた剣士の優男は口では謙遜しつつ、嬉しそうに頬を緩めて応えた。
武道大会の最終日は、それぞれの枠戦の優勝者が対戦する後夜祭が行われ、その年の帝国一の武人が決まる。猛獣枠の優勝者も参加しているものの、一般と軍人枠の強さには敵わず毎年惨敗を決めている。
「今年は期待できそう?」
「もう見んな、こっから一般枠の資料だから部屋出てけ」
いつまでもその場を離れないヴァンに手で払う仕草をするがへらっと笑うだけ。
「もっと見せてくれてもいいじゃん、親友だろ?」
「だから余計疑われるだろ、出場者がいつまでもこの部屋にいたら不正を怪しまれる」
「相変わらず心配性だなカスパルは……ん?」
ヴァンは扉を叩く音に耳を澄ませる。カスパルが入室許可を出すと、外套で顔を隠した背の高い男が入ってきた。見覚えのない男にヴァンはそっと腰の剣に手をかける。カスパルに目配せすると、少し待てと目で合図を送ってきた。一瞬沈黙した後、男は静かに言葉を発した。
「武道大会の運営責任者の執務室はこちらで間違いないだろうか?」
「そうだが……君は誰だ?」
警戒しつつ、聞き返すカスパル。
すると男は視界に入った外套を見てはっとし、頭まで被っていたそれを外す。男の肩に流れ落ちる長い黒髪とその容姿に二人は目を見張った。
「失礼をした。私はシュレヴェスターの地を治めているジークハルト・ツヴェル・モルゲンロートという者だ。帝国より子爵の位を与えられている」
艶のある長い黒髪、真っ直ぐ生える濃い眉の下に輝く青い瞳。地味な服装にも関わらず、どこか神秘的で聡明な顔つきの美青年。彼は紛れもなく巷で密かに有名になっているモルゲンロート城伯の後継者、シュレヴェスター子爵であった。
ヴァンが口笛を小さく吹く。
「マジかよ。噂の貴公子様が供も連れずに一人でこんなとこ来るって、一体どんな理由なんだ?」
「運営責任者のカスパル殿に無理を承知で頼みたい。明日から始まる一般の予選に出場する枠を一つ増やせないだろうか?」
唐突な要望にカスパルは眉をひそめた。
「そんなの私の一存では出来ませんよ。選手選抜はもうとっくに終わっていますし、そもそも定員数は決まっています。変更は出来ません」
「ならば、今ここで私が貴方に勝てば出場枠を譲って頂けるだろうか? ヴァンダー・グリュックス殿」
ジークハルトは扉の側にいたヴァンに顔を向けて言う。いきなり話を振られ、え、俺?という顔をしたヴァンとジークハルトを交互に見たカスパルは、そんな無茶なことを、と呆れ顔で呟いた。
「騎士の家系でもない方が優勝候補のヴァンに勝てるわけ……ってまさかご本人が?」
「そうだ、出場志願者はこの私ジークハルトだ」
堂々と言い放つジークハルトに、ぷっと吹き出したヴァンが腹を抱えて笑いだした。緊迫した空気が一気に霧散する。
「面白い、その話乗った!」
「おい! ヴァン!」
「いいだろ別に! ははっ、噂って当てにならんのな。まさか剣豪の俺に初対面で喧嘩売ってくる奴だなんてっ!」
笑う彼に呆れて渋々了承するカスパル。ヴァンが一度こうなったら言うことを聞かない性格なのは十二分に知っていた。仕方ないといった表情で、闘技場内の空いている鍛練室の鍵をヴァンに渡す。
「区切りがついたら後で向かう…………油断するなよ」
ヴァンは二つ返事で受け取った鍵を握り、ジークハルトに向かってもう片方の手を差し出した。
「それではよろしく頼む」
「ああ、モルゲンロートの若旦那。お手並み拝見といこうか!」
ジークハルトは笑顔でその手を握り返す。彼の手のひらの固さと剣ダコにヴァンは違和感を覚えた。
「あれ? 俺マズったかなあ……」
◇
時は少し遡り…………
猛獣枠の予選で賑わうその足下では、アレックスが仕掛けた計画が着々と進んでいた。
武道大会が行われている帝国で最も大きい競技場、その地下に世間には知られていない“地下闘技場”があった。日の光がほとんど入らないため灯りを付けても常に薄暗い広大な地下空間。競技場よりずっと狭い造りの円状闘技場の他に、独房のような外側から鍵をかけることのできる小さな部屋がたくさんあり、多くの人々が生活をしている。そして彼らを監視、管理する警備員がおり、反抗する者は即座に捕らえられる。
一方的な暴力は少ないものの、地下の住民はまるで囚人のような扱いを受けていた。
ベルは一人地下通路を歩いていた。地下闘技場に侵入しあるものを設置するのがベルに課せられた任務だった。
今回はアーノルド卿のうんちく話と、ジークハルトという人物の描写とベルがメインの話でした。
ジークハルトの正体は言うまでもなくあの人物です。あと数回伏線張ります。
9/30 改稿しました




