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予選二回戦 後半②

今月まだ一度も更新していなかった……

 なにより一番驚いたのはゴーズだった。

 彼は敵に対しそんな言葉を投げ掛けることなど今まで一度もなかったのだ。相手が幼い子どもや家族を持つ者ならまだしも、悪魔のような容姿の男に情け心が湧いてしまった己自身にひどく驚愕(きょうがく)した。だが彼にはアーノルド卿の剣闘士を予選敗退させる()()がある。そして、一時の感情に任せてわざと負けることは信条に反する行為であった。


「くっ、盾を離せ!」


 彼は盾を奪われまいと必死に踏ん張る。だがエルの腕力の方が勝っていた。黒く長い腕が地から足を引き剥がす。


「うおおあっ!?」


 木を根本から引っこ抜くようにゴーズを引き摺り背後に投げ飛ばした。中央の闘いを観ていた観客達からその乱暴な力業にブーイングが起こる。


「いいじゃんっ闘いは本能なんだよ!」


 ちゃんと武器で闘えとヤジが飛び交う観客席で、売り子中のミアは一人ガッツポーズで叫ぶ。試合に夢中になる彼女に、フォグを求めた客はポカンと口を開けた。


 盾ごと地面に投げ出されたゴーズには目もくれず、エルは戦斧(モルト・アクスト)を拾い上げマルクス達の方へ駆ける。彼の目線の先には今にも負けそうに肩で息をする仲間の姿があった。

 ボリスの首を狙う長剣をすんでのところで戦斧で殴り返し、二人を守るように剣士達の前に立ちはだかる。


「ゴーズの奴どうしたんだ?」

「さあ、腹でも壊したんじゃね? だっせえっ」


 倒れた仲間を尻目に、ミシュケルとジルは標的をエルに切り替える。そして再開される剣技。間髪を入れず攻めてくる二人に戦斧と角を使い火花を散らして跳ね返してゆく。エルの硬い角は剣で傷付くこともなく黒く鈍い光沢を放ち敵を威嚇する。


「エル! すまねえ、後は頼む!」

「**!」


 エルが頷いたのを見てボリスはマルクスの腕の応急措置に専念する。最も医者ではない彼に出来るのは止血くらいである。血を流しながら無理をして闘ったマルクスの右腕は真っ赤に染まり、顔は青白く意識は朦朧(もうろう)としていた。頭上から照らす日差しに、むせかえる血と汗の匂い。額にかいた汗が垂れて目に()みても瞬きするのがやっと。それでもマルクスはエルの後ろ姿から目を離さなかった。


 エルは戦いながら葛藤していた。主人の命令の中に、同じ班の選手を助けるという文字はなかった。けれど今、己は後ろにいる二人を守りたいと思っている。後の仕置きが恐ろしいはずなのに、なぜ助けた。

 なぜ、剣で闘う彼らを羨ましいと思う!?


 連続で剣の切っ先が首筋をかする。相手が完璧な連携で攻めてくるのに対し、慣れない武器で応戦するのは明らかに分が悪かった。加えてたった一人で同時に二人を相手しなければならない。段々避けきれなくなったエルは数歩後退した。剣戟(けんげき)が止み、乱れた呼吸がやけに耳に響く。


「ハアッハア……ッ」

「ハッ、アーノルドの黒い悪魔もこんなもんか」

「もっと骨のある奴と闘いたかったな……」


 ミシュケルとジルはつまらなそうな顔をして呟く。そんな彼らを見てエルは悔しいような、もどかしさを感じた。


 斧は本来甲冑や盾を壊す目的で作られた武器である。剣より刃幅が広く大振りになってしまうため、点で攻めるのが難しくなかなか攻撃が当たらない。相手にはまだ余裕がある様子に焦りが生じた。戦斧を握る手が汗で滑りそうになり、右手を外套で拭おうと柄から放した瞬間、剣を引くと見せかけたジルが逆手に持ち変え柄頭を振るってきた。


「ぐっうう……!」

「ッチ」


 隙を突かれたエルは左手だけで急いで受け止める。握力はエルの方が勝っていたためグワンッと嫌な音をたてつつも無理やり押し返す。ジルが身を引いた後に当てられた箇所を見ると金具が歪んでいた。軽く振ると、カクカクと刃がぶれる。壊れていた。

 エルは血の気が引いた。主人の物を壊してしまっただけではなく、このままではまともに闘うことが出来なくなってしまったのだ。動悸(どうき)がせわしなくなり、冷や汗が滝のように流れる。ミシュケルとジルが同時に攻めてくる。彼らの剣がエルに届く直前、背後から短剣が飛んできてその切っ先の進む先を(さえぎ)った。


「***……マルクス!」

「俺が援護するからとにかく攻めろ!」


 振り返ると、顔色の悪いマルクスが次の短剣を構えていた。その隣にはボリスがいる。


「**、****……!」

「エル! こいつを使えっ!」


 闘える武器がないことを目で伝えようとするエル。だがその前にボリスが己の剣を彼に向かって投げた。


「させるか!」


 何か勘づいたミシュケルの猛攻撃をくぐり抜け、しっかりとキャッチする。ボリスの剣は戦斧を投げ捨てた手にしっくりと馴染んだ。


「ボリス! *****!」

「おう! 頼んだ!」


 ここでようやくエルは初めて彼の名前を呼ぶ。言葉が通じたかは定かではないが、ボリスは大きく頷いた。


 それからはあっという間だった。急に水を得た魚のように生き生きと剣を振るうエルに、ミシュケルとジルは圧倒されていった。速く、鋭く滑らかな軌道を描くエルの剣技は先程までとは段違いの強さを誇っていた。彼らが巧みにフェイントをかけても二人の足の動きを見て斬り込み、徹底的に急所を狙う。相手を打ち負かす剣ではなく、殺すことに特出した剣は極めて純粋な殺意を(まと)っていた。

 もちろん彼らにも刺客としてではなく剣士としてのプライドがある。チャンスがあればすかさず弱点を突いてゆく。しかしその攻撃を払い避けるマルクス。彼は両利きで左手でも右手と変わらぬ優れたコントロール能力で彼らの攻撃を邪魔した。

 そしとうとう、エルの剣が剣士達の闘志を生き絶えらせる。


「敗けだ! この勝負……俺達の敗けだ」

「ああ、悔しいけど降参するよ。君は俺達より強い、その強さは尊重しなきゃならない」


 膝を地に付け喉に剣先を突き付けられた状態で、ミシュケルは剣を捨て両手を広げた。同じく右手首を短剣で刺されたジルも、苦々(にがにが)しい表情で敗けを認める。エルはしばらく二人を見下ろした後、ゆっくり剣を退いた。そしてマルクスのほうへ顔を向ける。


「やったな、エル! おめでとう!」


 荒い息をしつつも彼は笑った。エルもつられて微かに微笑み返す。


「お前やっぱ笑ったほうがいいな! ほら笑え、ははっ」

「……***っ」


 マルクスに頭をぐしゃぐしゃと撫でられ、エルはどことなく懐かしい気持ちになった。そして微かに誇らしさも感じていた。仲間二人を決勝へ行かせられる、筈だった。


「ゴハッ……カッ……!?」

「ボリス!」


 振り返ると、十歩ほど後ろに控えていたボリスの脇腹に剣が刺さっていた。彼の背後には盾の男。不意討ちだった。地面に落ちたボリスの身体から赤い血がじわじわと溢れ出て行く。エルは盾の男、ゴーズを睨んだ。腹の底から沸き上がってくるものを感じ、無意識に口が動く。


「支配者よ、星の門を……痛っ」


 上から降ってきた小石がこめかみに当たり、エルははっと正気に戻る。ボリスの剣を握り直すと突風のようにゴーズの守備範囲に迫る。その勢いを剣に乗せ、彼の右手首を切り落とした。


「ぐ、うおああっ……!」


 カランッという剣の落ちる音とともに叫ぶゴーズ。戦闘不能になった彼を無視してボリスに駆け寄る。マルクスと一緒に傷口を確かめると急所は外れていた。致命傷にはならないと言われ、ほっと息を吐く。ボリスのそばにしゃがみこむエルの背中を影が覆う。


「ハア、ハアッ……! いいか、これは警告だ……決勝戦に出たら命はないと思え、仲間の命もだぞ……!」


 切られた手首の切り口を必死に押さえながら、ゴーズはエルの目をぐっと見て言った。フックス卿による見せしめだと言うのにわざと急所を外す。それが今の彼に出来る最大限の優しさだった。


 後半戦終了の鐘の音が響き、各々の班の勝敗が発表される。

 中央班はエルの左班の勝利となった。試合が終わると治療のため、早急にボリスとマルクス、そしてゴーズの三人が救護室へ運ばれていった。


「こんな人前で召喚術使うんじゃないわよ、ったく」


 歓声が飛び交う観客席には、小石を手のひらの中で転がしながら悪態をつくミアの姿があった。



 後半戦の後に、実況に使われる拡声器で決勝戦へ出場する選手が競技場に集められ発表される。出場経験のある者や、人気のある剣闘士の名が呼ばれると歓声と拍手が沸いた。


『フックス卿の剣闘士、ダリウス・ショーン』

『フックス卿の剣闘士、ヤン・デ・ブラウン』

『モーリッツ氏の剣闘士、リュディガー・ブリック』

『フックス卿の剣闘士、クク』

『ロダン卿の剣闘士、ハルト・コウイェン』

『フックス卿の剣闘士、ドゥルドバジャーン』

『アーノルド卿の剣闘士、コルト・ターコイズ』

『フックス卿の剣闘士、ギースウェイル・アルムスベルク』

『フックス卿の剣闘士、ファルキウス・ディン・バートン』

『フックス卿の剣闘士、エドウィン・カーン』

『ツェットコダック氏の剣闘士、ノインフンダート・ノインツィヒ・ツェットコダック』

『フックス卿の剣闘士、ジョー・ブラウン』

『フックス卿の剣闘士、エーゴン・バティルス』

『アーノルド卿の剣闘士、アイス・ハーゲン』

『ハインケル卿の剣闘士、フェルス・ディ・ベルガー』

『アーノルド卿の剣闘士、アルム・ガイスト』


 予選突破した十八名のうち、本戦出場は十六名。残り二名マルクスとボリスは怪我により棄権となった。



 観客席では、立ち見席の手前にある手すりに肘をついてフォグ売りをサボるミアと、通りすがりのアレックスがいた。


「予定通り本戦進出ね……それにして毎年フックス卿の剣闘士ばっか、そろそろ飽きるわ」

「それも今年までさ。軍の計画が成功したら悪事が明るみに出るフックス卿は位下げ、猛獣枠はなくなるか主催者が変わる。どっちみち貴族の売名大会に変わりないけどな」


 アレックスは剣闘士と貴族の関係を淡々と説明した。

 武道大会に出場する剣闘士には参加費と身分が保証されなければならない。剣闘士には後ろ盾、つまり彼らのパトロンを務める貴族もしくは資産家の存在が必要不可欠である。剣闘士が勝って名を挙げればパトロンである貴族の知名度が上がり、世間の評価も上がる仕組みだ。

 とくに猛獣枠は非公式な枠戦であり、軍や国の関係者は介入しない。武道大会とは名ばかりの権力者同士の社交場となっていた。個人でどんなに挑戦しようとも、結局は財力と権力に物を言わせて実力のある剣闘士を囲うことの出来る有力貴族が決勝の出場枠を占領してしまうのだ。

 そして主催であるフックス卿に至っては、城都では良くも悪くも誰もが知る有力貴族である。ヴァルダン公爵家の当主の社会的地位や、主催者の立場を利用して、彼が当主になってからは常に猛獣枠の優勝の座を独占していた。


「つまんないっ! 猛獣枠って、一般枠の定員漏れした人の受け皿でもあるんでしょ? 貴族の出場枠を減らせばもっと健全でフェアな試合になるんじゃないの?」

「そしたら意味がない、これは貴族による貴族のための枠戦だ。それに()()()なんだよ」

「必要悪?」


 アレックスの答えに理解できずミアは首を傾げた。


「ミアも見ただろう? 一般枠や軍人枠では見られないような、獣や他国民を使った殺し合いが猛獣枠では事実上認められている。日頃の鬱憤(うっぷん)がたまっている貧しい民衆にほど、そういう残虐な見せ物がウケるんだ」

「ばっかみたい! そんなの自分の心が弱いだけじゃん」


 少し怒りっぽく言い捨ててミアは売り子の仕事へ戻っていった。彼女のストレートな言葉にアレックスは眉尻を下げ、軽いため息をつく。


「そうだな、みんな君みたいに努力出来れば誰も傷付けずに済むだろうね…………」


 誰にも聞こえない小さな呟きは喧騒(けんそう)の中に消えた。

説明入れたらぐだぐだになってしまいましたが、次話から決勝戦です!

バトル描写をしっかり書くので読んでいただけると幸いです。



※今後は秋頃まで更新頻度が非常に少なくなります。毎日更新は夢のまた夢です。すみません。


12/27 改稿しました。本戦出場者数12名→16名

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