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予選二回戦 後半①

後半は二回に分けて更新します。


黒い奴隷=エル=ラインツ

です。

 予選二回戦前半は、東右班、中央左班、西右班の勝利となった。その内二人の選手が怪我により決勝は棄権(きけん)する意向となった。


 猛獣枠戦は最後の予選、いよいよ後半に入る。

 競技場には六つの班すべての出場者が対戦する班と向かい合う形で定位置に並び、各々が武器を構えている。観客達は談笑したり、フォグをかじったりして試合が始まるのを見守っていた。


「やっとあいつの出番ね、売り子って意外と大変だわー……」

「おーい姉ちゃん、フォグこっちにもくれやっ」

「うるッ……順番に行きまーす!」


 予選二回戦前に売り物のフォグを補充したミアは、一回戦以上に仕事が増えていた。今朝よりも観客が増えて通路の狭い観客席を縫うようにフォグを売る。慣れない売り子の仕事をこなしつつ、アーノルド卿の剣闘士として出場しているラインツと、主催者席の監視を兼ねた潜入任務に手を焼いていた。



『予選二回戦後半の部、開始!』


 中央の左班に属する黒い奴隷、エルも戦斧(モルト・アクスト)を握る手に力をこめる。


 しかし実況と同時に鳴る鐘の合図にいち早く反応したのは、東の右班の選手だった。彼は他の選手が駆け出す前に三本の矢を番え、対戦相手の班全員を射たのだ。三本すべて命中。そのあまりにも錬成度の高い早業は会場内を圧倒させ、場の空気を自分のものにしてしまった。


「な、何が起こった……!?」

「あんな技見たことねえぞ!」

「ウソだろ……全員利き腕をヤられているっ……!」


 試合開始から僅か二秒で先制攻撃を仕掛けた射手(しゃしゅ)の男。左班は全員が唖然(あぜん)とし射られた矢と男を交互に見た。男と同じ右班の選手も驚きを隠せない様子だ。


「おい、あれって」

「まさかあの……!」


『あれはっ、なんとリュディガー・ブリック! 炯眼(けいがん)のリュディガーと言われる鬼才の射手が猛獣枠に参戦しているとは驚きだ! ここからどう盛り上げてくれるのかー!』


 観客席のあちこちから歓声や口笛が響く。それは彼の知名度と人気さを示していた。


 リュディガー・ブリック。

 後ろに流した灰色混じりの髪が広い額を強調させている。その額に並ぶ丸く大きい鋭い瞳。固い筋肉で覆われた右腕の太い二の腕と大きな手。少ない装備で一見どこにでもいそうな風貌の中年男である。しかし弓の技術は帝国中の武人の誰よりも優れ、桁外れの才覚を誇っている。その上軍に従事するわけでもなく、ただ弓の腕を磨き続けるため国中を放浪する変わり者。その掴み所のない性格が本人の意図とは関係なく国民にウケている。そして、彼が弓術以外の大会に出場するのは初めてのことだった。

 リュディガーは己に向けられた期待の歓声をなんともないように受け流す。

 次の矢を取り出したところでマルクスははっとしてゆるんだ拳を握り締めた。柵越しに見ていた他の班も同様にあっけにとられていたため、慌てて前を向く者もいる。


「俺達も負けてられねえな、よし! いくぞ!」

「おう!」


 ボリスが掛け声に応え剣を構える。相手班の選手も各々武器を構え、攻撃に備えてた。先手はボリスだった。

 両手剣をしっかり握り、太っている見た目に反し彼は軽やかなステップを踏んで相手の陣地へ切り込んでゆく。それに続いて今度はエルが駆け出す。相手班の他二人に斧を振るい、ボリスに手出しできないように威嚇した。

 この計画はマルクスが立てたものだ。相手の選手を一人ずつ確実に倒すため一番強いエルが他二人を足止めし、三人全員の怪我のリスクを下げるつもりであった。


 しかし相手も馬鹿ではない。

 素手(すで)でエーバーフントを倒す()()への対策をしっかりしていた。

 分厚い盾を構えた一人が真っ先にエルの前に立ちはだかり、あっという間に中央班は四人と二人に分断されてしまった。相手班は三人とも剣の使い手だった。その内二人はコンビネーションを駆使し巧みに長剣を扱う。マルクス達との差は歴然だった。元々直接的な闘いに向いていないマルクスの戦闘スタイルは早くも崩れ、ボリスに頼る形でなんとか体制を整える。しかしボリスも相手の剣技に圧され気味で、なかなか攻撃が入れらず脂汗を地面に垂らしていた。


「こいつら、強えな……マルクス、諦めんなよ!」

「当たりめえだろ。エルが、あの盾野郎を倒してくれればなんとかなるっ! それまで耐えるぞ!」


 息が上がって喋るのもいっぱいいっぱいだったが二人は励まし合い、エルに期待を寄せた。


「大した能力もない癖にめでたい奴らだな、ははっ」

「なあミシュケルまだ準備運動続けんのかよ、さっさと終わらせようぜ」


 わざと聞こえるようにはっきりとした声で言う彼らに、マルクスはカチンと来た。


「エルは俺たちの大切な仲間だ、絶対三人で決勝戦へ出ると決めた! 馬鹿にされる筋合いはない!」


 マルクスは腰のポシェットからじゃらじゃらと取り出した釘のような金属片を剣士達へ投げ付けた。剣士達は瞬時に後方へ下がり、釘の攻撃を避ける。


「マルクス、あいつらの挑発に乗んな。余計体力使っちまう」


 危うく釘を踏むところだったボリスが懸命になだめる。マルクスは顔を赤くしたままなんとか己を落ち着かせ、利き手に短剣を握り直した。


「そろそろ終わらせるか、ミシュケル」

「ああ、ジル。ゴーズの盾も限界そうだしな」


 二人はエルと盾の男のほうをちらりと見ると、お互い目を合わせた後釘の撒かれた方へ勢いよく跳んだ。


「なっ……!」

「こんだけ跳べば問題ねえだろ!」


 突然目の前にやって来た剣士達に驚き手を滑らせたボリスが体勢を崩す。彼に長剣が突き刺さる直前にマルクスが短剣を放ち、万事休す。


「わりい、助かった……」

「礼は後だ! 来るぞ、うおああ……っ!」

「マルクス!」


 ボリスの正面にいる剣士(ミシュケル)に気をとられている隙に、もう一人の剣士(ジル)にマルクスは斬られた。血が吹き出る右腕をおさえるが、服がどんどん血を吸って重たくなってゆく。


「ちっ、帷子(かたびら)の上からじゃ大した傷にならねえな」

「ジル余裕こえすぎっ」


 二人の剣士は軽い笑いを交えて長剣を振るう。マルクス達はすでに限界だった。



 一方盾に足止めをくらっているエルは戦斧(モルト・アクスト)を握る右手に痺れを感じてきていた。試合開始からずっと握っており、かつ何度も盾にぶつけた衝撃で手のひらは潰れたまめで血が(にじ)んでいた。


「あいつらなんか啖呵(たんか)切ってたけど、全然大したことないんだなあ。お前も力はあるけど頭あんまよくねえみてえだし、俺達が相手するまでもなかったようだ」


 盾の男、ゴーズはその大柄な図体に反し飽くまで冷静沈着な性格だった。戦斧によってへこんだ箇所を当てられないよう上手く位置を調節し、盾が壊れないよう神経を尖らせつつ周りの様子もしっかり把握していた。


「あばよ、アーノルドの黒い奴隷」


 彼の言葉と共に、盾の隙間からエルの右胸目掛けて剣の切っ先が飛び出す。斧を降るった直後で剣に飛び込むような姿勢ではあったが、エルの反射神経なら問題なかった。

 しかしエルは避けるでもなく戦斧を手から離し、前のめりのまま右手で盾を掴んだ。大きく前へ出たことにより(まと)がずれた切っ先が首枷の金具に当たり、ギィリッと耳障りな摩擦音が鳴る。


「こんなっ自ら死にに行くような真似をして、何をするつもりだ……!」


(はた)から見ると、エルの首に剣が刺さっているようにも見えた。中央戦を観ていた観客の中には、顔を手で覆う者や彼の行動が理解出来ず首を横に振る者達もいた。実況もエルが負けたと言い掛け慌てて訂正する。

 そしてなにより一番驚いたのはゴーズだった。

前回の更新から二週間もたってしまいました……

遅くなりましてたいへん申し訳ございません。


また、後の文章と解釈違いが起こってしまうため、一話目のタイトルと序章全体を改稿いたしました。

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