様々な思惑
今回は戦闘シーンなしです。シリアスでもあまり暗くならないよう、ゆるい空気にしてあります。
一回戦が終わった後の競技場には悲惨な光景が広がっていた。
檻に詰め込まれ去っていく弱ったエーバーフント、死体として引き摺られてゆく残り二頭のエーバーフント。勝ち残ったことを拳を握りしめて喜ぶ出場者、未だ状況が飲み込めず呆然と立ち尽くす者や、他の出場者達に押され踏み潰されて転がったまま動かない者など、平常心の人間はいないに等しかった。
競技場内で点呼が行われる。係員が名簿を見ながら名前を読み上げていく。大きな声で応答した出場者には観覧席から拍手が送られた。そして名前を呼ばれ、集まったのは半数にも満たなかった。そのうちまともに戦える者はさらに数を減らし、二回戦出場を果たすのは僅か三十六名となった。
猛獣枠が開幕してからおよそ一時間、一日はまだ始まったばかりである。
◇
二回戦進出者は会場内にあるそれぞれの待機部屋に移動させられる。
黒い奴隷が部屋に入ると、アーノルド卿は椅子にふんぞり返って座っていた。
「遅い! もう試合はとっくに終わっているだろう、私を待たせるな!」
眉間に皺を寄せて奴隷を叱ると、後ろに立つ秘書に足元に置いてあった荷物を開けるよう指示を出す。
「先日武器を見せたときは剣を選んでいたな。だが今回は私の自慢のコレクションを披露せねばならん。なに、お前ほどの強さであれば問題ないだろう、こいつを使え」
革張りの鞄の中に仕舞ってあったのは一本の戦斧だった。ちょうど奴隷の肩から指先までくらいの長さで、装飾がふんだんにあしらわれており柄や刃の付け根など至るところに宝石がはめ込まれている。一見飾り物に見えるが頑丈な作りと鋭利で大胆な曲線を描く刃を持つ歴とした武器であった。
「次の二回戦ではフックスの奴が他の優勝候補を潰しにかかる。それは私の剣闘士であるお前も例外ではない。一回戦で派手に行動したせいだ全く。いいか、 倒すのではなく殺せ。心臓を狙え、四肢を斬り落とせ、首を奴の剣闘士共の卑しい身体から無くせ、とにかく徹底的にやれ」
「***……」
奴隷は膝を床に付けて何度も頷いた。アーノルド卿は奴隷に命令が理解できるよう常に秘書に説明用の図解を持たせている。そこに描かれているのは人々が悪魔に襲われ虐殺されている物語の一節だった。その悪魔を指差してアーノルド卿は言う。
「貴様は悪魔になるんだ、私だけに従う利口な悪魔にな」
独りになった後も暫く主人の左口角を吊り上げた下品た笑みが頭から離れなかった。奴隷に恐怖を振り払おうと首を振るが頭痛が増すだけで余計気分が悪くなってしまった。そして疲れからか地べたに直接横になる。
アーノルド卿が去った待合室は気味が悪いほど静かだった。
寝転んだまま奴隷は己の手を見る。頭から足の先まで黒い肌に黒い髪。こんな自分が生きているのは罪なのだ、この原罪を許してくれるのは…………
「自分が生きていいのは道具として悪魔を肯定してくれるご主人様の下だけって?」
「……っ!」
いつの間にか背後に男が立っていた。急いで体勢を整え男を警戒する。
「気配に気付かないって、そうとう感覚鈍ってるぞ? どうしたんだエル?」
「**?」
「おいおいまさか洗脳されてしまったなんてことはないだろう……まいっか。それにしても随分無駄に豪華な戦斧だなあ。術の類いはない……か」
アレックスが斧を手に取り調べていると奴隷が目を大きくして焦った様子で何か訴える。
「安心しろ、お前が任務を全う出来るようフォローしてるだけだ」
「……**……***?」
「エル……もしかしてシルタッハ語しか話せないのか?」
アレックスは奴隷の目をじっと見る。それからフッと目線を外して斧を奴隷に渡すと何事もなかったように足音を立てずに部屋の出入口のほうへ向かった。
「君が優勝するのを期待してるよ」
アレックスがゆっくり通路を歩いてると見覚えのある姿が見えた。売り子のカゴを首から提げたミアが真っ直ぐアレックスに向かって大股で近づく。
「お客様、ここは関係者以外立ち入り禁止です。観覧席にお戻りやがれっ」
ミアはそのまま歩みを止めず、売れ残りのフォグを掴んだ右手をアレックスの口の中に突っ込む。それと同時に左腕でカゴを支えながら彼の懐にある小銭入れから代金を抜く。
「ぅむうっ…………こおあうかいまいうってう」
アレックスは口一杯にフォグを咥えながら喋ろうとするが、そんな彼を無視してミアは通路脇の手すりに腰を降ろして売上金を数え始めた。パサついたフォグをなんとか飲み込み向かいの壁に背中を預け大きく息を吐く。
「地下の施設のほうはベル達が首尾よくやってくれてる。私は引き続きフォグ売りに精を出すわ」
「ああ、頼んだ」
返事をしながらアレックスは胃に流し込もうと胸を叩いた。 が、数え終わった後もなかなか立ち去らないミアに視線で問う。
「……ラインツに会ったんでしょ? 何か問題があったの?」
「いや、別段支障はない。ただ……彼を証拠品にするのもありだと思ったのさ」
アレックスはそれ以上答えるつもりはないと意思表明すると早々に立ち去る。次に向かう場所は既に決まっていた。
◇
一回戦後、ククは待合室ではなく主催席の近くにある本部へ急ぎ足で向かっていた。途中、エーバーフントや出場者によって傷ついた者が担架で運ばれていくのを見掛けたが彼らになんの感情も湧かなかった。彼女にとって世界でたった一つしか大事なものはない。目的地の扉を勢いよく開ける。
「メメ!」
「ククお姉ちゃん!」
駆け寄ってくる可愛い妹をしっかりと抱きしめた。暖かい身体、小さな背中に回した腕に触れるさらりと流れる長い髪に柔らかい耳、そしてふわっと香る自分に似た少し土っぽい体臭。互いに笑顔を交わし変わりない様子にほっとする。
姉妹の一時の幸せに水を差すように咳払いする初老の男に、ククはいつもの顔に戻しメメを庇うように背中に隠した。
男はフックス卿。猛獣枠の主催者であり、彼女の雇い主である。
「主人を無視して家族を優先するとは、君は本当にあの地下闘技場の優勝者なのかね」
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。けれど私はまぐれもなく地下闘技場のNo.1です。フックス様も実際にその目でご覧になったのでしょう」
「しかしあのとき君は術による身体強化をしてただろう、此度の大会でも同じ術が使えるのかね?」
フックス卿のゆっくりとした柔らかい口調がじっとりと耳に響い思わずてしかめっ面をする。ククはこの男が大嫌いなのだ。
彼女の脳裏に過去の血生臭い記憶がよみがえる。本能のままに暴れ狂う己の醜い姿。
「あの術がなくても予選も本選も勝ち進んでみせます。大会に優勝するのが契約条件ですから」
「やれやれ……本当君達姉妹は顔以外そっくりだねえ。メメ君も、私の傍にいることだけが契約内容だと言って、ちっとも私にその可愛らしい耳と尻尾を触らせてくれないのだよ。その頑固さは血筋の問題なのかね……」
隣の部屋で盗聴していたアレックスはなるほどと一人頷いていた。後はラインツが本選まで進んで時間を稼げば計画通りに事を進められる。そうほくそ笑むと部屋から煙のように姿を消した。
◇
予選二回戦、そのルールが出場者に発表される。
「二回戦は班ごとによる対戦です。三人対三人で交戦し、勝った班の選手が本選に進めます」
要約すると、同じ班の三人でチームワークを駆使して敵対班を倒せ、ということである。しかし、個人で自由に動いても良く、また、一人でも残っていれば他の二人が戦闘不能になっても勝ちを認められる。
「これよりくじ引きによる班分けを行います。自分が引いた札の番号と同じ番号が書かれた札を持った係員の前に速やかに移動してください」
競技場の下にある地下広間に集められた出場者達は各々武器を手にし、今すぐ戦いたくてたまらないといった素振りを見せていた。全員が集まったところで上面に手のひらサイズに穴の空いた箱が広間の中央に置かれ、一人ずつ順番に中の札を引いていく。
前方に立つ係員は十二人、その全員に三人ずつ均等に移動した。大半の者は班の仲間と顔合わせをするまでもなかった。なぜなら彼らは既に知っている間柄なのだ。皆同じフックス卿の手下である。
三十六人の選手は係員の指示のもと再び競技場へ繋がる通路を進んだ。入場口が近付き日射しが彼らの目を眩ませる。選手の入場を待ち構える歓声がだんだん大きくなる。ある者は剣を、ある者は弓を、または分厚い鎧を纏う者などしっかり装備をし、一回戦よりずっと自信に満ち溢れたオーラを放っていた。
そして黒い奴隷の手には日光を反射させて鮮やかな輝きを放つ戦斧が握られていた。
二回戦は少し派手にいきます。そろそろファンタジー要素入れたいところです。




