黄昏色の追憶
ご無沙汰ぶりでございます。最近更新出来てなくて申し訳ありません!プロットまとまったので来週も更新できるかと思います。
※ややグロい表現があります、ご注意ください。
草木も眠る真夜中。とある邸宅の敷地は血まみれになっていた。その一角にある私兵団のための修練場では未だ死闘が行われており、鳴り響く剣と足音が激しさを物語っていた。
「貴様何者だ! ここが伯爵の屋敷だと知っての狼藉か!」
暗く広い修練場で的確に急所を狙う剣の軌道が流れ星のように煌めき、剣闘士は焦燥感に駆られる。予測のつかない剣を防ぐのに精一杯で跳ね返す余裕はほとんどなかった。せめて刃渡りと剣身の長ささえ分かれば対処法があるのにと、苦戦を強いられている剣闘士は剣の柄を握る右手に汗が溜まるのを感じた。
闇に混ざるかのように黒く、素早い動きを追うのに必死で剣闘士は瞬きひとつ出来ない。
戦闘になる前に灯りを真っ先に消されたのは痛かった。予備の灯りを点ける前に暗闇の中でまだ目が慣れない内に奇襲を受けたのだ。刺客の気配を感じた直後に身体を捻りなんとか避けたが右脇腹を斬りつけられ、かなり不利な状況下で戦わざるを得なかった。
痛みは我慢すればいい。だが止血する余裕もなく戦闘に入ったため力む度に傷がどんどん広がっていく感覚に焦りまいと顔をぐっとしかめる。奴のその鮮やかで慣れた手口はその道の者を思わせた。剣闘士は一瞬考えを巡らせたが奴の剣先が首筋を掠り、それどころではないとすぐに目の前の脅威に集中した。
黒い外套に赤い剣。
一瞬の隙も与えず、ひたすら相手を殺すことしか考えない剣技。剣はこの街にこんな物騒な剣士はいなかったはずだ。こんな、己を圧倒させるほどの剣を帝国軍以外では一度もない!
それに日頃の癖で夜遅くまで一人残って鍛練を積んでいたため広い修練場にいたのは不幸中の幸いだ。地の利はこちらにある。
剣闘士は息切れを隠すようにイントネーションを強調して言った。
「今ここで私が大声を出せば警備の者が来る。捕まったら処刑されるぞ!」
「…………」
何も答えないまま奴は容赦なく切りかかってくる。なんとか受け流した赤い剣から発せられる赤い仄かな光が刺客の瞳に妖しく映る。
「不気味な奴め…………仕方ない、我が秘技を喰らい死ぬが良い」
距離をとった剣闘士が柄をがっしりとした両手で持ち、天の構えをする。先程までとは違う空気に刺客は警戒し一歩下がると背中にひんやりとしたすきま風が当たった。いつの間にか壁際に誘導されていたのだ。
剣闘士の剣が垂直に止まった瞬間、刃の軌道が閃く。風を切る低い音が刺客に届いたときには既に彼の守備範囲に入っていた。剣を構え直す前に剣闘士は捻り返し心臓を真下から抉り突く、はずだった。キンッという硬い音とともに剣先が折れて弾け飛ぶ様をはっきり見てしまった。
「っ角……だと……!?」
刺客は剣を同じ高さで構えたまま膝を直角に曲げ、上体を低くしていた。さらに頭を捻り、狙われていた心臓の位置には太くて丈夫な角が来ていた。暗闇に紛れて気付かなかったが、彼の両耳の上部に禍々しい黒い角が生えていたのだ。
折れた剣を構え直そうと上体を引く。が、重心を掛けていた利き脚が滑って胴体ががら空きになる。いつの間にか彼の足元には油が引いてあった。
「しまった……!」
いつもはこんなヘマしない。なぜだ、今まで積んできた鍛練は無駄だったというのか。あらゆる雑念が彼の頭の中を滝のようにザアーッと駆け巡る。
口の中が錆臭い。己が血を吐いていることを認識したのは、何度目かの斬撃を受けた後だった。止めの一撃は心臓への刺突だった。燃えるように熱い身体から冷たい剣が引き抜かれ、血飛沫が上がる。まだまだ修行の身ではあるが、己の人生の死に不満はない。けれどひとつ気掛かりとなるのは、私が大会に出場しなかったら誰が代役を担うのかということだ。せめてその者の未来が不幸にならないことを願いたい…………
床に倒れた剣闘士が死んだことを確認するとラインツは彼の目を伏せた。
「いい剣だった」
長い髪を絞って返り血を落とし外套で手を拭うと、侵入した窓から再び外に出た。
闇夜に目が利くラインツは灯りが消された状態でも昼間と変わりなく動くことが出来る。屋敷の横を音を立てずに走り抜け、仲間との合流地点へと辿り着く。
「大体時間通りね、もう全員揃ってるわ」
「外套はどこへ……?」
ミアの言葉の後に続けてダーシュが訊ねる。
「修練場と兵舎を繋ぐ通路に捨てた」
「それってリーダーの入れ知恵?」
今度はベルゲンが興味深そうに訊く。ラインツは答えず先へ進んだ。目的が達成された今最も優先すべきは撤退だ。アレックスから一番最初に教わった基本をいつも頭に入れて行動をとっている。
「僕とダーシュで離れの裏手に逃げ道を作った。問題ないはずだ」
ベルゲンとダーシュ、この二人は隠密行動と飛び道具の扱いが得意で、二人が斥候となりラインツとミアが止めを刺すといったコンビネーションを何度か実践していた。
彼らは四人とも見張りに見つかることなく外壁を越え、難なく敷地から逃亡した。
翌日、巷ではアーノルド卿の剣闘士が暗殺された話題で持ちきりとなった。
◇
コルンブルーとしての任務のあった翌日の夕方に差し掛かる頃、ラインツは小さな酒場「豊穣」で温いビーアを飲んでいた。この街に来てレイヴンに初めて連れられてきた酒場である。あれから半年程が経ち、仕事も街の生活にも慣れてきたラインツだったが、街にいくつかある大衆居酒屋と違い、この酒場のこじんまりとした落ち着いた雰囲気と料理が気に入っていた。
この「豊穣」特製の舌に残りにくい渋味と、鼻に抜ける爽やかな風味を堪能するのも仕事終わりの楽しみの一つになっていた。
ただし、
「やあ、ラインツくん。最近どうだい?」
この男を除けば、である。
ツァンは愛想笑いを浮かべ立派な前歯を見せながら隣にやってきた。無視しても勝手に喋り始めるだけなので適当に相手をしているうちに店の者も咎めようとしなくなった。
「別に普通」
「そっけないねえ、俺たち友達じゃないか」
「? ……いつ友達になったの?」
今のは挨拶だよと肩をすくめる。いつにも増して口角を吊り上げニヤニヤしている。ツァンの分の酒と肴が運ばれてきて、早速一杯煽った。
「ここのビーアは田舎臭さがなくていいねえ。安い店は冬以外で飲むと生臭くて飲めやしない。あそうそうラインツ君さ、モルゲンロート子爵の噂聞いたことあるかい?」
「知らない」
すかさずツァンが嘘だろう!?と大袈裟に突っ込む。
「今人気沸騰中の若き御曹子、ジークハルト様のことだよ。領土の管理を務めていた代理人の不正を暴いただけでなく、武装した山賊を私兵団を組み自ら指揮を執って一掃したっていう。さらに領民一人一人に声を掛け、行く先々で婦女子共の心をわし掴みにするという、まさに王子様という比喩がぴったりの完璧貴公子さ! さらになんと、あのモルゲンロート城伯の隠し子だって話だ」
ツァンの熱弁を他所にラインツはビーアをわざと音を立てて啜った。それでもなお続ける。
「そういえば君はこの街にあまり詳しくなかったね……まあいい、肝心なのはそこじゃない。モルゲンロート子爵はここ城都に邸宅を構えていて俺も何度か見掛けたことがあるんだ、いやあ納得の王子顔だったよ。でもどこかで見た記憶があるんだ……そこで親愛なるラインツくん、君は子爵について何か知っていることはないかい?」
ツァンがラインツの顔を覗き込んで訊く。ジョッキに口に付けたまま離せない。
「聡明な青い瞳に艶やかな黒髪、まるで神がお作り賜ったかのような美貌。しかも剣が上手いときた。そんなお方が今までなんも噂も出なかったのには理由があるはずだ。何か重大な隠し事がある、とかね」
まるでその隠し事の在処を知っているかのような目で見てくるツァンに、まだ中身の入ったジョッキをテーブルにやや乱暴に置き、眉間のしわを深くする。
「もう俺に構わないでくれ」
人を突き放すように呟く返事に二度瞬きした後、やれやれと言った風に手のひらを上に向けた。
「君つまんなくなったね。少しは世間話でも出来ると思ったんだけど……まあいい、君ももう少し色んな場所に目を向けるといい」
そう言って席を立ったツァンは勘定を置いて店を出ていった。その様子を見ていた酒場の娘のサラがラインツのテーブルにやってくる。
「大丈夫? あの人に絡まれてたみたいだけど」
「大丈夫、何でもないよ」
テーブルに肘をついて物思いに更けるところを見るに、どうやら彼女も話すタイミングを窺っていたようだ。なかなか話を切り出せないでいると、ラインツが先に口を開いた。
「どうしたの?」
サラは垂れてきた髪を耳に掛け、やや気まずそうに話し始める。
「その……初めてうちに来てくれたときに一緒にいた人ってもう来ないのかしら?」
「なぜ?」
「あの髭の人ずっと前に、うちに来たことあるんじゃないのかなって。随分前のことだから私も彼も子どもだったと思う。うちの店では絶対見掛けないような貴族みたいな綺麗な男の子でとても印象的だったの。髭の人はどっちかと言うと粗暴な雰囲気だけど……でもなんだかどこか似ている気がして……もしそうなら預かってるものを返したいの」
「預かってるもの?」
そのとき厨房のほうから店主の呼ぶ声が響いてきた。
「ごめんなさい、変な話しちゃって。そのおつまみ私の奢りだから!」
焦って厨房に戻る彼女が去ったあとのテーブルの上には、おかわりのビーアと豆料理の盛られた小さめのブランフォグが乗っていた。
◇
一週間ぶりに水以外のものを口にしたラインツは、夕日が照らす帰り道をゆっくり歩いていた。久しぶりの食事と酒で身体が少し重くなったような変な感覚だ。ほろ酔い気味で人通りの多い大道りをなんとなく進んでいると、ふと遠くからギターのような弦楽器の演奏と掠れた男の低い歌声が聴こえてきた。
〽️それは新星の如く現れた
悪しきものを改め 正しき道へ導く者
駿馬よりも速く 数々の武勇伝を作りし勇ましき者
嗚呼 かの者こそ ジークハルト
ジークハルト・ツヴェル・モルゲンロート
外見は小汚なくも楽器を両手で抱えるように弦を指で弾き、口を大きく開けて揚々と歌う男は生き生きとしていた。そばで聴いていた野次馬の何人かは何度も頷き男の足元にあるくたびれた帽子に貨幣を投げ入れてゆく。
男は半年ほど前から城都に住み着いた貧しい吟遊詩人だった。帽子の中に安い蒸留酒が注がれる。
「レイヴン、今頃どうしてるんだろう」
ラインツの呟きは夕日と共に冷たい宵風に消えた。
今回めちゃくちゃ渋いですね。前話から一気に半年がたった物語になります。ラインツすりきれてますね~話のテンションはこれから盛り上げていく予定です!
6/16 一ヶ所修正しました
20/5/1 酒場での内容を数ヵ所直しました




