望まれぬ同郷人
先週中に更新できるかと思っていましたが無理でした。申し訳ありません。
細身ながら均等に筋肉のついた身体は豹のようで、優美なラインがくっきり見えるタイトな服装をしている。雲の隙間から覗く月光に縁取られた輪郭はラインツよりもずっと小さいにも関わらず月を背後にして立つ彼女は野生染みたオーラを放ち、狼のように丸く見開いた鋭い瞳は得も言われぬ怒りを孕んでいた。
グレタとは対照的だ──
ラインツは無意識に女とグレーテルを比べていた。
短い髪に小柄で細身のボーイッシュな彼女と、長い赤毛にふんわりとしたロングスカートが似合うグレーテル。けれど今のラインツには何故か、目の前で怒りを顕にして睨んでいる女のほうに親近感を覚えた。動けないでいるラインツに向かって、痺れを切らした女が大股で近付き彼の胸ぐらを掴む。
「アレックスが新人の援助をしてこいって言うから仕方なく向かってみれば、ありえないほど時間掛かった挙げ句自分でショック受けて泣いてるダサい奴がいるじゃん? 私への当てつけで演技してんの? ねえ仕事舐めてる?」
下から睨み付けて怒る彼女に圧倒されて、ラインツは状況を理解するのに必死だった。
「君もコルンブルーの一員か……」
「そうじゃなきゃ今頃あんたをボコって川に沈めてる」
キツイ物言いには何か裏があるようだ。しかしラインツは誤解を解くよりもキャビンに早く会いたい気持ちのほうが勝っており、火に油を注ぐ発言をしてしまう。
「家族が待ってるから帰る、挨拶はまた今度で」
「はあ? あんた教団の人間でしょう? どういうつもりか知らないけど、うちの組織に潜り込んでまであんた達が何しようが私は絶対従わないわよ、絶対に!」
語尾を強調させて言った彼女の掴む手がさらに服に食い込む。複雑化した話にラインツはますます混乱した。
「言ってることが分からない……」
「あんたは星の智慧教団の差し金で私を儀式に使うために連れ戻すつもりなんでしょう? 油断させようったってそうはいかせない。私の体は私だけのものだ!」
女はラインツを押し倒すように手を放すといきなり蹴ってきた。左足の踵で体を捻り辛うじてかわす。ラインツは五、六歩離れて訊ねる。
「なぜ戦う?」
「コルンブルーを名乗るならそれに見合った能力が必要よ。今からそれを確かめる」
言い終わる前に駆け出した女から沸き上がる殺気にラインツは言い様のない胸の痛みを感じた。己にはない、もし持っていたら強くなれるかもしれないものを彼女は真正面からぶつけてくる。
鞭のようにしなり、大きく蹴り上げられる足は鎌鼬のように鋭く空気を切り裂いてゆく。そのあまりの俊敏さに驚きつつ防戦一方となるラインツ。不意打ちで剣で殺すのは簡単だが、それ以外の方法が見つからない。体力切れを狙っていたが女の足技はますます鋭さを増してゆき、さらに肘や拳も使ってくる。
「反撃しないなら何も出来ないのと同じよ。それとも女の私を傷付けるのが怖い? そんな訳ないわよね、だってあんた達は人を道具としか思ってないんだもの」
”道具“という言葉がラインツの胸に刺さる。儀式に使うためだけに生かされた命が二つ、ここにあるのだ。夜の丘に一際強い風が吹いた。
「!」
ラインツの腹に女の強烈な蹴りが入る。受けた衝撃はラインツを宙へ飛ばし、地面に落ちた後も勢いは止まらず丘をゴロゴロと転がってゆく。
「ゴホッ……ケハッケホッ、グウウ………」
まともに食らった攻撃はあばら骨を数本へし折り、内蔵を押し潰していた。土をえぐるように爪を立て痛みに耐えるラインツを見ていた女が声を掛ける。
「なんで今の避けなかったの? しかも私が狙った場所微妙にずらしてまで、それをするくらいなら避けられらはずよ…………あんた何なの?」
困惑する彼女の顔は悲しみが混じっていた。色んな感情が入り乱れ下唇を噛むのを見てラインツは咳き込みながら答える。
「俺には君と争う理由がない、君があの一族の血縁なのは今知った。そして教団から逃げてきたことも。俺も、あの村から逃げたんだ。でも俺は今でも教団から逃れられないでいる…………もし君が望むなら、教団と交渉してもいい。彼らが今後一切君に関わらないことを……」
苦しそうに呼吸をするラインツに女は未だ厳しい目を向けていた。彼女は彼を疑った上で迷っている。
「随分と話の持って行き方が雑なのね。けどもし……あんたの言うことが真実なら本当にあいつら相手に交渉出来るの?」
諦めて一人で抵抗するか、僅かな希望に縋るか。いいや、縋るのではない。利用するのだ。
だがラインツが口を動かす前に、別の男が返答を言い放った。
「ミア、君にその必要はないよ」
「アレックス!?」
雑木林の方からゆっくりとした足取りで歩いてくるアレックスに女が振り向き近寄る。声だけですぐにわかったようだ。
「アレックス、どういうこと? まさかあんたもグルだって言うの……!?」
彼女の怒りが今度はアレックスに降りかかる。しかし彼はいつも通りの澄ました顔で女と向き合う。
「落ち着くんだ、ミア」
「説明しなさいよ! 教団の奴らとどう関係を持ってるのか!」
「落ち着けと言ったはずだ。それともコルンブルーから追放されたいのか?」
ミアと呼ばれた女はぎくっとして目を逸らした。
「……ごめんなさい」
「ここは一旦引き上げる。後日アジトで話し合おう、俺も二人に伝えなければいけないことがある。では解散だ」
ミアは納得しきれない表情でしぶしぶ帰った。その後ろ姿を見ていたラインツにアレックスが声を掛けた。
「エル、お疲れ様。報告は後で聞こう」
「了解」
痛みが治まり立ち上がったラインツが家の方角へ足を向けると、ふとアレックスが何か言いたげな素振りを見せる。目を合わせると眉尻を下げて囁いた。
「許してやってくれ、彼女はここにしか居場所がないんだ」
家に帰ったラインツはアレックスの言葉の意味を考えながら汚れた服を脱いだ。しかしいくら考えてもしっくりとした答えが出ないため、諦めて寝ているキャビンの体毛に顔を埋めて思いっきり匂いを吸って寛いだ。
◇
その日は雨だった。
街中は人通りが少なく、ラインツは外套を深く被って水溜まりだらけの道を歩いた。
ラインツがアジトに着いたときにはすでに二人が待っていた。それを目にしたラインツは気後れしてしまい、いつもの気の張り方が出来なかった。
「ミアよ。あんたより年下だけど一応先輩だから」
「ラインツェールト……長かったらラインツで」
こんなにぎこちない自己紹介は二度とないだろうと思えるほど、室内は冷えた空気になっていた。
初めて入る家の中は家具は揃っているものの、どこか冷たい印象で椅子に座るのさえ緊張して全身が強張るほどである。
三人が揃ったところで二人の間に座ったアレックスが開口一番に爆弾発言をした。
「今日顔合わせをしたのは、今後俺が忙しいときは二人で組んで仕事してもらうからだ。今のうちにお互い慣れておくように」
ミアが勢いよく立ち上がり椅子を飛ばして怒鳴る。
「はあ!? こんな奴と組むだなんて聞いてないわよ!」
詰め寄る彼女をよそにアレックスは壁際で固まっているラインツに質問を振る。
「ラインツはどうだ?」
「……俺は、ミアが俺以上の実力を持っていると期待している。だからペアとしては申し分ないほどだ。ただ……教団のことで迷惑かけるかもしれない」
教団という単語に反応したミアが視線だけラインツに向ける。
「いい加減はっきりさせておきたいんだけど、あんたは教団の何なの? その奇怪な姿は古の支配者に関係あるの?」
ミアは不安をぶちまけるように早口で質問をまくし立てる。言葉に詰まるラインツに、アレックスがフォローする。
「確かに関係がない訳じゃないが、彼も君と同じ被害者だ」
被害者という言葉に彼女は鼻で笑った。
デリケートなキャラを持ってきてしまったなあと思いつつ、女性の格闘キャラを出してみたかったのでミアを登場させました。早く戦闘シーン書きたいです。




