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泣き虫な暗殺者

今回は戦闘シーンです。

 ラインツは宵の郊外を音もなく歩いた。新しい葉が繁る雑木林を一度も立ち止まることなく進み目的地へ辿り着く。


 ムスケル子爵の邸宅は近郊にあり、ケーニッヒブルクの中でも端のほうの位置にあった。そのため街明かりに照らされることもなく、敷地内に忍び込むのは容易だった。最も、身の丈以上の高い外壁を明かりもなく素手で登るほどの身体能力を持つラインツだからこそ出来る所業ではある。

 邸宅の見取り図と子爵の嫡男ムシュルカの特徴は前日の下見で確認済みだ。敷地内にはL字形の屋敷と中央の広大な庭を挟んで、使用人と移動手段としてのエゼルと馭者用の宿舎がある。そして今回の標的であるムスケル子爵の長男ムシュルカ。大柄で筋肉質、まだ二十五歳と若いのに禿げた後頭部。動体視力が優れている上に声が大きいので昼間の暗殺は難しく、夜中に行われることになった。

 ムシュルカの予定は事前に聞いていた通りだ。邸宅へ通ずる道を馬車が走ってくる。日中は婚約者の屋敷で過ごし、晩餐を終えて馬車で帰宅する。屋内に入る前に使用人と別れて一人になったところを狙う。


 ラインツは本館と結ぶ通路横にある立派な並木の中で一番本館の玄関に近い木の枝の中に隠れて、右手に短剣をしっかり握ってそのときを待った。


 馬車が敷地内に入り、停車する。ムシュルカが馬車から降り、続いて灯籠を持った使用人が出てくる。今夜は月が雲で隠れており非常に暗い。しかしラインツには彼らの動きがはっきりと見えていた。怪物化した後の彼の身体は強靭さと鋭敏さが異様に発達し、片目というハンデ以外は万能に等しかった。


 馬車は厩舎へ向かい、ムシュルカ達は歩き始める。まだだ、まだ使用人が一緒にいる。二人はラインツが隠れている木の前を通りすぎた。そこから二十歩ほど行ったところでムシュルカが使用人に何か話し、使用人が一礼して宿舎に向かって行く。そして宿舎の中へ入ったのを見届けたムシュルカが屋敷の玄関へ歩き始める。よし、と剣先の狙いを定め肘を目一杯引く。彼の歩く速度に合わせて位置を調整し、手首のスナップを利かせて短剣を放った。

 投げられた剣は真っ直ぐムシュルカの背中──心臓の裏側──へ突き刺さるかと思われた。けれど現実は予想の斜め上を行く。


「ふん!」


 なんとムシュルカは振り向き様に太い腕をブンッと降り剣をはたき落とした。


「……!?」


 想定以上の身体能力にど肝を抜かれたラインツだったが早急に次の計画に移った。彼はここで確実に殺らなければならない。

 新たな剣を召喚し、しっかり構えてムシュルカの動きを見る。

 すると彼はラインツの隠れる木に向かって妙に落ち着いた声色で言い放った。


「どうした愚か者、私はこの程度では死なんぞ」


 どうやら彼は最初からラインツの気配をしっかり感じ取っていたらしい。その上で使用人を巻き込ませないよう先に帰らせたのだ。ムシュルカは人情者なだけでなく相当な切れ者のようだ。


「婚約者のことで私を邪険にする動きがあるのは知っている。下らんことはやめろ。下手すれば首吊りになるぞ」


 なんとムシュルカは己の命を奪おうとする刺客の身まで安じているのだ。殺すには惜しい人物である。だがラインツの意志は揺るがない。腰の剣を抜き、堂々と構える大漢に一切の恐れはなかった。枝の上から飛び降り着地すると姿勢をぐっと低くし、後ろ足で思いっきり地面を蹴った。


「っ!? なんの!」


 一瞬で間合いを詰めたラインツに目をカッと開き、冷や汗を流しながらも応戦する。長身のラインツよりさらに高い体とそれに見合った太く長い剣を上手く生かし迫り来る剣先を弾く。二、三合交わったところでラインツは後ろに下がり体勢を立て直した。想像していたよりずっと強い。


 屋敷玄関周りには松明が置かれており、その灯りでムシュルカはラインツの姿をしっかり認知出来るのだ。しかし肌も髪も黒いラインツは顔までは見えないだろうと素顔を晒していた。


「貴様も多少は剣の心得があるようだな。だが剣は単に人を殺す道具ではない、人を護るための手段だ。貴様の師匠はそのことを教えてはくれなかったのか? その技量を以てして真っ当な人生を送ろうとは思わんのか?」


 彼の言うことは正しかった。まさにヒーローに相応しい能力と正義観を持った完璧な男だ。

 しかし闇の世界に正義などないに等しい。


「確かに俺は好きな人を護りたくて剣を始めた。けど俺が生きられるのはこの道しかない。これは生きるための仕事だ、何も間違っていない」


 ラインツは自分に言い聞かせるように答えた。そんな彼を、ムシュルカは構えの姿勢を崩さず些か悲しそうな目でさらに問う。


「君は人が傷付いたり死んだりするのが辛いのではないのか? 今自分がどんな目をしているのか分かるか? 今にも涙が……」

「黙れ」


 ムシュルカの守備範囲に侵入したラインツはフェイントをかけ彼の利き脚が後ろへ引いた瞬間、大量に泥を出した。


「!?」


 赤く光る瞳が火矢のように闇を切り裂き、


「ぐ、ゴボォッ……!!」


 黒い泥に視界を遮られ反撃をやめたムシュルカの喉に剣先が刺さる。そのまま左手を柄頭に当てて押し込んだ。

 どんな強靭な肉体を持つ人間でも急所は変わらない。串刺しにされた巨体は糸が切れた人形のように全身をだらりとさせる。マメのたくさんある大きな手から剣がするりと抜け、地面に落ちた。


 任務は果たされた。次は現場からの離脱である。屋敷の者に見られる前に姿を消さなければならない。ムシュルカに刺した剣を消し、足音を立てないように外壁を登って敷地から出る。そして闇夜に紛れるように雑木林を駆け抜ける。自宅へ続く見晴らしの良い丘に出たところでようやくラインツは足を止めた。

 無意識に足元を見た途端、右目から水滴が落ちた。大きな滴がぼたぼたと土を吸い込まれてゆく。


「意気地無し」


 声がしたと思ったら背後から膝裏を蹴られた。転んだ際に口の中に入った土を吐いて立ち上がり、蹴られたほうを見ると一人の女が仁王立ちしていた。

今週中に次話投稿予定です。


マンツーマンじゃなくて複数人同士のバトルや戦争描写も書けるようになりたいです。

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