新しい友達と家
5/10 第二部分「誰も来ない!!」を大幅に改稿いたしました。物語を読む上で差し支えはございません。
「モリー、どこかいい物件はあるか?」
俯くラインツを隣で見ていたアレックスが本来の目的に話を切り替えた。
モーリッツは手元の資料をめくりながら探していく。
「そうだねえ……あらかた数は絞っていたんだけど、キャビッツがいてもおかしくないとこにするなら農場近くがおすすめかな、餌や巣に必要な草も手に入りやすい」
「地図見せてもらってもいいですか?」
どうぞとテーブルの上に広げてもらった物件の資料を眺める。そして何気なく資料を取ろうとした手を止めた。
「読めない」
この世界で一度もまともな地図を見たことがなかったラインツは方角の見方すらわからないことに気付いて寂しくなった。レイヴンと過ごした一年間は、ずっと彼に連れていってもらっていたのだ。
「気にするな。記号さえ覚えれば地図くらいすぐ読めるようになるし、文字も俺が教えてやる」
「私も協力するよ」
アレックスもモーリッツもラインツを馬鹿にせずに資料を丁寧に読んで説明をしていった。
こうして他の候補の物件資料も二人に読んでもらい、三つに絞れたところで実際に見に行くことになった。
ケイの案内の下、ラインツが最初に向かったのは交通の便が良い、大通りに近いアパート。人通りが多く、治安もそう悪くなさそうである。
「こちらは市場から近く、大変人気です」
「俺はめったに食事しないし、ここは少しキャビンが騒音に怯えてしまうかもしれない」
「変わった体質なんですね」
次に向かったのは貴族街に近い高台にある品の良い集合住宅街。
「少々値が張りますが、静かで街の眺めが綺麗なのでおすすめです」
実際に部屋の窓から景色を覗いたラインツは、ほっと一息ついた。その横顔を傍で見ていたケイは問いかけた。
「ラインツェールトさん、貴方にお聞きしたいことがあります」
ラインツはケイの目を見て小さく頷く。
「貴方のその容姿は、悪魔とは関係ないのですか?」
単刀直入な質問に悪意はなく、いたって真面目なものだった。彼の真っ直ぐな瞳は正義感に溢れている。
「俺は、俺自身がなんの生き物かわからない。今はっきり言えるのは、ヴェスティア帝国の国民であることだけだ」
「わからない? そんな奴が先生の近くにいていいはずがない。先生はご自分が苦労されてるから貴方みたいな人も受け入れてくださるんだ。これ以上先生の良心に甘えないで欲しい」
ケイの畳み掛けるような言葉攻めに翻弄されそうになったラインツは、胸元をぐっと掴み早くなった鼓動を押さえつけた。対するケイの目はますます険しくなる。
「俺を悪く思っても構いませんよ。先生のためなら喜んで悪役を買ってやる」
ケイはラインツの目を見て宣言する。
ただひたすらに真っ直ぐな視線を向ける彼は、他人のためなら己が悪者になることを厭わない強い人なんだとラインツは関心した。その若さゆえの羨ましいほど気鋭で強かな心は、信頼に値するのに充分だった。
「ケイが嫌われる必要なんてない、モーリッツさんがダメならケイに甘える」
「はあ!? おま、そういう問題じゃ……!」
先程までの張り詰めた空気が破裂したような、素っ頓狂な声を出すケイ。ラインツは言葉を続ける。
「たとえ悪魔だったとしても、俺はこの世界が好きだから昔話のような悪い神様になるつもりはない。それに、こんな素敵な街で出会えたんだ。俺はケイと仲良くなりたい」
暫く口を開いたまま驚いていたが、ラインツの笑顔に根負けしたケイは頭をぐしゃっとかき混ぜて大きく息を吐いた。
「……分かりましたよ、もう貴方を疑う気はありません」
でも、と釘を刺す。
「私の名前はケイネスです。勝手に略さないでください」
「でも自分からケイと呼ぶよう言ってただろ、あと俺のことはラインツと呼んで欲しい」
「だから勝手に友達のふりするな! もうケイでもなんでもいいから、早く部屋決めるぞ!」
肩に提げていたショルダーから資料を出して焦りながら地図を確認するケイの横顔は、年相応に片生いであった。
◇
ラインツ達が下見に出掛けている間、アレックスとキャビンは店でモーリッツと一緒に雑談をしていた。
「なあモリー、本当にあの二人だけにして大丈夫なのか?」
「ケイはしっかりしてるから今頃ちゃんと案内しているよ」
「お前の弟子だから信頼はしてるけど、エルが変に誤解されなきゃいいけどなあ」
アレックスはそう呟きながら膝の上に乗っているキャビンの頭を撫でた。ソファーから後ろ足をはみ出させてだらりと寛ぐキャビンはすっかり、たくさん撫でてくれるアレックスの虜になっていた。
「彼、名前聞いたときにも思ったんだけど、もしかしてシルタッハの生まれなのかい?」
「いや、わからない。ただあの土地の関係者なのは間違いない。シルタッハ語だけ読み書き出来るなんてこの国じゃあそこの人間くらいだ。もしかすると……いや何でもない」
真剣に考えるアレックスに、モーリッツはクスリと笑う。
「アレックスがそこまで気に掛けるなんて彼女以来だね。…………彼は大丈夫だよ。ラインツェールトって、愛していなきゃつけられない名前だから」
窓から射し込む光に照らされた、エメラルドグリーンの柔らかい瞳の奥で寂しさが煌めいていた。
キャビンが耳をピピッと動かし顔を扉のほうへ向ける。
「あいつら戻ってきたみたいだな」
「そうだね、無事好みの部屋が見つかったかな」
只今戻りました、という挨拶とともに扉を開けたケイと並んで部屋に入るラインツに、出掛ける前にあった緊張感がすっかり解れている様子にモーリッツは笑顔で二人を迎える。そして主人の帰りに歓喜したキャビンがアレックスを蹴飛ばしてラインツに突進するのを間近で見たケイは暫く腹を抱えて笑い続けた。
◇
翌々日、無事契約を済ませて新居住まいの準備にとりかかったラインツだったが、毛刈りをしてさっぱりしたキャビンの寝床を作ったら午後からやることがなくなってしまった。ケイと下見に行ったときはチリと埃が大量に舞っていたが、契約前にケイが粗方掃除をしておいてくれたため、拭き掃除だけですぐ終わってしまったのだ。
何だかんだ良いながら色々と世話を焼いてくれるケイに、ラインツは信じてよかったと心から嬉しく感じた。
モーリッツやケイには驚かれたが、家具や日用品を持ち運ぶことはなかった。街へ来たときに旅の荷物はほとんど売ってしまって手持ちのものと言えば、小銭入れと今着ている服くらいである。暇をもて余したラインツは二階の窓辺の段差に腰掛けて街の景色をぼーっと眺めた。ここからの景色が一番気に入ったのが決め手だった。
一番大きい窓から見える風景は、青々とした新緑を見せる丘と、斜面に広がる様々な作物を栽培している農場が占めている。地平線には賑やかな街並みが屋根凝縮されていた。この家の近辺は道の整備がほとんどされていない地区で、モーリッツ不動産からは歩いて小一時間はかかる。しかし、アジトへは三十分あれば行ける距離なので仕事上問題はなかった。
ラインツとキャビンの新居は雑木林のある小高い丘の上ポツンと建っている。元々その土地の見張り小屋として使われていたため玄関門もなく非常に簡素な石造りではあるが、キャビンが突進しても崩れない丈夫な家だった。カーキ色の壁に焦げ茶色の屋根。本来一部屋だけの予定だったが、その建物自体暫く誰も住んでいなかったので、管理費を免除させてもらう代わりに二階建ての家一軒丸ごと借りることとなった。
一階にキャビンの寝床と居間、二階に寝室を置き、広々と使うことにした。
日が沈み始めた頃、ラインツはキャビンに留守を任せて家を出た。
こういった題材をなあなあにしたままだと物語の基盤がしっかりしないと思い、出来るだけ丁寧に簡潔に書きました。ケイがラインツにとって良き理解者になってくれることを望んでます。
5/10 第二部分「誰も来ない!!」を大幅に改稿いたしました。物語を読み進める上で差し支えはございません。




