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思い出との再会

本日二回目!

 日が沈む頃。昼間の暑さとはうって変わり、ひんやりした空気が街に流れ込む。

 人気の少ない暗がりの道を歩く一人の男。砂利を踏む音が静かに響く。背後からその背中を狙う塊が毛に覆われた目でじっと狙いを定める。そして駆け出した。

 ぐんぐんと周りの景色を抜かし男の背中目掛け、弓矢の如く駆ける。三十歩ほどあった距離は一瞬にして詰められた。背中に突撃される直前、男はさっと身を屈めた。


「今だ!」


 合図と共に、横路から網が放り投げられる。


「キィー! キー!」


 止まることが出来ず網にかかった毛玉は抜け出そうと暴れるが、網目が毛に絡んで余計身動きが取れなくなってゆく。やがて藻屑のように大量の砂とゴミを含んだ体毛に覆われた頭部が網をも巻き込み、横倒れした。その毛玉の上に、ラインツは馬乗りになってがっしりと押さえつけた。


「そのまま前足と後ろ足を縛れ」

「了解」


 アレックスが糸に繋がれた網を他方向から引っ張り毛玉の動きを封じている間、ラインツは両足で毛玉を挟みアレックスから借りた糸で前足を何重にも縛り付ける。


「ギリギリギリッガッガッ……」


 歯軋りする毛玉の太い後ろ足を掴もうするが、体毛がベタついて滑ってしまい一向に縛るに至れない。その間も毛玉はしぶとく抵抗を続け、ついに網が裂け始めた。ブチブチと繊維が切れる音にいち早く気付いたアレックスがラインツに知らせる前に、毛玉が網を引き裂いた。


「エル!」


 毛玉の振り落とそうとする動きにラインツはバランスを崩す。そして思わず離した後ろ足で強烈なキックを真に受けてしまった。


「ウグッ! うう……」


 毛玉の脚力は凄まじく、壁にぶつかったラインツには目もくれず、アレックスを軽々と飛び越え猛スピードで路地を逃げて行く。

 頭を打ったラインツは朦朧(もうろう)とする意識のなかで、グレタと過ごした家の風景が(よぎ)った。壊れた玄関、追突されてひっくり返ったときに見た天井、のし掛かって甘えてくるピンクの鼻。


「エル、毛玉は罠のほうへ向かった。追えるか?」

「追う。俺にやらせてくれ」


 アレックスの問いに即答したラインツは痛みに耐えながら立ち上がり、急いで毛玉を追い掛けた。

 この仕事は自分がやらなければならない。すべては自分の責任なのだ。

 遠くで物が崩れ落ちる音が響く。ラインツは夜の街を疾走した。



 目的地へ着くと、罠に嵌まり身体の後ろ半分を瓦礫(がれき)で埋められた毛玉がいた。必死にもがくが瓦礫の重さに身動きが取れず、荒い鼻息と歯軋りを繰り返しこちらを威嚇している。ラインツは毛玉から二十歩ほどの距離のところで足を止め、両手を広げて叫んだ。


「俺はここにいる! さあ来い!!」

「キー! ギー! ガッガッガッ!!」


 毛に覆われた頭部から鋭いげっ歯と丸い目玉が覗く。変わり果ててもとの愛らしい姿とは掛け離れたおどろおどろしい顔にラインツは胸が締め付けられた。


「ごめん、置き去りにしてごめん。俺を探してここまで来て……これからは何度でも受けとめてあげるから、さあ!」


 毛玉は薄汚れた鼻を数回ひくつかせた後一瞬硬直し、前歯を激しく鳴らし全身の毛を逆立てる。そして渾身の力で瓦礫をはねのけラインツ一直線に突進した。


 アレックスが罠の場所へ着いた時、ちょうど毛玉とラインツが正面からぶつかるところだった。


「エル! 避けろ!」

「止めろ!」


 短剣を投げようとするアレックスに、ラインツは目を逸らさずに怒鳴った。その直後、一人と一羽は衝撃音と共に一つの塊となり勢いよく転がっていった。



 耳元で懐かしい鼻息がする。プスー、プスーと甘えた鼻息。気が付くと、毛玉を抱き抱えるような体勢でラインツは地面に倒れていた。


「キャビン、ごめん。ずっと我慢させてしまって。これからは一緒に暮らそう、お前の本当の姿を見れば誰も怖がらないし大丈夫だ」


 体毛で覆われた顔を撫で、顔を近付けるとキャビンの舌が鼻頭を舐める。


「エル、それはお前のか?」

「……前に、世話をしていた家畜(キャビッツ)のキャビン。大切な家族だ」

「なるほど、長毛種のキャビッツだったのか! 飼い主を求めてエルに似た背の高い男を狙って甘えようとした結果、妙な噂が出来てしまったってわけか。毛刈りせずに汚れた姿が毛玉に見えただけとは」


 謎の毛玉の正体に、アレックスは意外そうな反応をした。キャビッツは、騎乗や荷運びに使われる馬に似たエゼルよりも大型の草食動物だ。三ヶ月に一度の周期で一羽あたりから獲れる毛の量が多く、温和で人懐っこい性格から飼いやすいことで寒い地域ではどの家にもいる主流な家畜でもある。

 ラインツはその巨大なウサギのような生き物を何度も何度も撫でる。


「よかった、夢じゃなかった……! 俺は確かにあの村で生活してたんだ……っ!」


 汚れが付くのも躊躇わず、ひたすらキャビンを抱きしめ続けた。本来キャビッツという生き物は甘えたがりで日に何度も撫でてやらねば寂しくて暴走してしまう。キャビンは一年もラインツを追い掛けて知らない街をさ迷い続け、念願の飼い主の元へ帰ってこれたのだ。キャビンは何度もラインツの胸に頭突きをするように体を押し付け彼の温もりを堪能した。


「キャビン、お前偉いな。シルタッハから城都までほとんど国の端から端までの距離だぞ、よく無事だった」

「プスープフッ」


 その様子を少し離れた場所から見ていたアレックスが軽く咳払いをする。


「感動の再会のところ悪いが、その獣は依頼人のもとへ届け然るべき処分を受けなければならない」

「俺がすべて責任をとる。キャビンはどこへも行かせない」


 アレックスはため息をついて頭に手を当てた。


「まずは話を聞け。そいつがお前の家族なのは充分分かった。だから今回だけ口裏を合わせてやるよ」

「アレックス……!」

「とりあえず依頼人には死んだふりして連れて行く。キャビッツだと分かればすぐに解放してくれるだろう」


 依頼人の館ではアレックスがすべて説明し、ラインツは後ろについてじっとしていた。アレックスはコルンブルーという社名を一言も言わず依頼人と交渉、契約しているようで逆にラインツは会話にまったくついてゆけないため喋らなくていいことに安堵する。結果ほとんど荷物運びのような存在だった。



 こうしてラインツはコルンブルーとして初めての仕事を無事終えた。死体演出のために眠らせたままのキャビンを担いでアジトに帰り、庭でキャビンを洗っているとアレックスが声を掛けてきた。


「エル、うまい話には裏があるって聞いたことないか?」


 ラインツの頭が理解する前にアレックスは今朝と同じように単調な声で命令を下す。


「ムスケル子爵の嫡男を暗殺しろ」


 朝日が昇り、色づいて行く街がいつもより眩しく感じラインツは右目を細めた。

いわゆる感動の再会ってやつでした! 細かいところは後ほど書いていきます。

キャビンは一章で登場するのでよろしければ読み返してみてください。

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