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青い手向け花

前話より少し多めです。

キャラ絵にナターシャのイラスト追加しました。

「合格だ。ま、及第点といったところか」


 糸使いはラインツを連れて街中を歩いた。ラインツより少し背が低いが引き締まった身体と軽やかな身のこなしはまるで熟練の戦士のようだ。また騙しているのではと疑っているラインツは、こっそり短い剣を握ったまま後ろを歩いた。

 狭い坂道を進んで二十分程経つと、住宅街のとある建物の裏口を抜けて敷地内へ入った。とても静かで落ち着いた雰囲気の家だ。涼しい日陰で囲われた中庭に出るとようやく糸使いは足を止めた。


「ここは俺達のアジトの一つだ。もし帰り道が分からなかったら大広場まで案内しよう」


 余計なお世話だと言おうと口を開きかけると、横から憎ったらしい声がした。


「やあ、思ったより遅かったね」

「ツァン……!」


 そこにいて当然かのように現れた出っ歯に、ラインツは思わず剣を握る手に力を入れた。


「いやあ……黙ってたのは悪かったけど、俺はただの仲介人なんだ。詳しくはそこのお兄さんに聞いてよ」


 慌てて柱の陰に隠れて悪びれもなくそう言うと、責任転嫁するように糸使いに投げた。


「ま、元はと言えば俺が彼に依頼してたのもあるしな。最も今回は悪用もされてしまったが……」


 ツァンを尻目に話を続ける。


「いきなり説明もなしに巻き込んでしまってすまなかった。詫びならいくらでも払おう」

「…………」


 頭を下げた糸使いに、ラインツはうまく言葉が出てこなかった。一旦剣を仕舞い、怒りを鎮める。

 実際に罪を犯してしまったのは己自身であり、恐らくこの男も利用された側なのだ。ふと見るとツァンは隣で明後日のほうを向いていた。


「俺は何でも屋みたいなものだからね。あそこの管理人から無賃借家の件で相談を受けてたんだけど、君が家を壊してしまったから逆に賠償金を払う羽目になったよ。ははっラインツ君はとんだじゃじゃ馬だねえ」


 ツァンの無神経な物言いにラインツは怒鳴った。


「人の生死が関わっているというのに、ふざけるなっ……!」


 憤るラインツに対し、二人は目を合わせ肩をすくめる。


「そもそも君がちゃんと自分の力を制御できないのが悪いんじゃないか。それを俺のせいにして怒るのはお門違いもいいところだね。……正直言うと、君は街にとってただの危険人物なんだわ」


 お前が言うな、と糸使いに諭されるもツァンは鼻で笑って中庭を去っていった。


「君の気持ちも分からなくはないが、我々はそういう社会で仕事をして生きている。今回の件も日常茶飯事(よくあること)だ。それとも君は、その見た目で、その血に染まった手で真っ当な人生を送れると思っているのか?」


 糸使いの言葉が容赦なく胸に突き刺さる。

 シュリーツベルクの兵士を、発狂して道すがらの人を、襲ってきた盗賊を…………いままでたくさんの人をこの手で殺めてきた。分かっているのだ。今の自分はレイヴンがいて初めて二本足で立てるのだと。こんな俺に街で生きる資格なんてあるのか? それとも研究所へ戻って一生実験動物として過ごすほうが役に立つのでは?


「っ!!」


 突然強く掴まれた両肩の痛みに顔を上げると、糸使いの真剣な眼差しと目が合った。


「俺なら君の居場所を作ってやれる。その人離れした能力も、弱い心も鍛えてやる」


 ラインツの心は揺れていた。この男は信頼できる相手なのか? それとも…………


「自己紹介が遅れてすまない。俺は秘密結社『コルンブルー』の代表(リーダー)、アレクシウスだ。ぜひ、君の能力をうちで役立てたい」


 彼の瞳はどこまでも真っ直ぐで、嘘をついているようには見えない。レイヴンがいない今、人殺しの自分が頼れるのはこの男しかいない。たとえ利用されても生きなきゃいけないんだ。いつかグレタに会うために……!


 ラインツは大きく深呼吸をした。閉じた瞼が震える。二人の間に沈黙が流れ、しばらくしてラインツは右目を開いた。


「わかった。あんたの会社に入る。でもあくまで俺が自立出来るようになるまでの間だけだ。それと……もしまた俺が誤って人を殺しそうになったら必ず止めてほしい」


 糸使いは安心したような笑みを浮かべ、両手を再びラインツの肩に置いた。が、触れた瞬間眉間の皺を寄せたラインツの顔を見てそっと離した。


「その条件は飲もう。決断してくれてありがとう。名前を訊いてもいいか?」

「……ラインツェールト」


 通称ではない、本名を伝える。


「ラインツェールト、ようこそ我が『コルンブルー』へ。俺のことはアレックスでもアルでもいいが、皆からはリーダーと呼ばれている。君はなんと呼べばいい?」

「じゃあアレックス。ラインツが長かったらエルでいい。もともとそっちで呼ばれていたから」

「そうか、これからよろしく頼む。エル」


 エルと呼ばれたラインツは、かつて研究所でヨハネがそう呼んでいたことを思い出す。断片的な記憶の中で彼は、本物の父親のように慈しんだ瞳を向けていた。


「うっ」


 沈みかけた日の光が目に入り、視界が現実に戻る。

 中庭へ繋がる通路を隔てるクローク扉の隙間から夕日が漏れていた。その扉に手をかけ、日陰で暗くなった中庭に一人の少女が入ってくる。年はナターシャと同じくらい。ピンと立った狐のような耳が小さな頭を飾っている。


「今日もお疲れ様。店忙しかったか?」

「いつも通りです」


 少女はアレックスに、抑揚のない小さな声で答える。


「紹介しよう。彼女は『コルンブルー』の一員、マリーだ」

「マルガリッド・ジェシカ・フリーマン。マリーは愛称です。よろしくお願いします」


 少女は彼の隣で無表情のまま会釈をする。常に目線が下向きでラインツに興味無さげである。


「俺はラインツェールト。よろしく」


 ラインツが握手するべきかどうか迷っていると、アレックスが先に話を進めた。


「彼女はこの街で薬草の専門店を経営している。俺がいないときは彼女の店を頼ってくれ。マリーも彼のこと頼む」

「わかりました」

「…………あとで店の場所案内するんだぞ」

「……! わかりました」


 感情が乏しいかと思いきや、少し抜けているようだ。

 さて、とアレックスがラインツと向き直る。


「メンバーは他にもいるが追々紹介しよう。なにぶん職業柄変わり者が多くて全員集まった試しがない!」


 笑い話のように言っているが、変わり者という言葉にマリーの耳が僅かに動いていた。


「君にやってもらいたいことは色々ある。最初のうちは俺と組んでの作業になるから難しくはないだろう。仕事が入ったときはその都度知らせる。だから休日は好きなことをしてもらって構わない。まあ仕事といってもしょっちゅうあるわけじゃないから暇なときは彼女の店の手伝いでもしてあげてくれ」

「わかった。……あの、一ついいか?」


 ラインツは遠慮ぎみに手を挙げる。


「なんだ?」

「さっきの詫びの件だけど……その、住むところを探してほしい」

「了解。物件を取り扱ってる知り合いに頼んでおこう。それだけでいいのか?」

「はい。他にはとくに……あっ、うーんまた思い付いたら言っても?」

「考えておこう。今日はもう日が落ちる。宿代は出すからゆっくり休んでくれ」


 小銭を受け取ったラインツは中庭を出て街の宿屋のあるほうへ歩いていった。

 彼の姿が完全に見えなくなってから二人は口を開く。


「どうだ、マリー」

「彼を監視している者が二人います。一人は接触可能。もう一人は我々の手に負えないと推定します」

「根拠は?」

「おそらく軍の関係者です。敵に回したら()()()です」


 マリーの報告にアレックスは腕を組んで考える。


「マブい、ね。これから面白いことになりそうだ」

「つまり忙しくなるのですね。わかりました」


 黄緑色の空に日没が近付いていた。アレックスの耳に付けられたピアスが夕日に反射し深い青色に光っていた。





 ラインツは大広場へ戻った。戦闘で負った傷と体力はとっくに回復していたが、その足取りはやや重くゆっくりとベンチへ向かっていた。今日一日で色んなことが起こり、どっと疲れがでたようだ。ベンチまであと十歩というところですれ違った人々の噂話が耳に突き刺さった。


“あの猛進のペギート、死んじまったんだってさ”


“へえー、一体何があったんだ?”


“すげえでかい暴漢に建物ごとぶっ飛ばされて、 医者へ運ばれたときは既に遅かったらしい。世の中何があるかわかんねーなあ”


 しばらく呼吸出来なかった。

 立ったまま固まるラインツの耳に、子どもの声が小さく響く。

 広場の隅でバケツを持った子供が二人、花を売っていた。ほとんど一人でバケツを持つ子は十歳くらいで、その子の服の裾をずっと握っている幼いほうの子は五歳いくかいかないくらい小さかった。道行く人に呼び込みをするが、誰も相手にしていない。バケツの中には花弁が閉じかけた青い花が数輪残っていた。


 気付くとラインツはベンチとは逆のほうへ足を動かし、子ども達のほうへ真っ直ぐ向かっていた。


「その花、全部もらいたい」


 声を掛けられると思っていなかった子ども達は、目を丸くしてラインツを見上げた。幼いほうは黒い角を見てくしゃっと泣きそうな顔をしてもう一人の背中にくっ付く。年上の子は服を引っ張られながらもぱあっと顔を輝かせて応えた。


「え! いいの?」

「今欲しくなった。全部は駄目か?」

「ううんっ! ありがとう!」


 ラインツが花を受け取り背を向けて歩き出した後も、子ども達は手と尻尾を振って何度もお礼を言った。


 紫掛かった青い花は萎れかけてもなお鮮やかで、美しく強かな生命力を感じさせる。その花を、人知れず壊れたアパートの前にそっと置いて行った。



 孤児院への帰り道、子ども達は空になったバケツを二人で持って寄り添うように歩く。


「こわいひと、いいひと!」

「うん! 明日の朝のスープはちゃんと具があるよ」

「やったー! ひさしぶりに具がたべられる!」


 細い小さな尻尾で元気にリズムをとりながら鼻歌を歌う義妹を見つめて、少年は青いヤグルマキクを買っていったいいひとに思いを馳せた。


「今日誰か死んじゃったのかな……」







 翌朝、借りた部屋の扉を開くと狐耳があった。


「…………」

「……おはよう」

「おはようございます」


 マリーはラインツと目を合わせずに挨拶を返す。背の低い彼女の少し眠たそうな視線はずっとラインツの胸元にある。

 一人で宿に泊まったラインツは、隣部屋の酔っ払いの喧嘩をBGMにして寝台に寝転がって一晩中起きていた。日が昇り、外へ出ようと扉のほうを見ると妙な気配を感じたため確かめるとマリーが扉の前に立っていたのだ。


「なぜここへ?」

「昨日私の店をご案内するのを忘れていたので今からついて来てください」

「来た理由はわかった。それでなぜここがわかったんだ?」

「あなたの匂いを覚えました。城都の四分の一の広さまでなら嗅ぎ付けることが出来ます」

「…………」

「足音も覚えました」

「いやもういい、支度するから少し待っててくれ」


 起き抜けのラインツは靴も履いてなければ頭もそのままである。 髪を編み込みながら、年下の偏屈な先輩との付き合い方を考えるのだった。

ツァンが一番動かしやすいです。必要悪キャラってすごく重宝します。

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