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赤い剣の悪魔

 山賊は二人ががりで荷馬車を襲ったようだ。アルフレットを襲った者と、御者を脅して荷馬車の主導権を奪う者。そして道を遮っていた布は山賊の仲間達に外され荷馬車が動き出す。ラインツはアルフレットの足を見る。どうやら致命傷ではないらしい。ラインツの視線に気付いたのか、焦り声で叫んだ。


(すね)を切られただけだ、私のことはどうでもいい。会長(ナターシャ)を守ってくれっ!」


 ラインツは頷くと、自分達の乗っていた荷馬車を放って、レイヴンたちの乗っている荷馬車のほうを向いた。どうやら山賊達のお目当ては荷馬車に積んである納品物ではなく、ナターシャ本人らしい。

 荷馬車は十数人の山賊に囲まれていた。荷台にはナイフを構えたレイヴン、その陰にナターシャがいた。突撃しようとしたラインツは一旦踏み込んだ足を止め、先ほどレイヴンに言われた言葉を思い出した。

 周りに注意しろ、その言葉の通り辺りを見渡すと、木々に隠れてボーガンをレイヴン達に向けている者がいる。奴はあちらに集中してまだラインツに気付いていない。ラインツは道端の小石を拾うと二、三歩助走をつけて投げた。


「うおおあっ!!?」


 小石は見事に命中し、破壊されたボーガンの破片が射手の腕に刺さった。武器を失った射手は逃げようと森の中へ入る。が、背中を蹴られうつ伏せに転んだ。


「うぶあっ! ……いってえ、なんなんだこれは! 上手い話があるって言うから乗ったのに!」

「その話、あとで聞くかもしれない」

「あがっ……う……」


 またしても殴って気絶させたラインツ。急いで荷馬車の元へ向かうと苦戦しているレイヴンと目があった。


「遅えぞゴラア!! 俺様君に重労働させんじゃねえ!!」


 言い返してやりたいところだが、いつもの覇気があまりない。盾にしている山賊を持つ左手が痙攣(けいれん)している。


「何をしたらいい?」

「喜べ相棒! こいつら全員殺っちまっていいぞ!!」

「…………了解」


 全然嬉しくない。けれど依頼を達成させる確率は格段に上がった。

 ラインツは山賊達へ真っ直ぐ走る。


「丸腰で何やってんだ? あの変な奴」

「さあな、仲間が襲われて自棄(やけ)になってんじゃね? ブヒャヒャッ」


 山賊達は完全に舐めていた。自分達が圧倒的に有利だと信じて疑わないのだ。彼の無様な姿を見ようと数人が振り返ってニタニタと笑っている。

 ラインツは走りながら下腹部に右手を(かざ)すと呟いた。


「……支配者よ、星の門を開け! 地底の世界より我に力を与えよ!」


 下腹部と右手の間に赤い六角形の光の輪が浮かび上がる。そして輪から出てくる赤く光る物を掴むと一気に引き抜く。次の瞬間、周囲に赤い血が飛び散った。


 彼の足元に転がる複数の死体。右手に握られている剣から滴る血。 フードの奥から覗く赤く光る目からは鋭い殺気が放たれている。


「なんだこいつ!? 囲め!」


 山賊達は慌ててラインツを取り囲むが皆及び腰で武器を持つ手を何度も握り直す。

 ラインツは血のついた剣を放り捨て、新たな剣を引き抜く。そこへ同時に三人斬りかかってくる。右方向からの二人を右手の剣で抑え、もう一人の左方向からの攻撃に対し三本目の短い剣で跳ね返し下段から腹を貫く。一人を倒すと右手の二人を一気に押し倒し、素早く喉笛を横一直線に斬った。


 そこからはラインツの独壇場(どくだんじょう)だった。


 赤く輝く剣を光の輪から次々と召喚し、異様なスピードで山賊達を斬殺していく。その剣技はデタラメのように見えて実に筋の通った型をしていた。剣の勢いを殺さずに敵の急所を的確に狙い、確実に息の根を止める。そうしてあっという間に山賊は全滅し、残るは頭領の男のみとなった。


「お、俺らはただ頼まれて荷馬車を襲っただけだ! なあ話し合おうぜ。この世には取引ってえ言葉があってな…………」


 背後に荷馬車、前方にラインツと、挟まれた頭領は必死に策を練った。しかしラインツは無言で近づく。頭領はかなり怯えた様子で声を震わせていた。


「なあ山賊の旦那よお、ひとついいか?」


 背中でナターシャを庇っているレイヴンが問いかける。


「な、なんだ……?」


 恐る恐る振り返る。


「取引ってのは相手にその気があるときにするもんじゃねえのか?」

「あ?」


 頭領の背中に赤い刃が飛び出る。心臓を一突き。血溜まりに倒れ、己に起きたことを確認する前に生き絶えた。上着の内側に伸ばされた手には紐の付いた細い筒が握られており、おそらくこれが彼の生命線(頼みの綱)だったに違いない。レイヴンが指差して言った。


「こりゃあれだな。発光菅。もう少しで使われるところだったぜ」

「…………怒らないのか?」

「は? 何が?」


「護衛対象のアルフレットに怪我を負わせてしまった。前の荷馬車を盗られてしまった。……簡単に罠に嵌まってしまった…………」


 ラインツはレイヴンに怒られるのが非常に恐ろしかった。いつ怒られるのか、どれくらい怒られるのか………………


「グズグズしてる暇あったらさっさと着替えて支度しろ。まだ依頼は終わってねえぞ」


 反り血を浴びて血だらけになったラインツは、殴られると思ったその手で頭を優しく撫でられ、ほっと息を吐いた。


「レイヴン…………、あ、その……埋葬してもいい?」

「チッ……なるべく早くしろよ」


 ラインツは元気よく頷くと、荷物の中からスコップを取り出し道の脇の森の中にせっせと穴を掘り出す。その間、ナターシャ達は荷物の整理と、今後の予定について話し合っていた。


「アルフレット。足の怪我見せて、ちゃんと手当てするわ」

「大丈夫ですよ、大したことないので」


 治療はいらないと断るアルフレットと、食い下がるナターシャ。年の離れた仲のいい主従にレイヴンはつい欠伸が出る。


「どうせあんたは盗られた荷馬車の御者に気ぃ遣ってんだろ、おそらくこの道進めばすぐ見つかるぜ」


 荷台に胡座をかいて寛いでるレイヴンのほうを二人は振り返った。


「別に私は気など…………えっと、見つかる? なぜそう言えるのですか?」

「まあ、見ればわかるさ」


 説明を省くレイヴンに、ナターシャが話し掛ける。


「荷馬車とうちの従業員が取り戻せるのならそれにこしたことはないわ。それにしても……ラインツさんの能力、あれはご本人でちゃんと制御できるものなの?」

「ああもちろん、俺が調教したからな。俺の言うことならなんでも聞くぜ」


 自信あり気に答えたレイヴンに、ナターシャは一旦口を開きかけたが相づちを打って無理矢理納得しようとする。


「私は彼をあまり信用出来ません」

「アルフレット!」


 彼はナターシャの制止を振り切って強い口調で訴えた。


「我々にとって未知の能力を使って人を殺しただけでなく、顔も見せない輩をどう信じろと言うのですか? 私は恐ろしいのですよ……御者のへルマンだって同意見です。お二人とはここで契約を切るべきです」

「アルフレット……」


 ナターシャは部下の気持ちも大事にしたい思いと、依頼をこんな形で終わらせたくないという思いで揺れていた。膝の上に置いた握り拳をじっと見つめ、考える。


「ならあいつの顔見るか? ようは誠意を見せろって言いたいんだろ、てめえは」

「なっ、それだけで納得できるか……」

「おいラインツ! こちらのお方がお前の顔を見たいんだってよ!」


 アルフレットの反論を遮るようにわざと大声でラインツを呼ぶ。ようやく殺した山賊全員ぶんを埋め終わったラインツは顔を上げ、荷馬車のほうへ戻って来た。


「レイヴン、見せても大丈夫なのか?」

「ああん? 今更だろ。商人にとって自分から取りに来た契約を途中で切るなんてダセえ真似を言いふらされるほうがずっとマズいだろうよ」


 険しい顔をしたアルフレットがギクッと体を硬直させる。


「わかった」


 ラインツはレイヴンの横に座るとフードを外して素顔を出した。


「!!?」

「悪魔!?」


 アルフレットはナターシャを庇うように立ち上がろうとし、足の怪我を思い出して悶絶した。


「我々を騙したのか……!?」

「ひっでえな~こいつは人間だよ。()な」


 ぐしゃぐしゃに伸びた黒髪から歪に生えている角、真っ黒な肌、そして夜空に星を散りばめたような独特の紫と金の瞳。そして作り物めいた容姿。()()()()人の形をしているとはいえ、明らかに人間ではない姿はいつだって迫害の対象だ。

 そしてこの世界には、ゲームのように、ゴブリンやオーク、エルフ等といった形の違う種族を呼ぶ名称がない。どんな頭や手足、尻尾など特徴があろうと言葉を交わすことの出来る者は皆、人と呼んでいる。ラインツも例に漏れず人の筈なのだが、褐色肌ではなく()()()()()()()()な肌にどの生き物にも見られない歪な形の角が、本人の意思とは関係なく自然と恐怖を煽ってしまっているのだ。

 最も、支配者の存在自体が世間には知れ渡っていない機密情報である。



理由(わけ)あってこんな姿をしているが、こいつはヴェスティア帝国出身だ。慈悲深い俺様君が故郷(ふるさと)へ戻してやろうと尽力してやってんのよ」


 レイヴンがわざとらしく嘘泣きして説明すると、言葉に詰まったアルフレットの代わりにナターシャが話を進めた。


貴殿方(あなたがた)の事情はなんとなくですが察していました。……とても苦労をされてきたのですね。先ほどは不躾な態度をとってしまい大変失礼いたしました。当初の予定通り、引き続きケーニッヒブルクまでの護衛をお願いします」

「会長…………」


 へルマンも上の命令なら、と微妙な顔をしながらもエゼルに鞭を振るって進ませる。荷台に四人乗ることになり、二台に分かれていたときよりも少々重たい感覚がした。

ラインツは単に人を殺すことに躊躇がないわけじゃなくて、レイヴンに怒られるほうがよっぽど恐ろしいということです。今後、異世界において悪魔に相当する単語を思い付いたらルビ付け加える予定でいます。

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