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油断大敵

 食事と休憩を終えた三人は、準備のため一旦別れて現地集合となった。ナターシャは一人で依頼しに来たかと思われたが、外で待機させていた使用人を連れて自らの拠点へ向かった。

 日が暮れて、ラインツとレイヴンは宿舎にて早々に荷造りを終え、明日の出発に向けて休息をとっていた。


「レイヴン、なんであの依頼受けようと思ったんだ?」

「んなもん聞いてどうする」


 ずっと気になっていたことを聞いてみたが、やはりまともな返事は来ない。


「だってなんかややこしそうな話だろ。首都公認の商会がいきなり流れ者を雇うだなんて。それに会長自ら出向いてまで」

「ああ、お前あのガキが嘘ついてると思ってんのか」


 相変わらず馬鹿だな、そう吐き捨てると磨いでいたナイフをラインツの方へ投げ飛ばした。それを刃身に触れないよう右手で掴むと、(ほころ)びを直した鞘に戻してレイヴンに投げ返した。


「言われなくても出来るようになっただけマシか、お前元々クソ頭悪いからな」

「そんなことより……本当にあの子を信じるのか? 詐欺かも知れないぞ」

「はあ~……わかった、俺様君がぜーんぶ丁寧に説明してやるから今日はもう喋るな」


 完全に呆れ口調である。そしてこうなったとき、一言でも喋れば殴られ、喋らなくても翌朝まで口を訊いてくれない厄介な癖があった。


「いいか、まずガキが持っていた商会の認可証はモノホンだ。これは俺が保証する」


 とりあえず頷く。


「次に、俺らを雇ったのは他が信用できねえってことだ」

「?」

「まだわかんねえのか……同業者に狙われてるってことだよ、あのガキ」

「!?」


 だからと言って、こんな怪しい男を雇うなんて……、ますます混乱してきたラインツの頭にベルトが降ってきた。


「っ!!」


 バチンッと顔面に勢いよく当たり、必死に声を抑える。


「なんでか知らねえが、帝国の援助を受けられねえ他所の土地であいつは(わら)にもすがる思いで同じ帝国民の俺らに頼み込んできたってわけよ」


 ベルトに解れがないか確認し、荷物のそばに丸めて置いた。


「んで、あのガキ随分と目利きが効くみたいだな。俺らが逃亡生活をしていて、帝国へ帰る方法を探しているのをあいつは即座に気付いた。そんで実戦経験あることもな。あいつはあいつで部外者を雇う必要があったから、俺らに餌を持ち掛けて来た。餌ってのは、帝国の入国に必要な許可証だ。入国証明書。道中手に入らなければ法外な手段も考えてはいたが、国公認の商会ともなれば国境などどうにでも越えられる。ま、お互い得し合う算段だ。おうラインツ、もうコソコソ隠れて暮らす必要ないぞ!」


 説明を聞いたラインツは一瞬希望を見出だしたが、すぐに目を曇らせた。


「なんだその辛気臭え顔は……ああ、お前元から戸籍(こせき)持ってなかったっけ」


 そうじゃない!!

 ラインツは目で訴えた。組織の人間に所在がバレるのが怖い、帝国へもう近付きたくない。


「あー……お前の言いたいことわかったわ。言い忘れてたが、つい先日、(ほし)知慧教団(ちえきょうだん)の連中と話ついたんだわ。俺が監視する間、お前は自由にしていいってな」

「は…………?」


 開いた口が塞がらない。

 一体いつの間に……!? まさかこんなあっさりと逃亡生活が終わるなんて予想だにしなかった。


「……っ嘘じゃ、ないんだろうな……?」

「ハッ! 俺様君を疑うとはいい度胸だな。今夜くらいは俺様君に感謝して寝ろ」


 ラインツは涙を溢して微笑んだ。


「嫌だ!」


 この後、彼の気の済むまで殴られ続け、いつの間にか気を失い日が昇るまで熟睡した。





 翌日荷馬車に揺られながら、ラインツは一人で遠くの景色を眺めていた。

 早朝はようやく終わった逃亡生活に鼻歌を歌いだすくらい気分が乗っていたのだが、想像を絶するほど荷馬車の揺れがひどくてそうはさせてくれない。まるで永遠と洗濯機の中にいるような感覚である。近くの景色を見続けていると目が回り、昨日食べた豆料理が戻ってきそうなのだ。


 ブルツァネッカ商会の荷馬車は二つ。どちらも四輪タイプで乗り心地は最悪。それぞれの御者(ぎょしゃ)が二頭のエゼル(馬を毛深くしたようなクリーム色の大人しい動物)を操り、所々雪が残っている道を難なく通り抜ける。前を行く荷馬車に使用人のアルフレットとラインツ、後続車にナターシャとレイヴンが乗り、お互い異常があれば合図を送ることになっている。


 昨晩殴られた箇所はもう痛くなかった。怪物化してからは外部の衝撃に強くなり、むしろレイヴンのいいサンドバッグになっていた。


 しかし暇である。

 同じ荷台にいるアルフレットはこちらを一切見ない。出発前に挨拶はしたが、業務的な言葉しか口にしない性格の男のようだ。むしろ警戒していると言ってもよい。彼らはすでに襲われて元いた護衛を失っているのだ。


 何度目かの休憩を済ませ、日が下がり影が伸びてきた。

 そろそろ国境沿いの山林に差し掛かる頃。当初の予定では直近の町で一晩過ごすはずだった。

 が、目的の町には人一人いなかった。すべての建物が頑丈に雨戸が閉められており、静かに佇んでいる。


「こりゃあ誰もいねえな」

「……またしても、課題が増えました」


 通りかかった地元の狩人に聞くと、町の住民は大雪による雪崩(なだれ)の被害を恐れ、別の町へ避難しているという。あと一週間ほどすれば戻ってくるだろうと言われたが、ナターシャは険しい表情をしたままだった。

 これから一番近くの町までは間に合わない。着くまでに日が暮れてしまう。


「仕方ありません。屋根がある場所にエゼルを休ませて、今夜は野宿します。皆さん、体調管理に気を付けてください」


 淡々と指示を出すナターシャだったが、その顔には寒さと疲労が溜まっているためかやや青白く見えた。



 ブルツァネッカ商会と、ラインツとレイヴン。それぞれ別れてテントを張り、ラインツ達は夜通し交代で見張りをした。

 そして翌朝、再び荷馬車は走り出す。


 雪雲ではないどんよりとした灰色の空が一行を見下ろしていた。

 まだ昼過ぎだというのに薄暗く、道に彼ら以外の通行者は全く見られない。レイヴンから周りに注意しろと身振りで言われた。


 それからしばらくして、前方を見張っていると道を横切るような黒くて細いなにかが見えた。早速合図の笛を鳴らす。

 

 近くまで来て停めた荷馬車から降りたラインツが確認すると、道の両側にある木にくくりつけられた長い布が張られているようだった。これでは荷馬車は通れない。いたずらにしては悪質すぎる。御者には臨時体制をとってもらい、布を外しにかかった。

 布に手を掛けた瞬間、背後から黒い影が襲ってきた。

 すんでのところで道に転がって避けると、棍棒を構えた刺客(しかく)がチッと舌打ちをし片手を上げ何か合図を送る。


 まずい!


 刺客を殴って気絶させると急いで揺れている荷馬車の反対側へ回った。


「単純な罠ほど気を付けろってな」


 アルフレットが地面に横たわって足を押さえている。荷台の上には血のついたナイフを持った山賊の男が笑っていた。

長くなったので次話に分けました。

レイヴンがよく喋るので前より会話率上がった気がします。

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