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隻眼の怪物

まだ日付越えてない、間に合った……

 湖の底で黒い(もや)に包まれたラインツは、意を決し赤い門へ自ら寄っていった。水中から出なければ怪物は実体化しないのではと推測したのだ。そして二つの世界を渡るには子宮が必要不可欠となる。ならば実体化する前に、門の媒体としての子宮に閉じ込めてしまえば己の意志でコントロール出来る……。

 門から黒い帯のような靄が伸びる。帯はラインツの腹部に吸い寄せられるように揺らめき、数を増やしていく。


 支配者よ 吾こそが鍵であり贄である 喰らうがいい!!


 右目を赤く光らせて心の中で叫ぶと、黒い靄は一気に膨れ上がりラインツの中に入ってゆく。身体の中に己とは別の存在が入ってくるのを感じた。

 そしてすべてが入りきると、今度はラインツの体内から出ていこうとする力が働いた。絶対出すものかと腹を抱えて縮こまり、子宮の中で蠢く存在にひたすら耐え続ける。このまま体内に閉じ込めれば支配者は贄を喰らうことも実体化することも出来ないだろう。ラインツは策が上手くいったことに僅かな達成感を覚えた。

 しばらくしてようやく体内の動きが治まると、ほっとし、全身の力を抜いてしまった。


 気を失う直前、まるで嘲笑うかのような声が聞こえた気がした。



 トキナーは戦斧がびくともしない様子に、すぐさま距離をとり、新たな武器を取り出した。大人の腕ほどに太い鎖が伸びる鉄球を怪物目掛けて投げ飛ばす。鉄球は命中した。が、怪物は倒れない。ゆらりと動いたかと思うと教団長がいる方へ猛スピードで迫った。

 シュリーツベルク軍がそれを阻止しようと、数人が盾を構え行き先を阻む。しかし金属製の分厚く重たいはずの盾は黒い帯に跳ね返され、まるで木の葉のように散らされる。

 慌てる教団長と手も足も出ない兵士達。と、怪物の目の前で鉄球が地面を抉った。怪物の進行が止まったことに教団員達は安堵の笑みを浮かべる。しかし司教と呼ばれる者だけは険しい表情で怪物とトキナーの攻防を見届けていた。

 鉄球を回収したトキナーは身ひとつで怪物の攻撃を飄々と避ける。


「オラオラッどうした! 同じ方向から何度やっても当たんねえって教えただろうが!」


 その動きは、つい先日までトキナー自ら教えていたときによく見たものだった。怪物は元の姿も正気も失っていたが、身体に染み付いた癖は覚えていた。時折呻き声を漏らしつつトキナーの攻撃を避けようと奮闘する。が、受けた衝撃の流し方が分からず身体全体で受け止めてしまっていた。そのため次の攻撃に備える余裕がなく、スピードに勝るトキナー連続で攻撃を打ち込まれる。


「せっかく怪物になったんならもっと本気出せよ! つまんねぇだろうがオラァ!!」

「……!!?」


 苛ついたトキナーの拳が男の顔面にめり込み身体ごと吹っ飛ばす。怪物は再び湖へ落とされた。


「さっきより弱くなってんじゃねえか? チッ、今までで一番倒し甲斐ねーじゃん。クソがっ」

「……ウ……グウ、フウウ…………っ」


 重たい武器をいくつも操り激しい戦いをしていたというのに、彼は疲れている様子は微塵もない。一方怪物は苦し気に呼吸を繰り返していた。化け物じみた身体能力の持ち主は、もはや怪物以上の存在だった。


「トキナー、遊んでないで早くしろ。我々はただこいつを檻に入れれば良いだけだ。」

「隊長もつれないですね。|こいつとは結構いい仲だったじゃないですか」

「それも仕事の内だ」

「ふーん……ま、いいですけど」


 再び視線を湖に戻す。湖は暗闇に溶け込み水が跳ねる音だけが響いていた。しかしトキナーには見えていた。無様な弟子(ラインツ)の姿が。


 一方、離れた場所から傍観していた教団の者達は先程までの興奮を他所に、段々と飽きを感じ始めていた。


「どうやらこの支配者はあまり好戦的ではないようだね。積極的に剣を習っていたというわりには、不思議なものだ」


 冷めた声で遠回しに指摘されたヨハネは焦っていた。


「ご期待に沿えず申し訳ございません……。まだ肉体が完全ではない為かと思われます」

「おや、君にはあれが完成形でないと? 私はこれまで全ての儀式に参加してきたが、湖から出現した怪物が能力を高めることは今までなかった。それは君も知っている筈だが…………まあ、面白い見解だね」


 もはやヨハネには言い訳すら許されなかった。


 湖に落ちた怪物はしばらく上がってこなかった。ひどく不安定な動きで必死に起き上がろうとしているが、上手くいかないようだ。水浸しになっている為か、凍えて身体が痙攣するたびに肌が変化し苦しそうに呻く。かつてラインツだった怪物は今や辛うじて人の形をとっているに過ぎなかった。

 だが、それでも彼には大切な人へ届けたい言葉があった。上手く制御出来ない身体を必死に動かして彼女の前まで進む。四つん這いで近付いてくる彼を逃げるでもなくただじっと彼を見つめている。


「ハア、ハア…………フウウ……グレタァ……」


 ようやく湖から上がった怪物は、赤い光を失っていた。湖によって泥が洗い流され、荒い息をするラインツの姿が露になる。


 彼の姿はまるで分厚い鎧兜を身に付けているかのように武骨で大きくなっていた。両耳の上部に歪な巨大な角が生えており、その重さで頭をふらつかせる。

 肌は木炭のように黒く、顔に貼り付いた髪もまた黒く染まっている。懸命に彼女を見る彼の瞳は元の茶色ではなく、深い紫色と金色が混じり、まるで夜空に輝く星々のような虹彩が妖しい雰囲気を出していた。

 そして、何度か深呼吸を繰り返した後ゆっくり口を開いた。


「グレタ……、支配者は俺の中に封印したから、この世界は怪物に壊されないよ……もう安心して」


 一瞬、沈黙が広がる。


「……何を言っているのかしら、気持ち悪い。エルナ、早く()()を檻に入れてちょうだい。あーあ、私はまた失敗したのね。」


 ため息をついたグレタは彼に興味を失い去ろうとする。後ろを向いたときに赤い髪が広がり、照明に照され毛先が橙色に染まっていた。


「グレタぁ……グレタ、待ってくれ、俺はっ」

「騒ぐな!」


 離れて行く彼女に伸ばした手が剣で遮られる。鋭い切っ先を向けるのはエルナだった。


「お前はこれまで通り研究所と我々シュリーツベルク軍の監視下に置かれることとなる。長く生きたければ大人しくしろ」


 ラインツを兵士達が拘束する。また実験動物のような扱いを受けるのか…………。師匠はもう師匠ではない。もう以前のグレタはどこにもいない。もうヨハネは、お父さんじゃない。俺は……俺は…………


「ッウウ…………ウアアアアアアアア──────!!!!」


 まるで黒い鋼鉄の鎧のように変化させた腕で鎖を引きちぎる。腹から湧き出る禍々しい力を目一杯放出させ、黒い帯を大量に出した。エルナを突き放し、トキナーが襲い掛かってくるよりも速く、その場を離脱した。


「逃すな! 追え!」


 兵士達はラインツの後を追うように駆け出す。しかし彼らがラインツの姿を確認したとき既に彼は山の斜面を恐ろしい速さで駆け上がっていた。


 走る走る。ひたすら獣道を走る。毎日の山登りのおかげで暗くとも足場が分かる。ああ、もっと速くしないと彼らに追いつかれてしまう。

 身体がどうなっているのか知りたくもないのにときどき下を向いてしまう。月が上がり、彼の身体をわずかに照らす。儀式の前に着ていたローブはボロ雑巾のように引き裂かれ、その下は一瞬何も見えないのかと思うほど黒くて硬い肌が主張していた。


「う、うう、うええ……っ!」


 なぜこうなってしまったのか分からない。怖くて、悲しくて、ただひたすらさみしい。

 ふと、見上げた先には見慣れた町並みがあった。キイッとゆっくり玄関を開け、覗く顔がひとつ。


「誰? ……もしかして、ラインツさん?」

「……!?」


 いつの間にか、シルタッハまで来ていた。つい足を止めたラインツに走り寄ってきたクララが心配そうに声を掛ける。


「やっぱりラインツさんなの!? 一体どうしたの?」

「あ、う、……くっ!」


 なぜこんな姿となった自分を分かったのだろう。しかしこれ以上彼女を巻き込んではいけない。本来なら苦しまずに済んだはずの少女に、ほんの僅かに助けを求めようとした自分に吐き気がした。


 彼女の前から素早く姿を消すと、今まで行ったことのない道をひたすら走った。出来るだけ遠くへ。しかし一度も歩いたことのない場所である。シルタッハの街を出て幾ばくかしないところでラインツは道の凸凹に足元をとられ派手に転んだ。身体がバンッと大きな音をたてて転がってゆく。

 しばらく立ち上がれなかった。家族も家も何もかも失った。もう帰る場所がない。いや、最初から何もなかった。そう自覚すると身体に力が入らなかった。


「うう、グレタ、グレタぁ……」


 泣きたいのに上手く泣けなくて唸り続ける。声が枯れてきた頃、道端の砂を踏む音が聞こえてきた。ラインツは仰向けになってただ漠然と夜空を見つめたまま動かなかった。


「よお、鬼ごっことは随分とダセぇ遊びしてんじゃねえか」


 鷹のような鋭い目付きに、汗がにじみ出ている髭面。ニヒルな笑みを浮かべた彼が腰に手を当てて立っている。やってきたのは意外な人物だった。


「俺様君…………」

「その呼称を使っていいのは俺様君だけだ!」


 髭面の男は眉をつり上がらせて怒鳴った。今やその大声ですら頭に響く。頭痛に顔をしかめたラインツを見て彼は嘲笑した。


「俺の名はレイヴン。 そろそろ盗賊の真似事も飽きたしなぁ、暇潰しにガキのお守りをしてやってもいいぜ!」





 空が白んできた頃。

 照明器具が片付けられ、星の知慧教団の団員達は皆とうに解散していた。


 静かな湖畔に佇む一人の娘。


「ラインツ、ごめんね、本当にごめんなさい…………。こうするしか方法がなかったの。どうか生きて…………私を恨んででも生き続けて……!」


 その赤い目から延々と涙を溢す後ろ姿を睨む男の影があった。

 これにて第一章は完結です。ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。初めて連載小説というのを書いてみたのですが、想像以上に難しいです。漫画描きてぇ~って気分になります。


 怪物にされてしまったラインツと、彼を追うエルナ率いるシュリーツベルク軍の兵士達。そこへ突如現れた謎の男レイヴン。ラインツの運命やいかに!!?


 次章からは、ラインツとレイヴンの二人による冒険が始まります。レイヴンが何者なのか、なぜラインツが彼に見覚えがあるのか、本編でも触れていますがここであえて少し解説します。ラインツが異世界転移して初めて訪れた村を襲っていた盗賊の頭、それがレイヴン。そのとき村の少女クララを救おうとして怪我をしたラインツをリンチした張本人です。

 絶望に淵に立たされたラインツは立ち直れるのか!?

 そしてグレタの本当の気持ちがラインツに伝わる日は訪れるのか!?




 とにかく書くスピード速くしたいです。

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