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被検体Lによる儀式

 日が大分沈んできてラインツはいよいよだなと冷静に構えた。もう逃げられないことはわかっていた。そのせいか、突然入ってきたエルナに両腕を縛られた状態で連行されているときも自分の足でしっかり歩いていた。丈の長い雨ガッパのような上着を着せてもらってはいるが、冷たい風が上着を通してラインツの体温を容赦なく奪っていく。

 連れられた場所は、グレタの家とシルタッハの間にある湖だった。夕日に照らされた湖は底が深い緑色で覆われておりどことなく不気味に感じられた。


「ここは……最初にいた……」

「そう、君がこの世界に召喚された場所だよ」

「地底の世界へ通ずる門、ティーフロッド湖だ」


 ザリッと砂を踏む音のほうに顔を向ける。声を掛けてきたのは数時間ぶりに見るグレタとヨハネだった。そしてその後方に丈の長いローブ状の服を着た男が数人、ラインツを値踏みするように見ていた。


「これがあの被検体か、ちゃんと鍵になれるのだろうな」

「ご心配なく。儀式は必ずや成功するでしょう」

「だといいのだがな」


 一番偉そうな態度をとっている中年男はヨハネにケチをつけるとラインツのほうを忌々しげに見た。


「ほう、流石地底の世界の住民だな。腹に異物詰め込んでも平気だとは」

「………………」


 グレタの子宮を異物呼ばわりされるのは癪だが、今のラインツには器の小さそうな奴だ、としか感じなかった。それくらいあまり印象に残らない人物である。男からの視線は出来るだけ無視した。


「まあまあ、始める前からそうキツく言わなくてもよいでしょう。ヨハネ殿が手塩をかけて育てたのだ、私は期待しよう」


 ヨハネにフォローを添えたのは丈の長い外套を着た気さくな男だった。着ているものからして中年男と同等の地位を持っているようだ。気さくな雰囲気が周囲との差異をより際立たせる。ヨハネより一回りほど年配のこの男はどうやら彼より上の立場らしい。


「そうおっしゃて頂けるとたいへん嬉しいかぎりです、ノース司教」

「三年間の集大成、楽しみにしてるよ」


 どことなく似ている二人。しかしヨハネは僅かに笑顔が強張っていた。あのヨハネが珍しい。ラインツは目を細めた。

 そうこうしているうちに星の知慧教団の団員が集まってきていた。ローブを着ている者が十数人、シュリーツベルク軍の兵士が二十人ほど。



「この湖の底が古の(ウーア・)支配者(アルテヘルシャー)が眠る世界へ通じている。さあ、早速儀式をはじめましょう」


 ノース司教の声が合図となり、周囲の人間が一斉に動き始める。

 湖の側にある納屋ほどもある巨大な檻に兵士が配置につき、岸辺には四、五人が乗れそうな小さな木舟が出される。皆ラインツが着せられている上着と同じものを羽織っているが、檻の近くにいる者は全て武装したシュリーツベルク軍の兵士だった。


 (かい)を持った兵士二人とラインツを乗せた舟はゆっくり進んだ。


「ラインツ、おいラインツ!」


 小声で鋭く呼ばれて振り返る。後ろに立つ兵士はエルナだった。


「ラインツ、今は何も信じられないだろうが、お前はお前だ。それだけは忘れるな」

「…………?」

「儀式に必要な呪文が書いてある。念のため持っておけ」


 エルナから細い紐で括ってある紙筒を否応なしに手渡される。

 呪文はすでに暗記していた。この世界で覚えた言語が、呪文を正確な発音で唱えるための練習となっていたためすぐに覚えることができたのだ。すべてはこの日のために。すべては…………


 なら、どうしてエルナは剣を教えてくれたんだ?

 儀式に剣は必要ないのに、どうして俺の我が儘に付き合ってくれたんだ?


 しかし彼女はなにも言うつもりがないようだ。表情をピクリとも変えず、櫂を漕いでいる。

 ラインツを乗せた舟が湖の中央までいったところで止まる。縄を外されながら舟が出た方向を見ると、岸辺には同じ格好をした者が十人ほどこちらをじっと観察していた。

 そこにはグレタとヨハネの姿もあった。二人の顔を見ようとし、顔を上げたが再び視線を水面に戻した。深い水底をじっと見つめ、やがて片手を湖に入れた。


「覚醒せよ 偉大なる古の支配者よ


 我は星の門を開く鍵なり


 鍵穴の在処を示せ 地底の世界の住民よ


 贄を喰らうて 我を誘わん


 偉大なる古の支配者よ 再び彼の地を赤く染めよ」


 湖に向かって呪文を唱えるラインツ。その後ろ姿を観察する教団の者達。

 一日の最後の光が完全に山々に隠れた瞬間、一切の音が止んだ。


「…………!?」


 突然湖が赤く光り、その眩しさに目を瞑る。


「地底の世界の人形よ、贄となれ」


 誰かの声がして、ドボンッと水の中へ逆さまに落ちた。

 いや、落とされた。


 口と鼻から空気の泡を溢しながらラインツの身体はどんどん沈んでいく。日が一切射し込まない深い、深い湖の底へ沈んでいった。


 支配者など本当にいるのだろうか?

 そう感じ始めたが、息が苦しくなりラインツは願ってしまった。


 苦しい! 逃げたい! 助けてほしい!


「ゴボッ!!」


 けれどここで逃げたらグレタはどうなる?

 ラインツは必死に己の弱い心を抑えた。

 だんだん遠くなる意識の中、最期に見たいと思ったのは赤い髪と赤い瞳だった。それからしばらくして、ラインツの肺から空気がなくなった。



 ラインツは腹の手術痕を押さえ込むような格好で湖の中を漂っていた。ゆっくりの落ちてゆくその先には赤い光が出ていた。湖の底に広がる赤く光る巨大な六角形は落ちてくる彼の身体を吸い込むようにさらに水底へ誘う。そして六角形は縦に二つに分かれ、観音開きのように動いた。

 門の向こう側は暗闇で何も見えない。ただでさえ、夕暮れ時の暗い水の中である。どうせ死ぬのならどうやって死ぬのか最期まで見ておきたい、朦朧とする意識を引っ張り、湧いた好奇心でラインツは目を凝らした。


「…………!」


 突如黒い(もや)が発生し、あっという間にラインツを包み込んだ。そして何かが近付く。恐ろしい何かが。

 ラインツは言い表せぬ恐怖に怯え始めた。己は得体の知れない怪物を召喚してしまうのか、その怪物に食われるのではないか、それは耐え難い痛みを伴うのではないか。次々と溢れだした恐怖はどんどん彼の頭の中を支配する。膝を抱え身体を折り畳むようにして頭を隠した。恐る恐る目を開けて視界に入ったのは自らの腹。その腹に六角形の光の輪が浮かび上がっていた。何度も瞬きを繰り返して思考する。そして一つのアイデアが浮かんだ。


 グレタがくれた素晴らしい世界を壊すわけにはいかない。たとえこの身がどうなろうと彼女を守ってみせる。さあ、支配者め、かかってこい!


 湖の水面が不気味な光を発する。

 水面上に真っ赤な六角形の光の輪が浮かび上がり、そしてついに支配者の封印が解かれる。





 夕日が沈みきり、紫色の夜空が広がっていた。

 湖を囲むように半円状に等間隔に設置された照明器具に火が灯され、教団達の影が揺らめく。

 赤くぼんやり発光したまま静かだった湖の水面(みなも)に起伏が生まれる。


 バシャンッとともに真っ黒な帯状の泥が湖に出現した。

 おお!!とどよめきが起こる。皆口々に期待のこもった歓声が上がる。


「黒いの……!!」

「あれって支配者? それとも眷属?」

「流石あの娘が召喚した人間なだけあるな……」


 まだ初潮も始まっていない幼い少女から老人まで、教団の者は皆湖に釘付けである。


「おお!! 儀式は成功したのか!?」

「まだなんとも、……引き続き警戒体勢を」


 ヨハネは確信していた。あの子ならやってくれると。神妙な顔の裏ではその場で飛び上がりたいほどの達成感を抑えていた。

 一本一本が意思を持っているかのようにうねりながら岸辺へ近付く。蠢く帯の塊から赤い光が瞬いた。


「教団長、成功でございます! 教典によればこの赤い光は地底の世界のもの」

「ならば早くしたまえ、まったくようやくか……」


 嫌味を吐く上司を横目にヨハネは兵士に指示を出す。


「トキナーはどこにいる! 彼に捕獲させろ!」

「待ちくたびれましたよ、旦那」


 命令を掛けたときにはすでに飛び上がり、身の丈が二メートルほどある黒い怪物に戦斧(ハルベルト)を大きく振り被っていた。

 ガンッと金属がぶつかる音が響く。

 ボトボトと泥のように帯を落としてゆく塊、内側のものが徐々にその姿を表す。刃渡りが大人の胴ほどもある戦斧を片手で掴み、右目から赤い光を放つ黒い怪物。その左目は固く閉じられていた。

 その顔を見てトキナーは歓喜に震えた。


「……やっと、てめえを本気でぶちのめせるぜっ!!」

随分と遅くなってしまい申し訳ないです。

出来たら明日も更新します。


次話はラインツVSトキナーです。

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