真っ赤な髪 真っ赤な瞳 真っ赤な炎
その長い髪は血潮のように両肩に垂れ、その顔に二つ浮かぶ熟れた果実のように輝く赤い瞳は、凍える氷山のごとく冷えきっていた。
先程まで必死に願っていた相手に会えたというのに、ラインツは口がうまく動かせない。
「被検体No.12、エル。私の指示に従いなさい」
「…………っ!!」
その呼び方に、ラインツの耳が反応する。思い出せそうで思い出せない、いや思い出したくないのだ。下腹部が内側からえぐられる感覚がかすかに甦る。
「あなたは今日儀式をしなさい。我々組織に貢献するのよ」
「ぐ、グレ……」
「たった一年同じ家に住んでいたからって、気安く呼ばないで」
ラインツの喉からヒッという音が漏れた。
「冷たいねえ。彼、君のこと好きなのにもう少し優しくしたっていいじゃないか」
ヨハネのフォローに一瞥したグレタは「気持ち悪い」と吐き捨てる。
「貴方と違って私はエルのこと微塵も愛してないもの。それに私が呼び寄せたのだからどう扱っても文句を言われる筋合いはないわ」
女はこわいねえとヨハネは肩をすくめる。
「大体、研究対象の顔を自分の趣味に合わせて改造してまで愛そうだなんて変態はどの世界へいっても貴方だけよ」
「いいじゃないか、元が不細工な分こんなに綺麗になったんだし」
もういいわ、とグレタが折れる。
「さっさと本題に入るわよ。エル、今夜行われる儀式は……」
「待って! グレタ! 本当に、今まで騙していたのか?! 家族と呼んでくれたのは嘘だったのか? 一緒に暮らして楽しかったのは俺だけなの…………?」
「うるさいわね、ちゃんと調教したんじゃなかったの?」
一瞥したグレタに対し、ヨハネは両手の掌を上に向け目をふせた。
「はあ、名前をあげたくらいで喜ぶ馬鹿だもの、仕方ないわね」
大きくため息をついたグレタは、ヨハネに小声で何か指示を出す。ヨハネは頷くと再びラインツに近付き眼帯の留め具に手を掛けた。
「ヨハネ……先生…………?」
ヨハネは外した眼帯を掴む逆の手で上着のポケットから何かを取り出す。それはライターのように可燃性の液体が入った携帯型の火起こしだった。それを右手で操作し火を灯す。眼帯とライターをラインツに見せつけるように掲げると、徐に二つを近付ける。
「何をするんだ……おい、やめろ、 火を消してくれ!」
左手で掴んだ眼帯の端に火をつける。最初は弱く、だんだん大きくなり赤く燃え広がっていく。
「やめろーー!! やめろ!! 早く火を消せ!! いやだああ!! うああっ! やめてくれーーーー!!」
ラインツは椅子をガタガタと激しく音をたてて叫ぶ。
「あっはは、そんなに暴れると手足が縄で傷付いてしまうよ」
グレタに眼帯をもらったときのこと、眼帯を着けてシルタッハの村へ行ったこと、眼帯を着けてから周りの人達と打ち解けやすくなったこと、赤い炎が様々な思い出をフラッシュバックさせた。
たとえそれすらも偽りの記憶だったとしても、かけがえのない思い出なのだ。ラインツの叫びも虚しく動物の革と柔らかい繊維の布で作られた眼帯は真っ黒に焦げて床に捨てられた。
「あ……ああ……っ…………っ!!」
身体の痛みならどんな苦痛でも耐えられた。しかし、眼帯だけは違う。どんなに身体を傷つけられても動じなかったのに、眼帯が燃えるのを見るだけで身を引き裂かれるかのような胸の痛みが走る。暴れて擦りきれた手首と足首、叫びすぎて枯れた喉、まるで泣いているような荒い息を繰り返す。
「眼帯ならまた作ってあげるよ、だから落ち着いて? いい?」
「…………っ!」
にこにこと笑いながら、ラインツをなだめるように頭を撫でる。ラインツは乱れた髪の隙間から涙の滲んだ右目でギッと睨んだ。
「グレタのくれた眼帯は世界にたった一つだけだ。誰があんたの物を身に付けるものかっ!」
「ふーん、そう。じゃ素直になるまで躾直さないと、な」
「っい!! ぐうっ……!」
ヨハネは撫でていた右手を髪に絡め、強く握りこんでから引っ張った。ブチブチと抜けた髪が床に散らばる。
「いい加減駄々こねるのもやめたまえ、僕も君を傷付けるのは不本意なんだ。これ以上大事な物を失いたくなければ大人しく命令に従うより他はない。それともこのまま暴れて衰弱死するかい? 死んだところで何も出来やしないぞ?」
「………………」
しばらく様子をじっと見ていたグレタだったが、やがてその口を開いた。
「ヨハネ、あとは私に任せて。儀式について話せば従順になるかもしれない」
「そうだな。じゃあ僕は休憩がてら皆を集めてくるよ。また後で」
ヨハネが去り、部屋はラインツとグレタの二人っきりとなった。
コツ、と静かに靴を鳴らして歩み寄る。ラインツの目の前までくると、スカートが汚れるのも構わず屈んで彼の頬を撫でた。
「ラインツ、大丈夫?」
「……グレタ?」
心配そうに覗き込むその顔は、いつもの優しい彼女だった。ラインツは再び瞳に光を灯す。
「こんなに傷付いて……ごめんなさい。わたしのこと、失望したよね」
「グレタは悪くない! だって、あいつがおかしいだけなんだ。…………俺こそごめん、せっかくグレタが作ってくれた眼帯を……こんなにしてしまって……っ」
「これ、わたしが作ったんじゃないよ?」
「え?」
伏せた顔を思わず上げる。いつもの彼女だ。
「ラインツがあんまりにも包帯を外したくないって、意地を張るからヨハネが作ってわたしに渡したんだよ。そうそう、ラインツの名前も彼が命名したんだよ。Lを頭文字にしてラインツェールトにしようって何日もかけて考えて決めてたなあ」
目の前の彼女の姿がゆらゆらと揺れている。
「わたしはラインツが純粋に成長できる環境を整えただけなんだ。君がわたしを好きになるのは想定内だし、経験のない君がわたしを襲う度胸もないこともわかってた。そうだ、言い忘れてた。ごめんね、わたしラインツのことそういう相手としては見れない」
フラれた。ラインツは今度こそ光を失った。どうしようもなくショックで、いっそ気を失ったらいいのにと思ったが、目が覚めたら日常が戻るなんて保証はどこにもない。
体から力が抜けて目を閉じようとすると、ぐっと両手で顔を強く掴まれる。
「ラインツ、よく聞いてね」
思いの外強い力で前を向かされる。
「世界は二つあって、この世界とは別にもう一つの世界があるの。もう一つの世界からこちらへ自由に往き来出来ないように、あちらの世界へはこちらから行くことが出来ない。けれど、二つの世界について記されている文献によると、この世界の地底にあちらの世界が封印されていて、そこにはたくさんの古の支配者が力を持て余していると謂われているんだ」
「世界が二つ…………?」
急に幻想染みた内容に、ラインツはぽかんと口を開けた。
この世界は地上と地下に別れているのか?
そう考えたがラインツがいた地球はそのもう一つの世界を指していないようなため、謎が深まるばかりである。
「地底の世界については、ラインツから聞き出せると思ってたんだけど、…………期待外れだったみたい。君の口からは、支配者に関する言葉は出てこなかった。むしろ知らないんじゃないかな」
「確かに俺は地底の世界なんてもの知らないし、この世界の存在すら知り得なかった。……今話したことって、この世界の常識なのか?」
グレタはまさか、と肩をすくめる。
「私達は『星の知慧教団』という組織に属するの人間で、世間には秘密裏に行われる儀式や研究の一端を任されているの。そしてラインツは組織が運営する研究所の被検体の一つ。つまり君は私達の所有物なんだ」
「…………は? …………え??」
突然の告白に、グレタは洗脳でもされているのではないかと一瞬疑った。むしろそのほうがまだマシなのかもしれない。
「儀式っていうのはね、遥か昔深い地底の世界に封印された古の支配者を再び地上の支配者へと導くためのもの。そして儀式には鍵と贄が必要なんだ」
さっきからなんなんだと、とつい叫びたくなるラインツだが、今この状況下では有利に動くことができない。さらに彼女は本気で言っているようである。思わず失笑しかけたラインツは慌てて咳払いをした。
「その鍵と呼ばれる存在は俗に召喚者と言われ、ある一族の処女のみがなれる。でも、昨今は研究が進んでなれる人の幅が広がった。実はねラインツ、あなたも鍵になれるんだよ」
「どういうことだ……?」
ラインツは訝しげに訊ねる。もはやどこまでが真実なのかわからくなってきていた。そのしかめた顔を見たグレタは瞬きをした後、目力を強くしてラインツの右目を見た。
そのとき部屋全体が赤く光った。あまりの光量に思わず目を瞑る。
「……っ!? あ……れ? どっかで…………」
その光景はどこか別の場所で見たことがあった。そうだ、ちょうど路地を曲がったところで…………
「ああ…………あのときの……!! じゃあ、俺がこの世界に転移したのはグレタが……!?」
「今さらだよ、ラインツったらほんと勘が鈍いよね」
三年前、どうやって異世界に転移したのかようやく知れた。グレタは召喚者であり、ラインツをこの世界に召喚したということ。
「なら、俺はどこから来たんだ? 世界は二つしかないんだろう?」
「不安になるのは分かるけど、落ち着いて」
グレタはしばらくラインツの頭痛が治まるのを待っていたが、やがて彼の顔色が変わらない様子に諦めて再び話し出した。
異世界転移の謎解明話でしたー!
あと、第四部に挿絵入れました。




