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砂城の記憶

「今回の儀式は……………………」


「これはある意味…………だ。なにせ完全な形で…………出来たのだ」


「しかしまたもや……の支配者を招待出来ぬとは」


「私に考えがある。彼女の…………を、この新たな被検体に…………すれば最高の鍵が手に入る」


「そのようなこと…………可能なのか?」


「いづれにせよ…………しばらく観察が必要だ」



 湖の淵でずぶ濡れになった少年を、木々の間から観察する複数の男達。三年前の秋、ある男の企みが始まった。




 家とは匂いが違う、妙な違和感に目を覚ますとそこは知らない部屋だった。部屋の中は家具が一切なくがらんとしていて、埃っぽい床板からは冷たい隙間風が入ってくる。

 ラインツは慌てて飛び起きようとして身体を動かすが、なぜか自由に動かせない。自分の身体をよく見ると、椅子に座った状態で両手足を縄で頑丈に縛られていた。


「なんだこれ……! どこだ? 誰がこんなことっ……」


 ラインツが力任せにもがいていると前方の扉から足音が聞こえてきた。キイっと音をたてながらゆっくり開けられる。


 扉の向こう側にいたのは、ラインツのよく知った男で、昨日会ったばかりの恩人だった。


「ヨハネ先生……? 一体何を……、」

「ごっこ遊びは楽しかったかい?」


 ヨハネはにこやかに笑みを浮かべ歩み寄ってきた。冷や汗が額を流れる。


「僕が用意した家はよかっただろう? 贅沢な田舎暮らしが味わえたと思うんだ、うん」

「……あの、何の話ですか? それよりこの縄を外してくださいっ」

「すまないがそれは出来ない。君が逃げる可能性があるからね」


 ヨハネの右手がラインツのほうへ掲げられる。頭を撫でられて身体から力が抜けていく感覚に血の気が引いた。ラインツは彼から目を逸らして質問する。


「なんで、俺を縛るんですか……? 俺、何かしてしまったんですか? それなら謝ります」

「何かしたとかそういうんじゃないんだ。我々には君が必要でね、正確には君が持ってるものが、だけれど」

「さっきからいったい、何なんですか!? いい加減にしてください!」


 ヨハネが何を言っているのかラインツにはさっぱわからなかった。ラインツの知らないことを当たり前のように話を進める彼が、とにかく怖くて堪らない。


「あっはっは、そんな恐がらなくたっていいじゃないか! よく一緒に寝て悪夢に魘される君を慰めてあげただろう。安心したまえ、私は君の味方だ」


 強弱を交互に繰り返す頭痛が思考を邪魔する。

 頭の中が気持ち悪い。


「ヨハネ先生、先生は俺の何なんですか?」

「君はもう気付いている筈だ、私は君のことはすべて知っているんだよ、L(エル)……いや、日本人の元高校一年生の野田恭兵くん」

「っ…………!!」


 ラインツはかつての本名で呼ばれて青ざめた。彼は先程から流暢な()()()で話していたのだ。あまりにも自然に話すため、日本人であるラインツは違和感に気づけなかった。


 なぜ、本名を知っているのか。

 なぜ、異世界のことを知っているのか。


 ヨハネは恐怖に震えるラインツの唇を親指の腹でゆっくり撫でる。


「なんで知っているのかって顔をしてるね、そんなの君が全部この口で教えてくれたからに決まっているじゃないか」

「は……? 俺が…………?」

「そうだよ、ご褒美に痛み止めの薬をあげると約束したら、たくさんおしゃべりしてくれたよ。最も、()()()などとふざけた夢物語を鵜呑みにしたわけじゃないけど」


 夢という言葉にラインツの鼓動の音が大きくなる。


「儀式で生まれた君をここまで育てるのは楽しかったよ。研究所での思い出は感慨深いなあ。まるで幼児のように、痛い痛いって毎日泣きじゃくって、一人で歩くことすら儘ならなかったのに今じゃ僕より背が伸びて立派になった。ある程度の自由を与えるのは効果的だと彼らに立証できて嬉しいよ! これで今後の実験の発展に繋げられるっ!」


 ラインツは自分の記憶が正確だという確信が持てなかった。今まで感じてきた違和感が全貌を現そうとしているのだ。

 悦に入ってどんどん早口になるヨハネを否定できない気持ちとは裏腹に口から頼りない声が出る。


「あのっ、研究所ってなんですか? 俺はこの世界に来てからずっとグレタの家で暮らしてますよ……?」

「ん? ああ覚えていないんだった、すまない」


 彼は頭をかいて苦笑いを浮かべた。


「盗賊に襲われたことがよっぽど辛かったんだろうねえ。誰かに触れられたり、声を掛けられるだけで怯えてしまって最初は治療どころじゃなかった。君が正気を取り戻すまで僕が毎日付き添ってなんとか回復まで漕ぎ着けたんだ。二年程経ってようやく君が目の包帯をとったとき、グレタが傍にいたから彼女に介抱されたと思っちゃったのかな。ごめんね、美少女じゃなくてこんなおじさんで」


 ラインツはグレタとの思い出が乾いた砂のように崩れていく気がした。三年間作り続けた砂の城が崩されていく。いや、元々この砂城には大きなトンネルが通っていたのだ。ヒビが入っても気付かないふりをしていたのは自分だ。トンネルをくり貫いたのも、ヒビを無視したのも、全部俺が望んだことなんだ。嫌なことから目をそらすために…………

 しかし彼は思い直す。これは自分だけのせいではないと。

 三年間ずっとグレタと一緒にいた記憶は嘘で、周囲は彼の思い込みを肯定しあまつさえ話を合わせていたのだ。だがそれを受け入れたのも事実だ。


 この小さな村で自分は何をしてきたのだろう。すべて自分の妄想、すべて偽りの記憶を、今まで大切にしてきた自分は何だったのだろう。 自らを責める自問自答が止まらない。ひどい吐き気と頭痛にぐっと顔をしかめた。


「つまるところ、君はある種の記憶障害を起こしているだけなんだ。でも本当のことだ。信じて欲しい。君はこの世界に来てしばらくの間、とある研究所で暮らしていたんだ。その研究所は病院も兼ねていてね……僕はその研究所の責任者だから色々と融通が効くんだ。ほら、盗賊に暴行されて結構危ない状態だっただろう? とくに移植手術後は…………っと、まあ僕は君に少なからず育ての親として愛情があるんだよ、僕にとって君は目に入れても痛くないほど可愛いのさ。だからこのまま我が子が何も知らずに利用されてしまうのはなんとも心苦しい。そこでだ、我々組織の下で働くのはどうだい? きっとこのままでは私達を知っている君を組織は生かしてくれないだろう。儀式を行っても行わなくても殺されてしまうに違いない。だがもし君が僕の家族となり共に組織に貢献すると誓えば君にある程度の自由が与えられるかもしれない。例え組織の人間が反対しても、僕は君の味方につくことを約束しよう」


 一旦言葉を区切ったヨハネは顔を寄せてギラついた眼で囁いた。


「これは君を守るための提案なんだが、養子として僕の息子にならないかい?」


 ラインツは混乱した頭で必死に冷静になろうとした。


「まず、俺が何に利用されるのか教えてください。何も知らない状況で判断できません。それと、その組織が何の組織なのかも。あと、…………グレタはこのこと知っているんですか?」

「今この段階で彼女は関係ないだろう? ……あのね、知ってしまってからじゃ遅いからあえて隠しているんだよ、いい加減察したまえ」


 ヨハネの呆れたような声色に、ラインツは体を大きくぶるっと震わした。昨日までずっと優しかった彼が嘘のように自分を下に見ているのだ。ラインツは鼓動がどんどん速くなっていくのを唾を飲み込んで誤魔化した。


「さあ、エル。答えは決まったかい?」


 ラインツはしばらくうつ向いたまま唇を噛んでいたが、やがて言葉を絞り出した。


「俺は………………あなたの息子になりません」

「そうかい、残念だ」


 ラインツの不安を他所にヨハネはあっさりひいた。と、同時にほっとしたようなさみしいようなよくわからない胸の苦しみに襲われる。


「運よく生き延びても、この先君にはつらい人生が待っている。一人じゃ耐えられない、とても苦しい日々が。万が一自ら命を絶つようなことを考えたなら迷わず私の元へ帰ってきなさい。いつでも君を歓迎しよう」


 ヨハネが喋り終わると、扉をノックする音が聴こえた。


「ヨハネ、身体確認にいつまでかかってるの? 時間かけすぎよ」


 扉の前には、赤い髪の想い人が冷たい目をして立っていた。

何度も書き直していたら更新遅れました。明日も更新予定です。大きなターニングポイントになりますので続けて読んで頂けたら幸いです。

胸糞シチュはないのでご安心を。

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