剣術の稽古⑥
何が起こったのかわからなかった。
ただ、そこには長剣を右手で反対向きに握るエルナと、土埃にまみれたトキナーがいた。
「ラインツ、一点だ」
未だ構えるエルナにそう言われ、ラインツははっとする。
「エルナに一点!」
トキナーは肩に付いた土を適当に払うと膝を掴んで立ち上がった。
「まさか力押しされるとは思いませんでした」
若干むせた声から察するに、試合に支障はあまりないようだ。
「そういう作戦だ、私の筋力を見誤ったな」
苦笑いしながら普通に会話するトキナーにラインツは、不思議でならなかった。
彼は確かにエルナの打撃を受け、地面に投げ出されたのだ。なぜ平気でいられるのだろうか。
訝しげに見るラインツに気付いたトキナーは察した。
「隊長、彼が知りたがっているのでご説明お願いします」
「ん? 説明って……柄頭でトキナーの胸を突いただけだぞ」
「そうではなく、おそらくどのような腕の動作をしたのかが知りたいのでは」
それもだけど、お前の身体能力も気になる!と心の内で叫ぶ。
エルナは一瞬きょとんとした顔をすると、なるほどと呟きラインツに長剣を握る手がよく見えるように掲げた。
「こう、突いた剣を身体に引き戻し、右手首を利かせて柄頭を的の位置に合わせ、相手より速く殴る」
本人は簡潔に説明するのが良いと考えてのことだろう、詳しく聞きたかったラインツにはいまいち理解しきれない。
あの前傾姿勢で斜め後ろ向きのキツイ体勢から、片手で男一人殴り倒すなんて横綱でも難しいだろ、と心の内で突っ込む。
「まだわからんのか。説明聞いても分からないものは覚えても無駄だ。切り替えろ」
エルナがそう吐き捨て視線をそらすと、いつのまにかラインツのそばにいたトキナーは彼の耳に手を当てた。
「ああ見えてもエルナ隊長は、素手で丸太を木端微塵にするくらいには剛力なんですよ」
「ええ、ドワーフかよ……」
「どわーふ?」
あ、と気付いて訂正する。
「何でもいいけど、剣だけではなく足元もしっかり見ておいてください。剣術は特に下半身が重要です」
助言を置いていったトキナーは再びエルナと向かい合うようにして待機体勢に戻った。
「始め!」
一試合目はエルナ。二試合目は両者共に一点ずつ獲得。次にエルナが一点獲得すれば彼女の勝ちである。
ラインツはもうすこし長く見ていたい気持ちが勝り、トキナーを応援する目で見る。
エルナに一点獲られた為か、トキナーは順手に持ち変えて応戦していた。
剣先での探り合いが数回行われ、二人の間合いが少しずつ変化していく。洗練された剣技と類い稀な筋力で攻めるエルナ。冷静さと柔軟さを持ち合わせた剣捌きで対抗するトキナー。両者は互いの業をよく見、研究しながら闘っている為同じ技が二度も通じない。相手をどう騙して攻撃を当てるか、それが剣の闘い方だ。
エルナの鋭い突きを柄寄りの剣身で受け止めたトキナーが絶妙な力加減で逆に彼女の動きを封じ、右足の蹴りでエルナの体勢を崩す。鳩尾を踵で強く蹴られたエルナはそのまま倒れるかと思いきや、両足でしっかり踏ん張っていた為少し仰け反る程度に受け流される。そして、トキナーの右足が地面に戻るより先にエルナの反撃が来る。さらにそれを予測していたかのようにトキナーは左足を軸に身体を大きく捻り、長剣の軌道を避ける。
彼は逃さなかった。エルナがむせそうになる瞬間を。
長剣を避けつつも胸の上下する動き、口の開き具合で呼吸のタイミングを観察し、突きを入れる。が、エルナは予測していた為容易に防ぐ。だがそれはフェイントであった。
「っ!」
再びエルナがむせる瞬間、長剣を地に払い下段から左脇目掛けて突く。
「参った」
「私の点ですね」
切先が彼女に触れる直前に、エルナは降参した。
トキナーは口の端を引き上げて笑った。その目が普段の彼とは全く異なる雰囲気の為、ラインツはやや驚いた。その顔は自信に満ちていた。
「残り一試合だな」
「ですが、このままだと試合が終わる前に日が暮れてしまいますね」
トキナーの声に西の方角へ目を向けると、薄黄緑色に輝く太陽が思ったより低い位置にあった。
「そうだな……、ならば先に一点を獲ったほうの勝ちといこうか」
「了解しました。」
「あと、お前の剣を折ってしまったらすまん」
トキナーは笑って応えた。
「ご心配には及びませんよ」
ラインツは開始の声を上げる。
硬直してしまって挙げた手を下げられないほどの、恐ろしい威圧を感じた。
ラインツの三倍は大きい背丈の巨人かと目を疑ってしまうほどの迫力を放ち、角の構えで狙いを定める。
そんな彼女に全く臆することなく対峙するトキナーは、目を爛々と輝かせていた。逆手持ちした剣をギラつかせ、心なしか楽しんでいるようだ。
両者が土を蹴る。
反射する光は雷の如く、目にも止まらぬ高速で交わされる剣戟。二人の靴が地面にめり込んで、その威力にラインツは震えた。
いつも練習のときは大袈裟なくらい手加減していたことを身に染みて感じた。二人にはまだまだ遠く、一生掛かっても届かないだろう。届くはずがない、あんな化け物じみた剣の鬼に。
だがエルナは言った。私を越えてみせろと。ラインツもその言葉に応え、鍛練を積んでいる。たとえ才能がなくても、片目でも、持病があっても諦められない。だからこそこの試合をしっかりと見て学ばなければならない。
ラインツは服の上から胸をぐっと掴んで睨むように試合を見つめた。
トキナーが大きく踏み込んだ瞬間、勝敗は決まった。
ラインツには、それがまるで光の鞭のように見えた。どのような技なのかもわからない。おそらく瞬きをしていたら見ることすら敵わなかったであろう高速で長剣がトキナーの剣をすり抜け、彼の左鎖骨に切っ先が当てられていた。
「参りました……っ」
息をらしたトキナーの声にも思わず動揺する。
「これが、伝説の剣士……!」
しばらく呆けていると、エルナがやや呆れた様子で声を掛けた。
「ラインツ、早くしろ。審判の合図がないと試合は終わらないぞ」
「え、あ、すいませんっ」
溜まった唾を飲み込んで宣言する。
「エルナに一点。二試合獲得により、エルナの勝利!」
山間に滲む太陽が彼女の髪を眩しく照らしていた。
バトル描写がちゃんと出来ているのか不安ですが、剣術パートはこれで一区切りです。
ところでこの小説はちゃんと文章が成り立たっているのだろうか・・・




