剣術の稽古⑤
汗を拭くだけの休憩をはさみ、二試合目が始まる。
「始め!」
先手をとったのはやはりエルナだった。しかし、今回はなにかが違う。ラインツがそう感じたのはトキナーの纏う空気が今まで見たことのない感覚の為だった。
腰を下げた姿勢はやや低く、先の試合より剣を身体を近づけて構えている。試合が開始されたときは親指を剣身に向けたごく一般的な握り方だったのが、いつの間にか鍔元に小指が付く程剣身に近い位置で逆向きに握っていたのだ。
「あ、逆手になってる……! なんか短剣みたいだ!」
トキナーが使っているのは"逆手持ち"の技法である。剣身にもっとも近い位置で短く持つことで、力が入りやすく相手の剣を押し流しやすい利点がある。しかし、通常の手の向きとは逆に、手首の稼働範囲が狭く、相手に刺突や斬撃が通りにくいため攻撃側としては幾分不利ともいえる。
トキナーはそれをものともしない様子で攻防を続けていた。
むしろ順手のときより動きが速く、力押しではエルナに勝っている。そして剣先をやや上空へ弾かれたエルナが身を退こうと後ろ足に重心を移した瞬間、トキナーは 右半身を旋回させて跳んだ。斜め上向きになっている長剣の鉤に全体重をかけて剣の根本でぶつける。
そのまま長剣が凪ぎ払われるかと思われたが、エルナは手を離さない。両手で強固に握り混んだまま、トキナーの剣を抑えている。
しかしトキナーはそれを逆手にとる。
剣同士の接点を支点に右手首をエルナ側に捻り、エルナの胸に押し付けるようにして突きを入れたのだ。
「トキナーに一点!」
ラインツの声に両者は剣を退く。当事者でもないラインツは二人以上に緊張していた。震える手を握っては開くのを繰り返していると、エルナが声を掛けてきた。
「ラインツ、ちゃんと見てたか? 今のが"押し切り"、つまり"切り落とし"だ。と言ってもトキナーのは他の技を組み合わせている。参考に覚えておけ」
「分かりました」
声が震えぬように力んだ声色が、余計緊張感を漂わせる。水分補給のためにとグレタが用意した水筒の留め紐を外し、中身を口一杯に入れた。胸に押し付けられた剣が頭から離れられないのだ。
最もエルナはラインツの心配をよそに、剣の手入れをしている。
「ラインツ、気にしなくていいですよ。隊長はそんな柔じゃないですから」
「で、でも…………」
「今回はあなたに見せるための試合ですからお互い殺す気はありません、安心してしっかり観察してください」
トキナーに淡々と言われ、ラインツはますます生きた心地がしなかった。
「始め!」
合図直後は二人共走り出さずに一歩出ては後退を何度か繰り返す。先に点を獲られたためか、エルナは慎重だった。寓者の構えでトキナーに近寄りつつ、彼の出方を探る。
一方トキナーは逆手持ちした剣を身体に寄せた構えをキープしたままなかなか攻撃に出ない。ラインツが焦れったく思った矢先にトキナーは動いた。
一気に距離を縮め、エルナの左脇から首を狙う。しかしエルナも甘くはない。刃が振られる前に上半身を屈めて回避し同時に右腰側の鍬の構えに構え直し、大きく踏み込んだトキナーの腹部を狙う。
ラインツはこれが入るかと思った。だが実際は予想もしない展開が起こる。
エルナの突きは正確にトキナーの左脇から心臓の位置に向いていた。しかし剣先は虚しくも彼の残像を貫く。彼は何処か。
トキナーの身体は宙にあった。エルナの真上で左に捻りつつ宙返りして彼女の背後に着地、エルナが左足を軸に反転し斬撃を与えようとするがトキナーは背中を地面に付いて後転しそれを回避。エルナが体勢を整えたときには既に剣を構え直していた。
トキナーが攻撃を仕掛けてわずか数秒の出来事である。二人の身体能力はラインツの想像をさらに越えていく。地面には土を抉り取ったかのような跡がいくつもあった。
「ようやく本気を出す気になったか。遅いぞ」
不適に笑みを浮かべながらエルナは言った。
「あまり手の内を明かすと三試合目は勝ち目がありませんからね」
そう応えたトキナーも、やはりどこか楽しんでいるような声色だった。
「ならばもっと楽しめ!」
再び二人の剣戟が始まる。
エルナは軽やかにステップを踏みつつ、一試合目とは違ったタイミングのずらし方でトキナーの急所を的確に狙っていく。そしてトキナーも腰をやや屈めて自身の急所の範囲を狭くし対抗する。
試合は激化していく。
ラインツならとっくに息切れしている頃である。しかし両者共に呼吸の乱れを感じさせない様子に、ラインツはますます二人との差を実感する。
そして、エルナの長剣が大きく空を切る。
エルナのずらした突きのタイミングをトキナーは読んでいた。彼女の右脇からのカウンターに入った。そのままトキナーの斬撃が入る直前、
「タアアッ!!」
次の瞬間トキナーは地面に伏していた。
すこし短めです。




