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剣術の稽古④

 エルナが戻ってきてからもトキナーの指導は続いた。というよりトキナーの指導の様子を見て楽しんでいるように見えたラインツは若干不満だったが腹の内にしまって鍛練に専念した。

 ラインツはここ数日間で、上司と部下の関係であるのに関わらず二人は気の置けない仲であることを知った。 休憩しているときや、一人で身体を動かして見てもらっているときなどはよく二人の話し声に耳を傾けていた。


「それにしても、帝国一とも言われる剣士がこんな田舎で剣術を教えているのが知られたら、国中がびっくりするでしょうね」


 一人で剣を振るいながら足の動きを確認していたラインツは思わず、えっと声を出しそうになった。


「トキナー、君こそ百年に一人と言われるほどの天才じゃないか、最年少で帝国の武芸大会を三連勝した強者だ。行き過ぎた謙遜は反感を買うぞ」


 今度はつまずきそうになり、なんとか踏みとどまる。

 ラインツには武芸大会がどれくらいの規模のものなのかよくわからなかったが、この二人は自分が想像するより遥かに強い腕の持ち主なのだと、より実感した。


「善処します。最も、あまりにも強すぎるため大会に()()くらった伝説の剣士に言われても……、というのが本音ですがね」

「あれはシュナイダーが事を大きくしてしまっただけだ。まったくあいつは優勝しておいて感想が、"つまらなかった"の一言だけとは」

「その言葉、決勝で敗けた私が一番ショックでしたよ。そんなことより、」


 トキナーはすっかり放置されていたラインツに軽く顎を振った。


「どうしたラインツ?」


 エルナが声を掛けるとラインツはぎこちない口調で応えた。


「あ、いえ、あの、師匠ってそんなすごい人だったんですか?」

「ああ、そんなことか。気にするな、お前は鍛練に集中していればいい」

「あっえっと……、分かりました……」


 気にするなとは、どれを指して言っているのだろうかとしばらく頭の中を混乱させたが、エルナがもたれ掛かっていた井戸場の支柱から腰を上げたため、ラインツも慌てて立ち上がった。


 真剣を使っての打ち合いをし、エルナ、トキナーと続けて指導を受ける。


「さすがトキナーだな、私だけのときより上達の早さが違う」

「恐縮です」


 ラインツが稽古を始めて一月半が経とうとしていた。山肌はすっかり衣替えをしており、朝晩は吐く息が白くなるほど冷え込むようになっていた。


「隊長、練習内容もマンネリ化してきましたし、なにか別のことも学ばせましょうか」

「そうだな……、ラインツ、君はこれまでやってきた稽古の他にしたいこととかないか?」


 突然振られて少し動揺したラインツは、浮かれてつい欲が出てしまった。


「うーん、贅沢を言えば、人が実際に剣で試合をしているところを見たことないので、見てみたいです」


 言ってしまってから、しまったと口を抑えた。剣術を扱えるのは目の前の二人だけだと気付くも、ラインツの杞憂とは関係なしに話は続いていく。


「なるほど、確かに試合を見るというのも練習のひとつです。」

「久しぶりにやるか。三点制で試合は三回。三試合中先に二試合獲ったほうが勝ちとしよう。異論はないな?」

「構いません。」

「では審判はラインツ、君に任せる」

「は、はい!」


 言い出しっぺの責任。拒否は到底敵わなかった。


 試合はいつもの裏庭ではなく家の敷地でもっとも山に近い場所で行われた。

 エルナとトキナーは二十歩離れた位置で真剣を手に対峙する。ラインツは二人から均等に少し離れた位置から両者の様子を見る。ラインツから見て上手のエルナは腰の長剣をやや下段に構え、下手のトキナーは長剣より掌一つ分短く薄い剣を右手に提げている。どちらもあまり緊張していないというよりどこか血生臭さに慣れているような、ラインツの未だ知り得ない領域に立っているようだった。

 まだ試合は開始されていないというのにラインツは緊張で何度も唾を飲み込む。 


「いつでも構わんぞ」

「私も用意はできています」


 もう一度唾を無理矢理飲み込んでから右手を前に出し、勢いよく空に向かって挙げた。


「始め!」 


 合図直後に右を見たラインツはやはりと思った。

 先手はエルナ。弓矢のように迫りトキナーとの距離を縮め、彼に隙を与えないよう攻撃を続投する。

 練習のときとは比べ物にならないほど一撃一撃が速く、鋭く、重い。攻撃は激しいが身体の動きに無駄はなく、相手の攻撃を許さないかのように四方八方から剣を繰り出す。

 序盤から防戦一方と見えるが、トキナーは至って落ち着いた表情ですべての剣戟をかわしている。剣で流すときもあれば身体を僅かに反らし刃の軌道から逃れるときもある。それだけならラインツも以前に見たことがあるため大して驚かなかった。しかし、相手はエルナだ。ラインツを相手にしているときとは大違いである。

 攻撃が通らないとわかると二人は距離をとった。


「私の突きを連続で避けられるようになったのか、流石だな」


 禺者の構えで向かいのトキナーを褒める。


「わざと手を緩めて挑発しても、私は乗りませんよ」

「お前の慎重さにはほんと呆れるな、……だが嫌いじゃないっ」


 ヴンッと空を切り切っ先を真っ直ぐトキナーに向ける。


「そのぶん長く試合を続けられるからな!」


 エルナは剣を構え駆け出す。ラインツにはその横顔が楽しそうに笑っているように見えた。

 僅かなミスも命取りになる死闘を目の前にして、ラインツは固まっていた。己との圧倒的な差違を突きつけられ、立ち尽くし目を瞑ることも出来ない。しかし、口から出たのは恐怖でも諦めでもない。


「かっこいいなあ…………」


 エルナもトキナーも、どちらもラインツにとっては憧れの師匠なのである。  

 流れが変わったことに気付いたのは、試合を初めて十分程経った頃だった。エルナの繰り出す突きのタイミングがすべて僅かにずれているのだ。さらには足を踏み出すタイミング、手首の傾き、剣の角度、そのどれをも変化させてトキナーを惑わす。 動きのパターンが読めないまま圧されていく状況にトキナーは額に汗を滲ませる。


 トキナーの剣を握る手が力むのをエルナは見逃さなかった。切っ先同士が触れて長剣を流すフェイントをかけ、トキナーの首元に突きを入れる。


「エルナに一点!」


 エルナが長剣を退くと、トキナーは軽くため息をついた。


「完全に試合のペースをとられました。お見事です」

「まともに勝負しようとしないからだ。この試合は私が獲る」


 試合は続行され、たちまち流れはエルナのものになり、先に二点目を採り彼女の宣言通りあっという間に勝ってしまった。

今年もよろしくお願いします!

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