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剣術の稽古②

 そうして三日目、ラインツは筋肉痛が翌日まで残るようになってきていた。


「なんか痛い、普段使わない筋肉が……」


 昨日宿題で出されていた素振りを終え、エルナを待つ。

 稽古は午後からとなった。


「悪い、遅れたな。では始めよう」

「はい!」


 気合いを入れて稽古に励む。


 二人の打ち合いは全力で剣を振るう激しいものではなく、相手に確実な攻撃を与えるとき以外は地面を蹴る音の方が多く響いていた。

 ラインツは思いきり踏み込みたい気持ちを抑えて攻撃の手を考える。 カツッと剣先同士がぶつかったと思えば剣の向きを変えられ不利になったため後ろへ軽くジャンプするように相手の守備範囲外へ下がる。その繰り返しが三度に二度の頻度で起きていた。

 一旦大きく下がって距離をとる。


「ハア、ハアッ……、くっそ全然入らない……」


 腰の右側後方に剣を引き、鍬の構えで切っ先をエルナに向ける。剣を流されても倒れないように両足を斜めに大きく広げた。そして再び攻め込む。


 しっかり構えることで昨日のように剣を流されても上半身から転ぶようなことはしなくなった。けれど攻撃を入れるには技術が足りない。どうすれば足りるのか、ラインツは必死に考えた。


 攻撃と防御は常に表裏一体。無闇やたらに攻撃を仕掛けても、相手の剣で塞がれて捻り伏せられそのまま突かれてしまうのがオチだ。攻撃は慎重にかつ相手より速く動かなければならない。

 熟練の剣士と初心者とではあまりにも差がありすぎるため、エルナは出来うる限りハンデをつけていた。しかしそれでもラインツには到底敵わない相手である。


「踏み込みが甘い! お前のほうが手足のリーチが長いから有利に立ち回れる、怯えるな!」

「うっ……はい!」


 ときおり助言を挟みながら打ち合いが続く。

 確かに身体はラインツのほうがずっと大きい。エルナはグレタより身長が低い小柄な女性である。しかし、身体能力や技量といった面では圧倒的に格上なため、ラインツにはとても恐ろしく目を合わせるのすら避けようとしている。


 突きを入れられたら身体がバラバラに散ってしまうのでは、と本気で思えてしまうほど彼女からの強大な威圧が掛かっていた。


 素早い連続攻撃にまともに防ぐことも出来ずに胸を突かれてラインツは地面に倒れた。痛みを堪え、手をついて見上げると下げた模擬剣を片手にエルナが腕を組んでいた。


「一旦休憩にしよう、私は水を飲んでくる」

「でも、もう少しだけ……」

「休憩だ。お前全然集中できてないぞ? 休憩している間に邪念でも払っておけ」


 粘るラインツに念を押すと家の中へ入っていった。


「邪念って……、はあ、怖いんだからどうしようもないだろ」


 地面に足を投げ出し、ひとりごちる。


 そもそも剣術を習うことがグレタを守ることに繋がるのだろうか、本当はただ自分が剣を使えるようになりたいだけじゃないか。


 自問自答し自分に呆れ、両手を身体の後ろに回して空を見上げた。

 淡い黄緑色の青空を、鳶のような鳥がその大きな翼を広げてゆっくり旋回していく。 のどかで、静かな平和な村。争い事なんてとても起きそうにない。なのになんでグレタを守ろうって思ったんだろう。今のままで十分じゃないか、あえて辛い思いなんかしなくたって、毎日グレタと一緒にいるだけで幸せじゃんか…………


 ぼーっと空を眺めたラインツが現実逃避を始めようとした時、左まぶたの奥にいつもの痛みが襲ってきた。


「ううっ! もう左目はないのに……! いぐうっ……!」


 石が突き刺さったときの痛みと、眼球を丸ごと抉られた痛み。いつもの鈍痛に加え、さらにこの二つが合わさったような耐え難い苦痛にラインツは顔を両手で覆った。


 痛みに悶え、地面に横たわっていると誰かが走ってやって来る。右目を開けるのも困難になってきていた。


「ラインツ! ラインツしっかりして!」


 エプロン姿のまま急いで駆けつけたグレタは、ラインツの背中をさすって必死に声を掛けた。


「ラインツ、大丈夫よ。もう安心して。大丈夫だから」

「ヒッうぐっ……うう……!」


 しばらくして、まともに呼吸ができるくらいに痛みが治まると、いつの間にかエルナもそばに立っていた。介抱されている姿を見られるのが恥ずかしくて、ラインツはしばらく(うつむ)いた状態でいた。


 なんて情けないことだろう、ラインツの右目からは涙がにじみ出ていた。守りたい人に守ってもらうなんて……こんな意気地無し野郎はとうに捨てたはずなのにと自らを恨んだ。


「ラインツ、あなたがこんなに辛い目に遭う必要はない。エルナもわかってくれるはずだよ」


 グレタは慰めの言葉を掛けた。それが彼のプライドを傷付けてしまうことになるとは知らずに。


「勝手に決めるな」


 手を貸そうとしたグレタを振り払い、震える膝を掴んで一人で立ち上がる。


「もうこんな惨めな思いをしたくないんだ。どんなに苦しくても俺は強くなりたい。やりたいこと何も出来ずに生きるのは嫌だっ……!」

「ラインツ…………」


 今にも溢れそうな悔し涙が景色をぼやけさせる。小刻みに震える長い睫毛は太陽の光を反射させ、彼の視界は眩しく白んだ。


「お前はすでに障害をたくさん抱えている。それに私見ではあるが、おそらく剣の才能もない。それでもまだ習いたいか? ラインツ」


 エルナはラインツに覚悟を問いた。


 ラインツは涙を乱暴に拭って応える。


「師匠、未練がましいと思われるかもしれませんが、まだ剣の稽古を続けてもらえませんか。……初めてあなたと会ったとき、その腰の剣がすごく格好良く見えたんです。きっと、すごく強くてたくさんのものを守ってきているんだなあって。憧れ半分、嫉妬しました。俺はまだ何も出来ていないから…………」


 最後は呟くように言葉を吐いた。ラインツは拳をさらにきつく握る。


「そんなに悔しいなら、私を超えてみろ」

「貴方を、ですか? 俺が……?」

「そうだ。私に勝てば君にも自信がつくだろう」


 今のラインツには、例えたった一度でもまぐれが起こったとしてもエルナに勝てるとは容易に想像できない。けれどここで諦めたところで自己嫌悪感がさらに強くなることだけはわかった。


「いつか、あなたを超えてどんな困難からも一生グレタを守ってみせます。グレタは俺の生きる希望なんです!」

「いいだろう。今の気持ちを絶対忘れるな。強い思いは一番の勇気になる。共に頑張ろう」

「はい!」


 ラインツは差し出された手を握り返し、握手を交わした。

 こうして二人は改めて師弟の絆で固く結ばれる仲となった。



 彼が晴れた顔をしている傍らに、無表情のまま俯くグレタの姿があった。心情を悟らせまいとする彼女の瞳は冷たく曇っていた。

主人公メンタル弱すぎかなあと思いつつ楽しく書いてます。エルナとの絆はずっと後にも続く予定です。

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