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剣術の稽古①

 剣の指導は庭の一角で行われた。

 二人が握るのはもちろん真剣ではなく1メールほどのまっすぐな木の棒に布を巻き付けた即席の剣。構えの練習くらいなら剣がなくても出来るだろうとエルナが用意したものだ。布が巻いてある箇所をしっかり握り込み、ラインツとエルナは10メートルほど離れた位置で対峙していた。


「ラインツ、復習だ。一つずつ構えて説明しろ」

「はい」


 ラインツは緊張で汗ばんだ手で棒をしっかり握った。


「これが右肩上向きの構え《天》。次に頭の側での構え《角》。次に腰の後ろから切っ先を相手に向ける構え《鍬》。次に体の前で切っ先を地面に向ける構え《禺者》」


 指導が始まってもう一時間が経とうとしていた。ラインツはいまだに一度も剣を振らせてもらっていない。先程から、体の重心のかけ方や足の立ち位置、握り方など構えのポーズをとらされているばかりでラインツは飽きてきていた。油断すると足は震えるし、なにより剣を振るってやりあうのが剣術だと思っていたので今の指導はつまらなかった。

 しかしエルナは一分の隙もなく彼を見ているため、途中で投げ出すことができない。


「ラインツ! もう飽きたと顔に書いてあるぞ。やめるか?」


「い、いえ! まだ続けます!」


 ここで食い下がってはグレタに面目が立たない。

 結局その日は剣を交えずに終わった。



 翌朝、いつもとは反対回りに山を登っていると、なぜだか新鮮な感じがして走るのが楽しく思えた。同じ場所なのに走る方向が違う だけでこんなに違う感触が味わえるなんて、想像もしていなかった。足取りは軽く、気が付くと蛇足して村の周辺を二周も走っていた。


 朝食後、 キャビッツ達の世話と家事を終えてエルナの指導を受けに庭に出る。

  昨日習った構えの姿勢をおさらいし、さっそく剣の扱い方を教わる。


「そういえばラインツ、君はどれくらい剣を見たことある?」

「剣ですか? それなら村長の家と、お隣さんの家で古いのを見たことあります。」

「そうじゃなくて、実際に剣が使われるところを見たことあるかと聞いているんだ。」


 先日の深夜にエルナをこっそり見たのを思い浮かべる。いいやあれは盗み見だ、隠しておこう。


「……ええと、見たことないですね」


  真正面の蔑んだ目に気付いたラインツは慌てて訂正した。


「あ、いや、結構前に、別の場所で演劇として剣の戦いを見たことがあります」


 とっさに時代劇を例に出して体裁を取り繕う。


「ほう、詳しく聞きたいな」

「あの、 えっと、なんかこれくらいの長さで少し反ってるへらぺったい形をしていて、反ってる側に刃がついていて、敵を防具ごとバッサリ切っていくんです。たった一撃でズバッと」


 エルナはジェスチャー付きの擬音語ばかりの説明にしばらく沈黙していたが、やがて何度か小さく頷いた。


「なるほど。何言ってるのかわからんが、非常に鋭利で切れ味が良く、片刃のため突いて刺すのではなく振るって切り裂くことに重きを置く剣があるのか。帝国内で手に入れられるか今度上に聞いてみよう」


 今のでよくわかったな、とつっこみそうになるのを抑えてラインツは首を縦に大きく振った。


「剣と言っても一概には言えんからな、世の中には色んなものが存在する。ここでは私の剣術がお手本だ。まずは最も基礎的なところから教えよう」

「お願いします!」


 ラインツが頭を下げると、エルナは意気揚々と話し出した。


「今回私が教えるのは長剣だ。屋外ならある程度どこでも使えるし扱いや手入れもそれほど難しくない。技を磨けば磨くほど活かせる場面が増えていくから楽しいぞ。好きなだけ学べ!」

「はい!」


 ラインツは元気よく返事はしつつも、正直なところ楽しみ半分不安なところである。

 本当に自分は剣が扱えるようになれるのだろうか?


「隊長、お待たせしました」


 そこへエルナの部下、特殊調査隊の隊員であるトキナーがやって来た。木で出来た刃渡り一メートルほどの握りの付いた剣のようなものを二本右手に掲げている。切っ先は丸みを帯びており当たっても怪我をしない作りになっている。彼は模擬剣を届けに来たようだ。


「ご苦労、任務に戻っていいぞ」


 エルナは模擬剣を受け取る。


「隊長、本当に稽古つけてるんですか?」

「そうだ、何か問題が?」

「その……いえ、……本部に戻ります」


 トキナーはラインツを一瞥し、何事もなかったかのように来た道へ去っていった。


「さて、早速練習を始めようか」


 エルナは模擬剣の一本をラインツに手渡した。 

 両手で握りこんだ模擬剣は、昨日の布を巻き付けただけの棒とは比べ物にならないほど武器を持っているという実感が沸いた。


「構えは昨日教えた通り《天》《角》《鍬》《禺者》の四つが基本だ。実際には自分のやりやすいように変形させる者がほとんどだが……、いづれにせよ構えからの攻撃手段はいくらでもある。覚えて損はない」


 そういえば、先日見たエルナの剣術はこの四つの構えとは少し違ったな、とラインツは思い出した。


「次に攻撃だ。 一番分かりやすいのは上段または下段の構えから斬りつける《斬り》。次に、剣先で突いて攻撃する《突き》。三つ目は《切り落とし》。刃を相手の身に押し付ける。基本はこの三つだ。斬りと突きさえ出来ればあとは簡単だ」


 エルナは模擬剣で動作を見せながら説明していく。

 《斬り》は単純で分かりやすい。《突き》はタイミングと、相手の剣を払い避けることが出来れば簡単そうである。

 ラインツは初日こそノートに書き込もうとしたが追い付かないので目でしっかり見て覚えることにした。


「ラインツ、見てるだけでは上達しないぞ」


 初っぱなから勉強のやり方を指摘されるのであった。



 カンッカンッ カシュッ……カンッ!


「ハアッハアッハア……」


 先程からラインツは、エルナに教わった技を何度も試すが攻撃が一度も届かない状態に陥っていた。


「なんで剣が届かないんだ……? 相手の陣地に踏み込んでるのに…………」

「君のそれはつんのめってるだけさ、陣地に入るのは確実に攻撃が入る時だけだ」


 例えばこんな風に、とエルナはラインツとの間を三十センチ程に詰める。剣は右手に提げたままである。


「さあ、私に攻撃を入れてみろ」


 そう言われ、ラインツは一瞬戸惑ったが鍬の構えから彼女の腹目掛けて思いっきり突く。はずだった。

 しかし彼女の脇腹に当たる直前に剣を弾き飛ばされてしまった。


「え……そんな……」


 そして驚く暇もなく首の皮膚ギリギリのところに切っ先が当てられている。


「どんな至近距離でも相手に剣を構える余裕があれば攻撃は通らない。むしろ自分がやられる時もある」


 ラインツが突いた剣をエルナは刀身の根元に近い箇所で受け止め、 右手の手首をひねって彼の剣を払い、刀身の中心を左手で添え、彼の首にピタリと切っ先を当てたのだ。その間僅か一秒。

 刀身を短く持つことで至近距離での攻撃も容易に行えると説明するとエルナは、その切っ先を首から離した。


「すごい…………」


 ラインツは感嘆の声をあげた。ただただひたすらすごい。


「すごくかっこいい! もう一度見せてください、俺も出来るようになりたい!」

「え、ああ、いいだろう」


 ラインツの興奮する様に圧されつつも返事をしたエルナは、密かに彼の可能性を感じていた。

 自分は今確かに剣先に殺意を込めたはずだ。その殺意を間近に受けた者は、例え攻撃を受けなかったとしても恐怖に捕らわれ動けなくなるか、もしくは気絶することがほとんどだった。己の強さは己自身がよく知っている。なのに…………


 もしかして気付いていないのか? 殺意が向けられたことに……


「ラインツ、格好いい技を覚えたければ私の動きをよく見てたくさん練習しろ。ただの真似ではなく、真剣で相手を殺す気持ちで模擬剣を持て」

「はい! ……でも」

「何だ?」

「人を殺すのはよくない気がします……」


 ガツン


「いってえっ」


 思わず模擬剣でラインツの頭を殴った。


「剣は戦の武器だ。今度甘えたことぬかしたら稽古はつけないぞ」

「ええ!! 嫌ですッ! 分かりました…………じゃあ必ず殺すつもりで練習します!」

「ブフッ……絶対殺す必要はないが……まあいい、精一杯背中を押してやろう」


 それから二人はグレタが夕飯に呼びに行くまで剣を交え続けた。ラインツがひたすら攻撃を仕掛け、エルナは剣で躱したり時にはラインツの体ごと地面に払ってみせる。

 彼女はあまり立ち位置を変えていないため、汗だくのラインツとは正反対に最後まで涼しげな顔をしていた。

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