08*あたしの願いが叶うとき
華奢な木彫りの椅子にかけると、龍ちゃんがのぞき込むようにしてあたしを見た。
「なに……?」
「んー」 何ともとれないような返事をして、彼は続けた。「変わったような、変わってないような……だな」
「よく分かんないよ」 あたしは笑って返す。
「俺も分かんねえ」 彼も笑っていた。
頼んだコーヒーとミルクティが来るまで、あたしたちはいろんな事を話した。
小さい頃を思い出したり、学校の話をしたり。龍ちゃんは、大学や会社のことをたくさん話してくれる。目を細めて楽しそうに話す時の彼は、昔と変わらない無邪気な『龍ちゃん』だった。
――変わったような、変わってないような。
なんとなく分かるような気もする。
だって実際、久しぶりに見た龍ちゃんは以前とだいぶ変わってた。髪は明るいブラウンから落ち着いた色に染め直されて、いつも大きなピアスが存在を主張していた耳には、ずいぶん華奢なクロスだけが光っている。たまに見かけた制服姿も今では端正なスーツ姿に変わって、彼はいつのまにか一緒にいるのが恥ずかしいくらいに魅力的な『大人の男』になってしまった。
彼の隣にあたしがいるなんて、まるで間違ってるんじゃないかな。少なくとも、こんなにお子ちゃまで平凡なあたしと、誰もが振り返るような彼とじゃ、あまりにも不釣り合いだろうし。
そしてそんな『振り返る女』の中に、彼にふさわしい大人の女性は存在するのだ。
なんだか自分に自信が持てなくなってしまう。
いったい今までに何人の女性が、そんなふうに龍ちゃんを独り占めしてきたんだろう。こんなあたしじゃ、お話にもならない、ね。
「下宿も自由で楽しかったんだぜ。大家のオバチャンはうるさかったけどな」
彼が悪戯っぽく笑う。
「寂しくなかったの?」
できるだけ冷静を装っていた。とろけそうな心を見透かされるわけにいかない。
「当ったり前だろ」
あたしのおでこをピンッとはじいて、こっちをにらみつけている。
「あーっ、口が笑ってる! ウソつきッ!」
「バカ」
他愛もない会話だけど、あたしにはそれだけで十分だった。
「なーんだ。龍ちゃんが引っ越すとき、あたしはすごく寂しかったのにさっ」
何気なくそう言ってしまって、はっと口をつぐんだ。
お互い『あの日のこと』には触れないように気を遣って話していたのに。
彼との間に、妙な空気が流れ出す。行き場を失ってしまった気持ちが、あたしの眼球だけをどうしようもなく泳がせていた。
「お待たせいたしました」
なんとも素晴らしいタイミングでドリンクがやって来る。
「中身 熱いですので、お気を付けください」
柔らかく優しい声で、店員さんは言った。
「ありがとうございます」
あたしがそう言うと、微笑み返してくれた。
ぼうっと窓の外を眺めていたら、口が半開きになっているのに気づいて慌てて閉じた。
今の、見られちゃったかな……。
さりげなく隣を確認すると、なんだか真剣な目で遠くを見つめる彼がいた。
「……。」
黙ったまま、何も言わない。
余計に落ち着かない気持ちがくすぐったい。目のやり場に困っていたら、ガラスに映った彼と視線がぶつかってドキッとした。
――なに考えてるの?
なんて聞くほど、おせっかいで空気の読めない女じゃない。
あたしも静かに外でも見ていようかな……。
ふと、リラックスモードに突入しようとしていたあたしの耳に、龍ちゃんの声が響いた。
「俺さ……、」
遠くの方を見つめたまま、まるで今思いついたことのように淡々と言う。
「俺さ、お前のこと好きだわ」
ドクンッと心臓が跳ねる。ガラスの中の彼を、上目づかいにおそるおそる見やった。
「うそぉ…でしょ……?」
――でも。
少なくとも、窓ガラスに注がれる彼の真剣な目を見る限り、それは嘘なんかじゃないのだった。
「ねぇ、本気で……言ってる?」
冗談だよ、なんて、笑わないよね。
「今日お前に会って、確信した。死ぬほど本気だって」
「……!」
何か言わなきゃ。早く伝えなきゃ。
気持ちだけが焦って、言葉にならない。「夢じゃ……、ないよね」
「え?」
あたしってば、なに弱気になってるの。
龍ちゃんのこんなに真剣な顔見たの、初めてなのに。こんなに真剣に伝えてくれたのに。
「あたしも……」
――言わなきゃ。
「あたしもずっと……」
――伝えなきゃ。
だけど。
「やめろ」
静かに、でも低く凄みを利かせ、遮るように彼は言った。
「本当の事を言え」
握りしめられた彼の手が、テーブルの陰で震えてる。
「ほんとだよ」
ただの優しさなんかじゃない。これは本心だよ。
あたしは、心からあなたに惹かれてた。
「龍ちゃんこそ。もし嘘だったら、あたし…泣いちゃうからね……!」
そう言いつつも、もうすでにあたしの視界は霞み始めてるみたいだった。
「バ…ッ、バカ! 泣くなよ」
ちょっと驚いて、でもなんだか幸せそう、彼があたしの頭をくしゅくしゅっと撫でる。
ねぇ、あたしも幸せそうに見える?
幸せは、鳴る。ほら今だって、あたしの胸は今にもはちきれそうなくらい音を立ててる。
――ねぇ、龍ちゃんの幸せも、鳴ってる?




