07*あたしと 幸せの音
いつもあたしを最優先に考えてくれて、妹みたいに可愛がってくれる。
それでも少し強引で、乱暴な言葉遣いが他人に誤解を与えたりする。でもそんなギャップがあたしのツボだったり。
今もまたほら、勝手にあたしの手を引いて、出口の方へ歩いてる。
でもこれも彼の優しさ。薄着のあたしを見て、「風邪ひくぞ」って暖かい場所を探してくれて。それに何となく、歩幅も合わせてくれてるみたい。
あたしには龍ちゃんが側にいてくれるだけで、十分暖かくて幸せなのに。
そんな彼を、あの頃どうして避けるようになっちゃったんだろ。……もったいないことしたなぁ、なんて思ったり。
心臓が、音を立てて鳴ってしまう。
斜め前を歩く彼は、そんなあたしの手を優しく引くだけで、何も言わない。まるであたしの心臓の音を聞いてるみたいに。
絶対に聞かれたくないのに。こんなこと、絶対に気づかれたくないのに。
そう思えば思うほどに、あたしの心臓は 今にも飛び出しそうなほどに激しく鳴ってしまう。
そんな自分を落ち着かせるために、冷静に物事を考えてみた。
―― 龍ちゃんと手を繋いで歩くなんて、何年ぶりかな。
まさかこんな風に、また手を繋げる日が来るなんて、思ってもいなかった。
嬉しいような、恥ずかしいような。
―― 彼はどんな気持ちで繋いでくれているのかな。……まさかね、あたしじゃないんだから。
無理なことを考えるのって、すごく悲しい。
彼はそんなものにこだわったりしない。
今の彼の『手を繋ぐ』と、あたしの『手を繋ぐ』は、きっと天と地ほどに違って――。
風の吹き抜ける階段に近づくにつれて寒くなってきて、前ボタンを閉めたくなってくる。
彼の貸してくれたジャケット。大好きな彼の香りがする。
せっかく繋いでるのにもったいないけど、片手じゃボタンは閉められないから手を離すしかないみたい。
でも一度離しちゃったら、どうしたらいいんだろ。もう一度繋いで なんて、あたしには言えないよ……。
「ごめん……っ」
ああ、離しちゃった。
すると、
「ああ。分かってるよ」
彼は寒がるあたしに気付いてくれていたようで、スッと手をほどいてくれた。
やっぱり龍ちゃんは優しい。
だけど――。
今のはそんな単純な言葉じゃなかったみたい。
彼の顔が妙に寂しそうに見えたのは、気のせいなんかじゃないと思うから。
ボタンを閉めるとあたしの指は、自分でもびっくりするほど素直に、彼の手のひらに戻っていった。
ちょっと大胆なことをやってのけた自分と、少しもあたしを拒まない彼に動揺しながら、ごまかすように言う。
「寒かったから……前、閉めたの」
「あ―― そ、そうだよな! 寒いもんな」
悪戯に笑う彼の姿があたしの心を鷲掴みにする。
あたしが……彼の寂しさを、分かってあげたい。
「『分かってる』って。あれ、何のことかなーと思って」
―― だって、放っておけない顔してた。
◇◇◇
オレンジ色が柔らかく零れる窓の前で、彼の足は止まった。
「ここでいいか?」
こんな風にあたしに聞いてくれるなんて、珍しいかもしれない。
「うん。ありがと」 でも本当は、龍ちゃんが決めてくれたところなら どこだって嬉しい。
ガラス越しに可愛らしいティーカップが見える。あたしの大好きな物たちを いっぱい集めたような雰囲気のそれは、カフェだった。
「お前、こういうの好きだろ」 彼が窓辺を指さして言う。彼も同じティーカップを指していた。
「うん、大好き!」 そう言うと、彼は懐かしそうに笑った。
「やっぱりな。変わってない」
―― チリン チリン♪
彼が扉を押し開けると、明るい鈴の音が響いた。暖かい空気とともに店内を流れるオルゴールの澄んだ音色が、すっかり冷たくなってしまったあたしたちを優しく包んでくれる。
「いらっしゃいませ。お二人様ですね」
カントリー調のエプロンをした店員さんが、笑顔で迎えてくれた。「こちらへどうぞ」
空いている時間帯のようで、店内には若いカップルと小さな子供を連れた親子の姿が見受けられるだけだった。
案内されたのは窓際の席。ガラスに向かう形の席で、他のカフェではあまり見ない不思議な配置に 嬉しさが増した。
龍ちゃんの隣に、あたしが座る。
繁いでいた手と手が自然にほどける。飛び跳ねていた心臓が、少し落ち着くのが分かった。
あたしの中で鳴る音を、オルゴールのBGMがかき消してくれている気がする。
いつもよりちょっとスピードを上げて、それでも定期的に鳴っている。
幸せは……、鳴るんだね。




