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06*俺と 俺らしくない俺

「……くしゅん」

 彼女が小さなくしゃみをしたところで、僕は重大なことに気がついた。

「お前! 寒いだろ、その格好」

このくそ寒い空の下を、楓はこんな薄着で走ってきたのか。

「う、うん……。まあね」

えへへ、と笑ってみせる彼女の無邪気さが、愛しさとなって僕の胸を締めつける。

「まあね、じゃねえよ。風邪ひくぞ」

僕はジャケットを脱いで彼女にかぶせてやった。

「あっ、ダメだよ。龍ちゃんが寒く……」

すっぽりと収まってしまう彼女に、愛しさが増す。

「俺はいいから」 そういうと僕は、「暖かいところ、行こっか」 彼女の手を引き、繁華街へ続く出口の方へと向かった。


 ◇◇◇


 こうして手を繋ぐのは、何年ぶりだろうか。

今の僕にとっては、『楓と手を繋ぐ』のは結構重大なことだが、彼女からしてみれば やはり僕はいつもの『幼なじみの龍ちゃん』なんだろう。

 あの日、彼女は最後に何を言いに来たのかは分からないが、あの頃もう既に彼女が僕を避けるようになっていたのは事実である。

僕のような気持ちが 楓にもあるなんてことは、まずありえない。


 その証拠に、彼女の方もこうして平気で手を繋いでいられるのだ。

 僕が今、あの頃と同じ……いや、少しは大人になったはずの気持ちで、楓の手を握っていると知ったら、彼女はどうするだろうか。

僕の手を振り払って逃げるだろうか。それとも……――


「ごめん……っ」

 突然、楓が手を離した。

僕の気持ちを見破ったのだと、瞬時に悟った。

「ああ。分かってるよ」

覚悟はできているはずだ。元はといえば、こいつの事は忘れるつもりだったわけだし。

でもこれじゃ……。


 ところが意外なことに、彼女がほどいた指先は、何やら腹の辺りで作業をしたあと、再び僕の手のひらに戻ってきた。あまりに予想外で、状況を読むまでに時間がかかってしまう。そんな、手から力の抜けたままの僕を安心させてくれるかのように、彼女は笑って言った。

「寒かったから……前、閉めたの」

「あ―― そ、そうだよな! 寒いもんな」

一人で勝手に振り回された自分に失笑しつつ、再び歩き出す。

 目の前に迫った外への階段を登っていくと、上からの風が直接吹き抜けて、確かに寒い。

「で、何が?」 並んで歩く彼女が言った。

「は?」

あまりに唐突すぎて、何が何だか分かったもんじゃない。驚いたので思いのほか強い口調で聞き返してしまった気がして、少し慌てる。

「さっき言ったじゃない? 『分かってる』って。あれ、何のことかなーと思って」

彼女はそんなことは全く気にしていないようだった。というかそれより俺、ヤバいところを突かれている。

「あ、いや別に。――あっ ほら、後でゆっくり話すからさ」 そう誤魔化して、とりあえず先を急ぐフリをしてみた。

「とにかく行こうぜ」


 ◇◇◇


 斜め後ろを歩く彼女は、僕の手を柔らかく握ったまま何も言わない。寒いからなのかもしれないが、4年のブランクのせいで妙な空気が流れているようで歯がゆい。

 この位置からでは楓を見ることはできないが、こうしているだけでも彼女の変化は自然と伝わってくる。

僕の覚えている限りでは、こいつの手はこんなに大きくはなかった。もっと小さくて丸っこくて、いかにも子供という感じの手だった。

もっとも手なんか繁ぐことができたのは、楓が小学生の頃までだったけど。

 彼女の成長が切なく感じられる。僕を置いて、楓はどんどん大人になっていく。あの日の思い出の中に僕を閉じこめたまま、楓はどこか遠くへ行ってしまうんだろう。

 過去にこだわるのは嫌いだが、彼女に関してはそうとは言い切れない。彼女との思い出は綺麗すぎて、最後のあの瞬間だけが逆に際立ってしまう。彼女だけは、どうしても記憶から消せない。皮肉なことに、忘れようと思う度に思い出してしまっているのは事実なのだ。

 ――俺は男としてどうするべきか。

彼女の幸せを優先して、この気持ちは隠し通そうか。それとも、いっそプライドなんか放り捨てて全てをぶつけてしまおうか。


 どうしてこんな事をいつまでも考えてしまうんだろう。

駆け引きなんて、女々しいことはしたくない。思ったことはその場でストレートに伝えたい。これまでだって、ずっとそうしてきた……、はずなのに。こいつのことが絡むと突然、自分が正反対の内気な男になるのだ。

 楓といると、まるで調子が狂う。こんなふうに悩むなんて、俺らしさの欠片もない。

――もどかしかったら伝えればいい。 ……そう。分かってはいるけど。

言葉にしたら、きっと何かが壊れる。僕たちの関係も、思い出も、もちろんこの空気も、何もかも。

――伝えられないから、余計にもどかしい。


 息が詰まりそうに苦しいのは、気まずい空気が流れるからなんかじゃない。

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