04*過去の俺と 愛しい人
来ない。楓が来ない。
あの家からこの駅までなんて、そう遠くはないのに。
間違っても、時計の針が真反対まで動くほどの時間はかからないはずだ。
――それなのに。
まったく、世話が焼けるのは昔から変わらない。
手持ちぶさたになった僕は、なんとなくあの改札口へと向かった。
あの日 最後に見た彼女の顔は、見たこともないほど純粋で美しかった。傷つき歪んだその顔は、僕の中から抹消できないほど綺麗で、その綺麗さが余計に僕を苦しめた。
その瞳から涙が溢れる前に、僕は消えなくてはならないと思った。二度と元には戻せない、大切なものを失ったのだと感じた。
あれから僕は、特別な女をつくることができない。
未練なのか、それとも後悔の類なのか、どちらにしろ僕にとって、恋愛は恐ろしいものと化した。
僕でさえこの有様なのだから、彼女にはこれ以上のトラウマをつくってしまったに違いない。あるいは、幼すぎて覚えていないだろうか。
もう一度、あの頃に戻ってやり直したい。そうしたら、今度こそ きちんと伝えてやるのに……。
自動改札機の手前に立つと、あの日の記憶が驚くほど鮮明に蘇った。
そう、ちょうどこの辺りで、愛しい人の声を聞いた。ほとんど顔を合わせなくなっていたから、呼ばれただけでも胸が締め付けられるほどに愛しかった。
でも、これからは「本当に」会えなくなるということを考えると、彼女のことは忘れるしかないと思うのだった。いつまでも引きずっているわけにはいかない。僕の中から消してしまうしかないと、そう思ったのだった。
『龍ちゃんっ!』
あの日、彼女にそう呼ばれて おもむろに振り返った僕。でも今はもう振り返れない。脳裏に焼き付いたままの悲痛な顔が、また蘇ってしまいそうだから。
「龍ちゃん……?」
そう、たとえ誰かに呼ばれようとも。
振り返ってはいけない。――でも、もう一度あの場面からやり直したい。もう一度振り返って……!
ケータイを握りしめたまま、おそるおそる振り返ったその先には、
「龍ちゃんなの……っ?」
彼女がいた。あの日とは全く正反対の、今度は驚いた顔をして。
僕も僕で立派に驚いた。まさか本当に、そこに現れるとは思わなかったから。
一瞬、幻覚かと思って目をそらした。だけど彼女から注がれてくる熱い視線に、僕の目は再び吸い寄せられるように彼女を捉えた。
「楓……っ、本当に楓なのか?」
瞳に張った透明な幕を隠すように、彼女は困ったように笑ってゆっくりとうなずいた。笑った顔なんて、もう二度と見ることはできないと思っていたのに。
「遅くなってごめんなさい。居場所が分からなくて、ずいぶん探しちゃった」
舌を出して笑う彼女は、やっぱり僕の好きな楓だ。
「ごめん。会う場所 決めればよかったな」
久しぶりに見る彼女が眩しくて、真っ直ぐ見てやることができない。
「いいの。言ってくれる前に切ったあたしが悪いんだから」
「え?」
「ほら あのとき、言ってくれようとしたんでしょ? 『あ、あの……』って――」
「いや、あれはその……」
とにかく――、君に会えてよかった。




