第46話 主の元へ
「欠片も生きた心地がしねえ」
「わたくしも疲れました……」
「デスペナ回避。儲け儲け」
戦闘終了のリザルトが表示されており、大量のドロップアイテムやレベルアップの表示に並び、世界レベルが20に進んだことが明示される。戦闘開始前が11だったことを考えると異様な進み方だ。やはりあのイカはこの時点で戦うべきボスではなかったのかもしれない。
「おつかれーい。いやあ遠距離部隊が全滅したときはどうしようかと」
「おおユークリッド生きてたか。ナイス釣り餌だったぞ」
「釣り餌言うな。釣られてからは、ひたすら卯月くんと一緒にタンク部隊の回復やってたんだけど、一撃死はどうにもならなくてね……」
ほぼマナを枯渇させた状態のユークリッドが、ゴドーとレイダーさんを伴って戻ってくる。後ろの2人も装備は各所がボロボロで半死半生と言った有様だ。
「お疲れ様、セツナ。銀星にはまだ遠いが、立派にタンクを果たしたね」
「レイダーさんも今回は助かりました。本物の釣りではなくて心苦しいですが」
「十分に堪能したともさ。それに、銀星とシンシアの釣果が大物であったと確信ができたからね。環七女史もいる。心配はいらなそうだ」
彼の口元が笑みを作る。仮面に隠されてそれ以外の表情は窺えないが、おそらくは微笑んでいるのだろう。昔よく見た表情。
「言っていなかったが、私の所属する『DOUBLE KNUCKLE』は、元『四神連合』のメンバーが複数人所属するギルドだ。今回のお誘いの事を話したら、1つ依頼されてしまってね。クロが楽しくなさそうな居場所なら、首根っこ捕まえて引き抜いてこい、と」
「……それ絶対光次郎さんでしょ。お節介なのは変わってないなぁ」
「ふふ、この発言自体は光次郎のものですが、シフォンくん、三国くんもほぼ同様のことは言っていましたよ。可愛い弟分のことが心配なのは皆同じです」
「元同僚が過保護すぎる……俺はいつまで弟扱いなんですか」
「少なくとも今日の君の振る舞いを見た私は、君を弟だとは思いませんよ」
そろそろ弟扱いは卒業したいものだ、と考えていると、俺を弟扱いしたい勢の一角であるカンナが傍に来ていた。
「ん。レイダーお疲れ。私は褒めてくれないの?」
「貴女は元から出来る人なのは分かっていますから。まあでも、変わらない動きの冴えには感服するしかないのですが」
「ふふん。レイダーも釣りの腕は鈍っていないみたい。でもセツナはあげないよ」
「取りませんって……それでは私はこれにて。この後野暮用が一つありまして」
「そっか。じゃあねレイダー。お馬鹿たちにもよろしく」
「そちらでも何かあれば呼んでください。万難を排して俺とカンナが駆けつけます」
「はは、その時は是非よろしく頼むよ。では」
ファストトラベルでレイダーさんの姿がかき消える。
それと入れ替わるように、死亡マーカーからレイドのメンバーがリスポーンする。その最後に復帰した男は、静かに水面を眺めていた。
「お疲れ。気は済んだかい」
「……どうなんだろうな。あいつを殺しても、俺の相棒が帰ってくるわけじゃあない。そんなことは100も承知の上で挑んでいたんだがな。肩の荷は下りたけど、空っぽになっちまった気分だ」
力なく笑う牙刃丸の目からは、もう狂気は感じられなかった。
「これからどうするんだ?」
「さあてね……お前さんには世話をかけた。ドロップ品は全部やる。俺が持っているよりは使い道があるだろう」
「引退でもするつもりかよ」
「自分がやるべきと決めたことをやり終えて、燃え尽きちまったのかもなぁ。ほら、譲渡するから承認し……ろ?」
リザルトを流し終え、アイテム譲渡のウィンドウを操作する牙刃丸の指が止まる。
彼の視線の先には1つのアイテムの名前があった。
「『忠誠の狼牙』、あいつはイカだぞ……こんなものを、落とすわけがない」
オブジェクト化したとても小さな牙を握りしめ、牙刃丸の声は震えている。それはおそらく、彼の相棒の形見。
アイテムの説明にはこうある。命を賭して突き立てた牙は、愛すべき主の元へ戻ることを願っている、と。
「……で、それも俺にくれるって?」
「……すまない、これだけは、俺にくれないか。他は全部やるから」
「もともとアンタのだろ。他も要らねえ。アンタ自身のために使いなよ」
「……恩に着る」
言葉少なく牙刃丸もファストトラベルで何処かへ戻っていった。おそらく彼は引退の選択肢は取らない。そんな表情ではなかったから。
「よく頑張ったねセツナ。いざとなったらボクが片付けるつもりだったけど、出る幕無かったから砂浜の端っこでカニいじめてたよ」
「お前も死んだら生き返れないんだから、戦闘に巻き込むつもりはなかったって。なのに強引にパーティの1人分の席に座ってからに」
「そりゃあボクも『アフター・グロー』のメンバーですし? 頼りがいのあるミステリアスつよつよドラゴンとしては当然の行動かと」
「後半に疑問の余地は残るが、帰属意識は高い様で何より」
ヨルは無傷の状態で、気が付くと目の前にいた。
出現があまりにも唐突だったため、一瞬身構えたが。
「世界はまた進んだ。次もこの調子で頼むよ、セツナ」
にこにこの笑顔でそう告げるヨルだったが、流石に今回のようなハードなのはしばらく勘弁願いたい。




