第45話 ざまあみろ
「……流石に、エリアボスともあろうエネミーが、ハメ対策をしていないなんてことは思ってなかったが。イカスミにしちゃあやり過ぎだろ」
「遠距離部隊、全滅です……。バレットさんのように直撃していないプレイヤーも、余波だけで消し飛んだというのですか……?」
「今はそっちの心配よりも自分たちの心配! 触手の速度がさらに上がってる!」
タンク部隊がゴドーを残して、全員が触手に貫かれて砕け散る。アタッカー勢もかなりまばらになってきている。戦況が一気に逆転したといっても差支えがない。発狂によって防御力が激増したとでもいうのか、残り1割のHPが微動だにせず存在を誇示している。
「速すぎて触手への攻撃は悪手ですね……なんとか本体に接近しなければ」
「それこそ困難。近寄れば触手の密度が上がって、ああなる」
カンナの視線の先、接近を試みたアタッカーの1人が、5本もの触手に絡め取られて引き裂かれる。即時の回復を許さない念の入れようだ。
その間、残り3本が俺たちを食い破らんと暴れまわるのを、必死に抑え込む。比較的耐久にもステータスを振っているカンナはともかく、俺やエタニティは紙装甲も良いところ。一撃でも直撃すれば持っていかれる自信しかない。
それに先ほどの超高圧水流ブレード、あれが次いつ飛んでくるかも分かったものじゃない。横薙ぎに振るわれれば、背後の街ごと俺たちは全滅する。実質次に発射されればその時点で負けが濃厚。チャージタイムがどれくらいか分からないが、一発限りの隠し玉と楽観視できる状況でもない。
「ちょっと賭けになるけど、私が行く。2人は3本の対処お願い」
カンナの黒翼が力強く羽ばたき、上空へと舞い上がる。
レベルが上がったとは言え、バレットのような無制限の飛行ではない。翼による飛行の持続時間はおよそ10秒。
超高高度からの流星脚、空対地の最大火力の一撃への高度調整。スキル中の無敵モーションとシンプルな加速で迎撃の触手を振り切る算段か。
「それは構わんが、こっちはギリギリもいいとこなんだよなぁ!」
継続ボーナスで得たスキルの中に『即応防御』というものがある。攻撃態勢に無い状態での反応速度にブーストがかかり、防御を容易にするというだけのものだが、今の状況ではこれ以上のスキルは無い。
剣を強引に盾として扱い、触手の猛攻を防ぐ。本来の用途以外で装備を使用した場合、耐久値の減少が顕著にはなってくるが、背に腹は代えられない。
天を仰ぐと、上空でスキル発動の発光が見えた。
飛行時間の限界を終えたカンナの蹴りが、赤の軌跡を引く流れ星が、落ちる。
迎撃の触手は5本。こちらで抑えている3本を除く全てがカンナへと殺到する。
1本が攻撃判定を纏った爪先に触れて弾け飛んだ。次の2本の触手はその合間を抜かれ、防御の体を成していない。最後の2本は絡まり合い、本体の直上で即席の防護壁を形成する。そこにカンナが着弾した。
「……打撃は通りが悪い、だったっけ」
彼女の渾身の一撃は、途中で粉砕した1本と、防壁としての役割を全うした2本、合計3本の触手を消し飛ばすことには成功した。それでも、絶命には僅かに届かない。
「あーあ。カッコつけたかったんだけどな」
スキル後の硬直によって動けないカンナが、後方から追い付いた触手に捕獲される。空中に吊り上げられ、磔にされた彼女へと、クラーケンの巨体の口が向けられる。先ほどの高圧水流ブレードと同じ構え。
足を潰された復讐ということか。前回の俺の時も過剰ともいえる報復を受けたが、こいつのAIはかなり執念深い性格をしているらしい。
だが奴は知らないのだろう。自分が踏み潰してきたもののことなど。何度となく奴に殺され、それでも折れずに執念と狂気を目に宿した男のことを。
「ああ……ようやくそのツラを拝めた。覚えてる……ワケねえやな。だが俺はお前さんのことをこの数日間1秒たりとも忘れたこたァ無かったぜ」
レンジャーの基本スキル、潜伏を解除した牙刃丸が、クラーケンの本体の目の前に立っている。これには流石にクラーケンも想定外だったのか、触手の動きがビタリと止まった。
「豆丸、俺の相棒だがよ、お前の触手に立ち向かってなぁ。初めて水を見て怖がってたくらいなのに、俺を一瞬でも逃がすために嚙みつきに行ってなぁ」
彼はぽつぽつと言葉を続ける。カンナを捕らえていた2本、俺とエタニティに相対していた3本の触手が全て眼前の男を排除するために殺到する。
「6回目くらいかァ? 目視してない船上のプレイヤーを、お前がどう認識してるかを確信したのは。目視していないと、動いてねえ相手を認識できねぇんだよな。水中なら水の流れの違いで、見えてなくても分かるみてぇだが」
再び潜伏スキルで視界から消えた牙刃丸に対し、触手の全てが空を切る。
「どういう理屈か知らねえが、お前はプレイヤーを認識する。NPCが皇都から乗ってくる船を襲わねえのはそういうことだろ? だから本当は豆丸だってお前には見えてなかったはずだ。お前からしたらただ足を振った場所にいた、そうだろ?」
独白のような、追及のような、言い訳のような。そんな言葉が淡々と流れている。クラーケンは明らかに焦燥した様子で、自身の周りの砂地を触手で滅多打ちにしているが、それが牙刃丸に当たることは無い。
「出会ってからたったの数時間、だけどあいつは俺の相棒だった。それをお前はゴミみてぇに殺しやがった。じゃあよう、お前もゴミみてぇに死ぬべきだ、そう思わねえか? 目には目をってやつだ」
軽い音。クラーケンの本体に突き立てられたのは牙刃丸のナイフ。目に見えるほどのダメージはない。しかしこの攻撃によって触手の攻撃が一点に集中する。見えていなかろうが、ナイフを握る先に体はあるはずというシンプルな思考。だがやはり手応えがない。
「ポイズンエッジ、今の俺の唯一の攻撃スキルだ。くたばれイカ野郎」
2本目のナイフが突き立てられる。クラーケンの残り僅かの赤いHPバーが、紫色へと変色する。毒の状態異常が付与され、定数ダメージが発生し始める。
スキル後の硬直により潜伏が解除された牙刃丸に全ての触手が突き刺さり、彼のHPを吹き飛ばす。それでも彼は笑う。
「なあ、こういう時に、何て言うか知ってるか? ざまあみろ、だ」
彼の体が砕け散るとほぼ同時、クラーケンのHPバーの色が失われる。
最後の抵抗のように触手をプレイヤー達に伸ばしたが、届くことはなかった。
水底のクラーケンはポリゴンへと身体を変じさせ、その命を終えた。




