第43話 リベンジマッチ
決戦の週末を迎え、『アフター・グロー』のメンバー総勢10名、牙刃丸を始めとしたクラーケン被害者の会と言う名のプレイヤー19名、俺の個人的な伝手で呼んだゲスト1名、合計30名がクィリナスの船着き場から海を見下ろしている。
昨日の俺たちの挑戦から、新たに挑むプレイヤーはいなかったらしい。やはりあの高速触手による蹂躙劇を見て、気勢を削がれた者が多かったらしい。
「それでお兄様、牙刃丸という方に関しては説明されたので理解していますが、この方は一体どちら様なのでしょうか」
「……クロ、みんなには説明をしていないのかい。君も環七女史も、そういうところ適当なんだか抜けているのか……」
「あー、紹介する。元『四神連合』副長、仮面襲撃者。今回はデザバス時代の釣りの第一人者としてお呼びした。まさか今回メイン職が釣り人になってるとは思ってなかったけど」
今回の作戦、初動のキモこそが釣りである。昨日ヨルが冗談半分で言った、プレイヤーを餌にしたエリアボスの一本釣り。それに近いことを今回大真面目にやるのだ。これを考えついた時、その大役を果たせるには彼しかいないと思い、即座に連絡を取った。彼からの第一声は、寝ぼけてる? という呆れ声であったが。
『神聖仮面』、『特撮聖騎士』、『城砦騎士』、彼を表する言葉は多岐に渡るが、俺の中での彼の印象は釣りをしている仮面の人である。今回も釣りスキル持ちを選択しているとは思ったがビンゴだった。
「ご紹介にあずかりました、『DOUBLE KNUCKLE』所属、仮面襲撃者です。本来であれば特に関わりのない、部外者の私が参加するのは気が引けるのですが、後輩の頼みなのでご容赦を」
「今回のレイド戦、対クラーケンの作戦は牙刃丸氏の案を採用しました! 近接職とユークリッドさん、レイダーさんは港湾エリアへ、遠距離職は大河船にて待機、決行は5分後です! 今日こそあのエリアボスを倒して、お兄様との優雅な船旅を勝ち取るのです!」
エタニティの檄が飛び、散々苦渋を舐めさせられたプレイヤー達がそれに咆哮で応じる。最後がただの私情なのはいかがなものかと思ったが、士気は上がっていそうなので許す。
俺の隣では牙刃丸が静かに目を閉じている。昨日から今日この時間まで共にレベリングをし、装備も最低限整えた。純粋な戦闘職でないとはいえ、レベルが10まで上がると流石に硬くもなる。本人たっての希望で前衛組に組み込んでいるが、その役割は餌などではない。あくまでアタッカーとしてである。
「……感謝しているよセツナ。俺の呼びかけでは、ここまで人を集められなかった」
「何度も何度も、挑戦して諦めなかったお前の姿を見ていたプレイヤーもいるってことさ。うちの面々と先輩は、俺のわがままに付き合わせた形だけどな」
「しかし……良いのか彼女は。餌なら俺がやると言ったのに」
「ユークリッドか? あいつはあいつで、いい様に負けた昨日のリベンジがしたいんだってよ。そのための秘密兵器もある」
視線の先のユークリッドが、港湾の砂浜から広大な水系へと一歩を踏み出す。踏みしめる水面が、音を立てて白氷に彩られる。それは過去、彼女の足元を常に支え続けた靴。
「踏氷の靴、皆に借金してどうにか間に合った」
一歩、二歩、とユークリッドが足を進め、止まる。何の表示もないが、そこが街とフィールドの境目なのだろう。そこを出てしまえば、おそらくは。
「頼みますよぉレイダーさん……即死は嫌だからね……」
最後の一歩を踏み出した瞬間、巨大な水しぶきが立ち上がり、昨日ぶりの獲物にいきり立った触腕がユークリッドを絞め殺さん、と伸びてきた。
「うわああぁーっ! アイスショット、アイスピラー、アイスブラストォ!」
伸びてくる触腕に対し、ユークリッドは悲鳴を上げながらも、一歩も退かずに魔法を連打する。そのほとんどが触腕に突き刺さるも、大きなダメージとは言い難い。
触腕がユークリッドを捉えかけたその時、彼女の背中に糸がきらめいた。
「スキル、空合わせ。ユークリッドさん、舌を嚙まないように!」
突如としてユークリッドが後方へ吹き飛ぶ。それは触腕の殴打によるものではない。レイダーが掛けた糸によって、ユークリッドが釣り上げられた形である。釣り上げられているその最中にも、魔法の詠唱は止めない。氷の弾丸や氷柱が触腕を叩き続ける。
あと少しで捻り潰せた獲物を横取りされた形となり、未だ顔を見せないクラーケンもご立腹のようで、怒りのままに街の境界を越えて追撃をかけてくる。
「作戦第1段階成功です! 遠距離部隊はすぐに船を出してください! 今ならクラーケンの背後へ抜けられるはずです!」
「ぐへっ! 砂がじゃりじゃりする……! じゃない、アイスグラウンド!」
「良い餌でした。食いつきは抜群です。では一度逃げましょう」
エタニティが抜刀し、大河船へと指示を飛ばす。釣り上げられたユークリッドが砂浜に突き刺さったものの、アイスグラウンドで浅瀬を凍結させ、そのままレイダーさんに回収された。砂浜にまで乗り上げる勢いで迫るクラーケンの敵視はまだユークリッドが独占している。
「まずはヘイトを奪い取る! タンク総員で触腕を抑え込むぞ!」
ゴドーを含めたタンク部隊の挑発スキルにより、触腕の一本を釘付けとする。そこに他の前衛プレイヤー達が殺到し、反撃を受けながらも攻撃を仕掛け始めた。
しかし凶悪な触腕はもう一本。逃げるユークリッドに向けて伸びたそれを、スキルによって拡大した斬撃が撃墜する。
「いけませんよ、わたくしの仲間に不埒なプレイを考える触腕なんて。原型が残らなくなるまで刻むしかありません」
「セツナを殺した報い、しっかりと受けて貰う。今日の私はかなり凶暴」
「昨日ぶった斬ったのにもう再生するか。またゲソを進呈してくれるってか?」
エタニティ、カンナ、俺の3人でこの触腕を落とす。
そしてその直後に上陸してくるであろう本体と、高速の触手へと対処する。
リベンジマッチの火蓋が切られた。




