第41話 初めての死
「なるほど、これは確かにヤバいな」
「だねえ。戦闘の体を成してない」
戦闘が始まってから10分足らずで、レイド参加者の半分が全損し、残りも半死半生と言った状態に追い込まれている。一方クラーケンのHPバーの残量は7割近い。触腕への攻撃がダメージにはなっているものの、明らかに効きが悪過ぎる。
そもそも攻撃できるタイミングがシビアだ。基本的にこちらが干渉できるタイミングというのが相手の攻撃の瞬間と、その後の水中に戻るまでの僅かな時間しかない。
いっそ開き直って水中の本体を狙えばいいのでは、と飛び込んだプレイヤーが、その数秒後に全損していたところを見るに水中戦は考えない方が良い。
「ユークリッド、予定通りに水面にアイスグラウンドを頼む。ここからどこまで巻き返せるかは分からないが、やってみないことにはわからん」
「任された! 大地よ凍れ、其は冬の王の庭。アイスグラウンド!」
一定時間、対象のエリアを凍らせる魔法、アイスグラウンドにより、大河船を中心とした半径100メートルの海面が凍り付く。
今までこちらの船体を拘束していたクラーケンが、水面の凍結によって逆に縛り付けられた形となる、はずだった。
「あ、だめだこれ。質量差がすごい」
水面から突き出る触腕がその身を捩らせる度、水面の氷が砕け散る。砕けた先からユークリッドの魔力により再び凍結が始まるが、破壊されていく速度に追い付いていない。数分も触腕を止められれば勝ちの目もでてくるかと楽観していたが、ここまでとは。
「どうするセツナくん? これ多分ジリ貧なんだけど」
「一応氷を砕く際にHPバーが微量ではあるけど減ってるみたいから、無意味という訳でもないんだよなぁ。まあいいや、そのまま継続。俺は降りて斬ってくる」
「了解、なんとか3分くらいは維持するから」
凍り付き、ひび割れた水面へと降り立つ。同じように他の近接職のプレイヤーも数名降りてきているのが見えたが、2本目の触腕に薙ぎ払われた。船上よりも相手の手数が多いのは想定内だが、圧が桁違いだ。
「さて、どこまでやれるか……む?」
足が軽い。『走破』スキルのレベルが上がったからかと思ったが、明らかに先ほどまでより動きが速くなっている。ステータス画面を確認すると速度上昇のバフが掛かっている。誰か付与術士でもいたのだろうか。
「これは僥倖、最大限利用させて貰うか!」
氷上を駆け、かなり傷の多くなっている触腕へと大剣を振る。
サンダーバードやヘビーリザードとはまた違う感触。サンダーバードはかなり刃の通りが良かった。ヘビーリザードは岩を殴っているような抵抗感があった。そしてクラーケンはというと、凄まじく肉厚な塊肉のような感触。筋肉の膨隆で刃が押し返されるが、打撃は更に通りにくそうな印象を受けた。
「せめてこの足の1本でも切り落とせれば、楽になりそうなものを……」
おそらく本体とは別に、それぞれの足に個別のHPが設定されているはずだが、今持っている『目利き』のスキルレベルではそこまでは見通せないらしい。更に何合か切り結んだことで、対象の触腕の動きが目に見えて遅くなってきた。そろそろ行けるか。
重剣単発スキル、クライムザッパー。
思い切り振りかぶり、左右どちらかへ薙ぐだけの単発スキルだが、一撃の威力で言えば初級スキルの中でも随一。大剣使いの基礎であり、神にも一撃を見舞った慣れ親しんだ動き。赤黒のスキルエフェクトと共に触腕を断ち斬った。
「1本斬ったぞ! 部位破壊が出来るタイプのボスだ!」
斬った勢いそのままに他のプレイヤーへと呼びかける。
気勢を上げたプレイヤー達がもう1本の触腕へと駆け寄ろうとした時、固定されていたはずの大河船の船体が、不自然に揺れた。
「な、なんだ――ガッ!?」
触腕へと向かったプレイヤー1人の体が、氷を突き破って伸びてきた1本の触手によって貫かれた。そしてそのまま強引に水中へと引き込まれ、数秒もしない間に砕け散るのを見た。
今までの触腕の遅く、力強い動きではない。細く、鋭く、獲物を縫い留めることに特化したような一撃。それが俺を含めた近接職のプレイヤーを襲った。
「ひっ、なんだこのしょく――ごっ」
「これが二段階目ってことかよ!? 防御がまにあわ――」
「たすけ――」
瞬く間に戦線が崩壊していく。
氷を突き破る足の数が増えたということは、アイスグラウンドの維持もいよいよ難しいだろう。根本的に作戦を練り直す必要がある。発狂のトリガーは触腕の切断か、それとも単にHP減少によるものか。速い触手はあれだけ細いのならば、耐久は触腕よりも低いのだろう。そんな考えが走馬灯のように駆け巡るのは、豪勢にも3本もの触手に貫かれたからだろうか。
「本当に2番目のエリアボスかよ、これが」
自分のHPが0になり、砕け散る直前、大河船が残った1本の触腕によって締め潰されるのが見えた。これではユークリッドもダメだろう。1回の挑戦で勝てるとは思っていなかったが、想定以上にヤバい。
この世界での初めての死が、触手によって体を無残に引き裂かれてのものだとは、流石に想像していなかった。




