第40話 水底のクラーケン
「プレイヤーネーム、牙刃丸。プレイ開始はリリース直後。デザバス時代のプレイ経験自体は不明。ヨルの目測だと、プレイしていたとしてもそこまでの廃人ではない。種族は純人間、職業はレンジャーと……ビーストテイマー、か」
「そう。彼の執念の根源はそこだよセツナ。彼にはこの世界に降り立ってから2時間程度の間に、旅を共にする仲間が出来たそうだ。テイムモンスター、フォレストウルフの子供がね。ゲーム開始直後から脇目もふらずに森に走ったということを加味すると、やっぱり200年前を知ってる冒険者みたいだね」
「そして彼の隣に、その狼はもういない、ってことか」
「そういうことになるね。初めての遊覧船が、水底への招待状だったと」
ヨルから齎された情報によって概要は掴めてきた。
確かに、初めてできた相棒を殺されたのであれば、あの態度にも納得がいく。
「納得しきれない、って表情だね」
「そう見えたか」
「意外と表情に出やすいんだね、セツナ」
「ほっとけ」
理解はできる。しかしまだ足りない。あの目に至るには、まだ。
あのような目をしたプレイヤーは、デザバス時代にも何人か見たことがある。そして彼らは例外なく、サービス終了よりも前にあの世界を離れた。その内の1人には、世界最悪の爆殺事件を引き起こし追放された大罪人も含まれている。
『クロエ、君に見せてあげるよ。これから沢山の人が死ぬ。それは作り物の命でしかないけれど、優しい籠の中に居場所を見出した君には、少しばかり刺激的かもしれないね。でも、私にはこれしかないからさ』
「……ヴォイド」
「何か言った、セツナ?」
「胸糞悪い奴を思い出しただけだ。二度と会うこともないのに」
あの日。
彼女が皇都へと向かう前、最後に俺のところに来たのは、別れの挨拶だったのだろうか。それともただの嫌がらせだったのか。今となっては分からないが、そんなクソッタレを思い出すのだ、あの目は。
「随分と、難しい顔をしているね」
びくり、と振り返った先には、ユークリッドが立っていた。
やっほ、と手を振る彼女に、俺は心底ほっとした。
「そんな顔してたか、俺」
「うん。何かを懐かしむような、思い出したくないような、そんな顔」
「じゃあ後者だ。忘れていた方がずっといい」
「なになに、昔の彼女さんの話?」
「さてな。じゃあ、ユークリッドも来たことだし、適当なパーティに付いてエリアボス拝みに行こうじゃねえの」
船着き場は大量の死亡マーカー、復帰してきたボロボロのプレイヤー、人員募集の呼びかけでごった返している。その中にも牙刃丸の姿は見当たらないので、おそらく死亡マーカーの中にいるのだろうと思う。昨日からいくつ死亡回数が増えているのかは想像もできない。
「ヨルは今回は留守番だ。多分お前が居たら、楽に勝てるんだろうけども、万が一ということもある。帰ってくるのに時間はかからないだろうから、待っていてくれるか?」
「セツナがそう言うのなら、仕方ない。また少し散策してくるね」
そう言うと、またどこかへててて、と走って行ってしまう。
目で追おうとしてもすぐに見えなくなる辺り、何かしらステルスのようなスキルを持っているような気がする。ちびっ子ドラゴンの底が知れない。
「セツナくん、20分後に出発予定で、定員まで5人のパーティがあったよ。ひとまずここに申請出しとこうか?」
「任せた。……20分か、少し店を物色する時間はあるな」
全滅すれば経験値とお金が減る。なら先に減らしておくのが正解のはず。
クィリナスでの商店の分布は、魚介類の販売を除けば、皇都からの輸入品を扱う店が多い。今日も船で運ばれてきた品々が所狭しと陳列されている。
「……なんで皇都から来る船は、クラーケンに沈められていないんだ?」
「よく分からないけど、そういうものなんじゃない? NPCの商店に商品が並ばないのは、ゲーム的におかしくなっちゃうし」
「そういうもんかね……。お、氷原熊の革。高いが買えなくもない時は、基本的に買っておくのが吉だ」
北大陸のモンスター素材は現時点ではかなり貴重だ。特にこのアイテムに関しては、ユークリッドには必ず必要になってくる物でもある。
「あ、いいなあ。それ踏氷の靴の素材に必要なやつ」
「確か後は純氷結晶と氷鳥の青翅だっけか。流石に全部は並んでないみたいだが」
「また今度埋め合わせするね、流石に今は持ち合わせがないや」
「ユークリッドの腕ならすぐ稼げるさ。……じゃあ、財布も良い感じに軽くなったことだし、船着き場に行くか」
「そうだね。第2のエリアボス、はたしてどれ程のものか」
船着き場には既に参加する面々が集っていた。その中に見知った顔はいなかったが、全体的にレベルは高い。先日のヘビーリザード戦で、レベル7になった俺で中の上と言った感じだ。ちなみにユークリッドはレベル5である。
「これより、水底のクラーケン討伐に出発する!」
レイドのリーダーのその声に応じて、全員が大河船へと乗り込む。
どのようなシステムで動いているのかは分からないが、ゆっくりと船が岸から離れ、雄大なドラコニス水系へと漕ぎ出したその時。
「さあ来るぞ、今回はまた一段と近い!」
船が不自然に揺れる。まるで何かに掴み取られたような、強制的な静止。
轟音を上げながら水面から巨大な2本の触腕が伸び、甲板にいたプレイヤー数名をいきなり叩き落す。本体が見えていないが、間違いなく船底に陣取られている。
オブジェクトネーム、水底のクラーケン。大河船を蹂躙する十の足。
屠ってきたプレイヤーの総数は、500を超えている。




